疾走


 帝国国民の激しい歓声に見送られながら、ヘーゼン率いる竜騎兵8千が、疾風の如く走る。この大通りは、十数キロは一本道だ。途中で、各々の方向に枝分かれしていく。


 やがて、アウラ秘書官とデリクテール皇子が追いついてきた。彼らと親衛隊の数人には、それぞれ竜騎に乗せている。


 先遣隊として、ヤンたちとともに本軍よりも先に向かうためだ。


「……なんだ、あの檄は?」


 アウラ秘書官が、不快な表情をして尋ねる。


「私流の鼓舞です。劣勢の戦線には、希望が必要だ」


 特に、北にはメッセージを送っておく必要がある。籠城戦で降参する時は、『援護が来ない』と絶望した場合が多い。


 あと少しだけ持ち堪えれば。


 そう思わせ続けられることができれば、籠城は成功する。


「それだけではないだろう? 戦の功績を四伯以上のものとするためのものだ」

「否定はしませんよ。帝国国民における彼らの人気はかなり根強い」


 たとえ、四伯以上の功績を叩き出したとしても、彼ら贔屓の帝国国民は、ヘーゼンの参戦の遅さにケチをつける可能性が高い。


 特に、帝都の民たちはそうだ。


 先手を打って彼らの恐怖を煽り、救世主となる演出だいほんが必要だった。


「それにしても、大陸一とは大きく出たな」

「四伯を超えるインパクトを与えることが必要なのです。別に本気でそう思っている訳ではありませんよ」


 ヘーゼンは淡々と答える。


「どうだかな。それにしても、本当に敵を作るのが好きな男だな。エヴィルダース皇太子の、林檎のように真っ赤になった表情はなかったぞ」

「……」


 デリクテール皇子は呆れた様子でつぶやく。『偉大な皇帝陛下に、忠誠を誓う』と発言した時に、視線を送らなかったことで、帝都の民にエヴィルダース皇太子とデリクテール皇子は皇帝の器ではないという言外のメッセージを植え付けた。


 無欲なこの皇子は気にする素振りを見せないが。


「深い意味はありませんよ。皇居に皇帝がいらっしゃるのは、知っていましたので」

「……まあ、いい。今は、反帝国連合国との戦に集中しよう」


 デリクテール皇子とは、竜騎兵千を率いて東へと進路を切る。


「ヘーゼン殿、私たちもそろそろ行きます。ご武運を」


 隣にいる老将マドンが、皺だらけの笑顔を浮かべる。


「よろしくお願いします。カク・ズ、頼んだぞ」

「任せとけって」


 そう言い残し、2人もまた東へ進路を切る。


すー……私も西へ向かいます」


 そう言ってラスベルは、竜騎の手綱を引き進路報告を変える。


「君の心配はしていない。ただ、軍神ミ・シルをその目で見て大いに学びなさい」

「……はい」


 青髪の美少女は、爽やかな笑顔を浮かべて、千竜騎兵とともに、西方へと変えた。


「それでは、私も行く」


 アウラ秘書官は、竜騎の手綱を引く。


「ヤン」

「はい?」

「アウラ秘書官に迷惑をかけるなよ」

「キーっ! なんで私だけそんな扱いなんですか!?」

「胸に手を当てて考えてみなさい」

「絶賛迷惑をかけ続けている、すーにだけは言われたくないです! そう思いますよね!?」


 ヤンがガビーンとした表情で、アウラ秘書官に尋ねる。


「ハハハハハハっ! その通りだ。目下、一番迷惑を被っているのは、ヘーゼン=ハイム。君だよ」

「……その言葉を、後悔しないといいですけどね」


 黒髪の魔法使いは、面白くなさそうにつぶやく。


「だが、迷惑をかけられた分のリターンはでかい。『帝国を救う』という一つの目的に向かった時に、これほど心強い男もいないからな。頼んだぞ」

「任せておいてください」

「ラビリオさん……すーは性格が悪すぎるので、任せるのは不安でしょうけど。この人以上に勝負の強い人はいませんから、安心してくださいね」


 ヤンは、不安そうな表情を浮かべているラビオリに向かって言う。


「ラグ、頼んだぞ。そこのバカ弟子は、君の護衛がなければ、すぐに殺されるほどの半人前だ。命さえあれば、なんとかしてみせるから」

「壮絶な治療を施されそうで怖すぎる!?」


 ヤンがガビーンとした表情を浮かべながら、アウラ秘書官、ラグとともに南へと進路を切った。


「さて……小うるさいのがいなくなったようだし、速度を上げるか」


 ヘーゼンはラシードに向かって言う。


「それはいいが、間に合うか?」

「心配はない。ギボルグ様、頼みました」

「ううっ……わかりましたよ」


 ヘーゼンは、隣で泣きそうな顔を浮かべる帝国将官に向かって言う。


 功速ノ信こうそくのしるし


 身体能力と竜騎の機動を上げる魔杖である。


 ギボルグ=リール。自身のスキャンダルによって限りなくダークに近いグレーの要請で、ほぼ強制的に戦列に加わされた帝国将官である。


「これで、竜騎の速度は更に上がる」

「それでも、間に合うかどうかは賭けだな」

「いや」


 ヘーゼンは首を横に振る。


「どう言うことだ?」

「戦闘において、僕は滅多に博打は打たない。そして、情報というのは、馬よりも……竜騎よりも遥かに早い」


           *

           *

           *





























 北方ベルモンド要塞付近の山岳で。


「動いたか……これよりへーゼン=ハイムの友情に従い、帝国への援軍に向かう!」


 バーシア女王が、悠然と手をあげ。


 また、西方のノクタール国国境にて。


「我がノクタール国軍よ! これより、同盟の盟約……何より我が盟友ヘーゼン=ハイムへの信に従い、帝国への援軍に向かう!」


 ジオス王が、檄を飛ばした。

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