響き


 ヘーゼンが、いち早く天空宮殿を出ると、そこには竜騎兵8千が完全武装をして立ち並んでいた。ヤンなど主要な面々に加えて、ジオラ伯の副官ラビアトもその場にいた。


「彼女は、すーと一緒に北へ向かいます」

「……」


 どうやら。ヤンが、無事に抱き込んだらしい。相変わらずの、人たらしぶりだ。


「わかった。では、行こう」


 ヘーゼンは、端的に答え、すぐに竜騎に乗り込んだ。天空宮殿から帝都へ向かう大通りを、竜騎8千は悠然と闊歩していく。


「アウラ秘書官とデリクテール皇子と一緒じゃないんですか?」


 ヤンが尋ねる。


「後、10分ほどで追いつく。それまでに、1つやらないといけないことがある」


 ヘーゼンは、そう答え、続々と集まってくる帝都の民を眺める。この大通りは、凱旋パレードを使用される時に使われている場所だ。全員が、不安そうな表情で竜騎兵8千を見つめる。


「……ふぅ」


 小さく息を吐き。


 黒髪の青年は、淡々と口を開く。


「皆の者……聞こえるか? 僕はヘーゼン=ハイム。帝国将官だ」


「「「「「……っ」」」」」


 大通りにいた帝国国民は、驚き、互いに顔を見合わせる。


「今、魔法で君たちに聞こえるようにしている。伝えたいことは2つ。反帝国連合国との戦の状況。そして、これからのことだ」


「「「「「……」」」」」


 全員が固唾を飲んで、ヘーゼンの方を見守る。


「戦況は芳しくない。帝国最強の四伯は、五聖と反帝国連合国軍のトップ級に苦戦を強いられている。また、ジオラ伯の病状が悪化したことが、急遽、帝都まで逃げ延びた副官ラビアト様から伝えられた」

「……」


 ヘーゼンは、隣の彼女に視線を向ける。帝都の民は、有名な帝国将官の顔を知っている者が多い。四伯の後継者候補として、彼女の名もかなり知られているはずだ。


 話に信憑性を持たせたところで、更に話を続ける。


「北方の防衛戦線が崩壊すれば、反帝国連合国軍が一気に流入してくる可能性が高い。また、彼らの主力は、砂国ルビナの竜騎兵団ドラグーンだ。竜騎の機動性は馬の倍。24時間走り続けても、休憩することはない」

「……」


 ヤンは、恐怖に包まれる帝国国民をジッと見つめる。彼らは、眼前に雄々しく闊歩している竜騎を眺め、その身を打ち震わせる。


「竜騎が全力で走れば、ここに到着するのには、一週間はかからぬだろう。すなわち、帝都が戦場となる可能性が現時点では、非常に高い」


「「「「「……」」」」」


 全員が、これから起こる状況を想像し、恐怖と不安に押し潰されそうな表情をしている。戦況が悪いことは、薄々知っていたが、まさか、ここまで危機的な状況だとは思っていなかったのだろう。


「以上が、これまでの戦況だ。これは、一切の嘘偽りのないものだ」


「「「「……」」」」


「では、これからのことを説明する。僕が北に向かう。当然、反帝国連合国との戦に勝つために」


 ヘーゼンは、堂々と答える。


 その姿には、微塵の誇張も感じられなかった。


「先のイリス連合国との戦と同じだ。誰もが無謀と笑った戦だ。誰もが不可能だと断じた死闘だった。だが、勝利し……グライド将軍との戦いも制した」


 帝国国民たちが互いに顔を見合わせ、ザワつき始める。極小国ノクタールが12大国の1つであるイリス連合国を打ち破ったという歴史的出来事。その立役者がヘーゼン=ハイムであることは、帝国国民たちにも広く知られていた。


 不安な表情を浮かべている帝国国民に、うっすらと、希望の色が差し込む。


 そして。


 ヘーゼンは一言、口にする。


「逆転だ」


「「「「「……っ」」」」」


「窮地に陥っているジオラ伯を救い、反帝国連合国の攻撃から、北方の帝国軍を立て直してみせる。いや……それだけではない」


 その一言一言に。帝国国民たちは、思わずギュッと拳を握る。依然として緊張感のある表情を浮かべているが、そこには明らかな高揚が見て取れた。


 そして。


「約束しよう。僕が敵軍をことごとく打ち破り、反帝国連合国軍を瓦解する楔を打ち込む。そして、この戦を早期に終結させて見せる」


「「「「「……っ」」」」」


 ヘーゼンは、魔杖をかざし言い放つ。


「僕は大陸一の魔法使いだ。その実力が反帝国連合国のトップ級より……五聖より……四伯より……軍神ミ・シル伯すらも凌駕することを、この戦で証明して見せる」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああおおおおおおおおおおっ!」」」」」


 帝国国民は、激しく熱狂し、その身を打ち震わせる。


 熱狂。

 熱狂。

 熱狂。熱狂。熱狂。


 放たれた声は、紛れもなく踊っていた。男も女も子どもも老人も、誰もが激しく、全力で、狂おしいほどの勢いで、ヘーゼン=ハイムの存在を心に刻み、我先にと声を出し続ける。


 やがて。


 アウラ秘書官、デリクテール皇子の軍が追いついてきた。彼らは、帝国国民の異様な光景を見て呆気に取られる。


「な、なんだこの騒ぎは……」


 その場に同席していたエヴィルダース皇太子もまた狼狽する。


 だが、ヘーゼンは構わずに言葉を続ける。


「そして、永劫に誓おう。我が忠誠は、過去も、今も、これからも偉大なる皇帝陛下のみにあると」

「……っ」


 そう言って。


 クルリと振り返り礼をする。


 そこには、デリクテール皇子にも、エヴィルダース皇太子にもなく。


 他の皇子たちが住まう皇居地区に向いていた。


「全軍に問う! 戦う準備はできているか?」


「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」」」」」


 その激に竜騎兵たちは、割れんばかりの声を出す。その声は、帝国国民たちを更なる熱狂の渦に包み込む。


 地面すらも木霊するほどの檄。


「……」


 その圧倒的な響きを地面に感じながら。


 ヘーゼンは、手をあげて竜騎を走らせる。





































「全軍に告ぐ! これより、反帝国連合国軍を討伐に向かう!」



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