反攻


 謁見終了後、ヘーゼンは、アウラ秘書官とともに部屋を出た。


「流石ですね。まさか、人事制度改革案の詳細を即座に出してくるとは」

「念の為だ。エヴィルダース皇太子が反論できるとは思えなかったからな」


 皇帝の言質げんちを取って、功績の確約を得るとは思っていた。だが、この戦に乗じて、人事制度改革案まで持ってくるとは。


 人事制度改革は、エヴィルダース皇太子を擁立した後、彼が生涯のうちに成し遂げたいことの一つだった。


 それでも、十数年後を睨んでのことだったが、それが政敵によって即成し遂げられるなど、本当に皮肉なことだ。


「この機会に、エヴィルダース皇太子に対する皇帝陛下の信を下げられればよかったのですが、見事に防がれましたね」

「嘘だな」

「……」


 アウラ秘書官は、キッパリと口にする。


「君とすれば、どちらでもよかったのだろう? 君が人事制度改革案を出せば、エヴィルダース皇太子に対する信は下げられるが、人事制度改革案は難航する。逆に私がエヴィルダース皇太子名義で提出すれば、人事制度改革案は一気に進む」

「……」


 いや、むしろ、後者を望んでいたのかとすら思う。この男は、皇太子争いについて驚くほどに頓着がない。そんな次元を超越した視線が、ところどころに垣間見える。


「やはり、あなたは油断ならない」

「油断などすれば、平気で背中から刺してくるだろ?」

「……」

「……」


 ヘーゼンとアウラ秘書官は互いに視線を交わし合う。


「早速、限定的に人事制度改革を適用する声明を出しましょう。それは、最前線で戦っている有能な下級貴族、平民たちへの士気向上に繋がる」

「もちろんだ。戦時中の指揮官たちにも権限を与え、実力と貢献度に応じて階級を入れ替えさせる」

「助かります」


 そんな中。大臣たちが次々と出てきて、2人を殺さんばかりの表情で睨んでくる。アウラ秘書官自身も共犯だと見なされているのか、彼らが通り過ぎるたびに敵意が充満する。


「針のムシロだな」

「そうですか? 別に私は気になりませんけど」

「……」


 異常者サイコパス過ぎて理不尽だ、アウラ秘書官は思った。


 やがて、エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子の2人が出てきた。


「……貴様ぁ! なんだあのやり取りーーっ」


 エヴィルダース皇太子が猛然と食いかかってきたが、ヘーゼンは手のひらでそれを制止する(圧倒的非礼)。


「これからは、反帝国連合国との戦に集中するべきです。少なくとも、非礼だ無礼だの言っている時ではない」

「……っ」


 自分のやりたい事を全てやり尽くした後、勝手に切り替える自然鬼畜ナチュキチに、エヴィルダース皇太子は唖然とする。


 だが、ヘーゼンは、そんな彼を当然のようにガン無視し、すぐさまアウラ秘書官とデリクテール皇子に、今後の動きの確認を行う。


「反帝国連合国軍は強い。このままだと、まずは北方防衛軍の戦線が崩れ、他の戦線もなし崩し的に攻め込まれてしまいます」

「北軍に向かうのか?」

「主軍は。8千のうち5千の竜騎兵を私とラシードが率います。残りの南、西、東には、それぞれ千人に分けて援軍に向かいます」

「……4方向に部隊を差し向けるということか?」

「はい」

「はっ!? 千程度のゴミ援軍でなんとかなると?」


 すかさず、エヴィルダース皇太子が反論する。


「竜騎兵は少数でも、貴重な特記戦力です。南には、弟子のヤンとラグ。西には、弟子のラスベル。東には護衛士のカク・ズとマドン殿を向かわせます」

「……」


 惜しげもなく、自身の戦力を4つに割った。それだけ、北の防衛に自信があるということだろう。


「さらに、もう一点戦略を提案します。南に、アウラ秘書官の軍を、東にデリクテール皇子の軍を差し向けてください」

「……帝都の防備を薄くせよ、と? 大博打だな」

「アウラ秘書官は、どこか1方向の風穴が開くことは予期していたのでしょう? 私がそれを埋めるので、温存は必要ない」

「……わかった」


 アウラ秘書官は頷く。


「また、東のカエサル伯は、敵軍の術中に陥っています。デリクテール皇子が行けば……いや。行かなければ彼の目は覚めない」

「……わかった」


 デリクテール皇子もまた頷く。


「助かります。本来のあの方の実力ならば十分に防衛が可能な見立てです」

「ふん……で、が西と言うことだな? 無理をして寡兵を4つに分け戦功アピールか。だが、なんのことはない。大言を吐いて起きながら、実際にはらの軍をアテにーー」

「お留守番です」

「……」

「……」

「……えっ?」


 エヴィルダース皇太子は意味がわからず、はえ、とした表情を向ける。


「お留守番です」

「……っ」


 イッヌ扱い。


「ふざけるな! も戦うぞ! なんだ、貴様は!? 功を独り占めする腹づもりか!?」

「あなたが行けば、反帝国連合国軍は、あなたを集中的に狙います。それは、軍神ミ・シル伯の負担になる」

「くっ……」

「心配しなくても、『待て』を続けてくれたら、あなたにも餌くらいあげますよ」

「……ぐっ、ぐひぬぅ」


 超、イッヌ扱い。


「反帝国連合国の猛攻を見事に打ち破った皇太子。あなたが得られる恩恵ハクだ。それとも、勝利の論功の際に、『皇太子に足を引っ張られて大変でした』と私に言わせたいですか?」

「……あっ……ぐぅ……」


 やりたい放題。だが、今、この場では逆らいようもないのも事実だ。エヴィルダース皇太子はプルプルと震えながら、グッとその場で立ち尽くす。


「まあ、言葉は悪いですが、総司令官というのは、そういうものですよ」

「……っっ」


 言葉が、いちいち、悪過ぎする。


「だが、西軍はどうする? 竜騎兵千だけか?」


 アウラ秘書官が尋ねる。


「少し前にバレリア先生も行きましたので、まだなんとかなるでしょう」

「戦場の隼か……」


 帝国将官の中でも、珠玉の才を誇っていた軍人だ。退官後には、テナ学院の教師となったと聞いたが、そんな彼女とも繋がっていたとは。


「また、元々あの場所には、ヴォルト大将がいますので、優秀なサポート役さえいれば、遅れをとることはありません」

「……」


 ラスベルの能力は、副官のレイラクからも報告を受けている。テナ学院史上最高の成績を叩き出した第2の異端児。前の戦でも、優秀な立ち回りで、未曾有の大勝利に大きく貢献したという。


「異論がないようでしたら、早速ご準備を。30分ほどで出発します」

「……早いな」


 デリクテール皇子が思わず苦笑いする。少なくとも準備には数日はかかるというのが、彼らの感覚だ。


「最初から、こうする気だったのですよ。わざわざ帝都に完全武装して来たのも、我々の軍を迅速に引き出し、準備させるためだろう?」


 1つの行動に数個……いや、数十個の思惑を入れてくる。本当に、油断のならない男だとアウラ秘書官はため息をつく。


「さあ……どうでしょうね」


 ヘーゼンは笑顔で首を傾げ。


 言葉を続ける。




























「それでは、反攻を開始しましょう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る