謁見(3)


「「「「「「……っ」」」」」」


 誰もが唖然とした。


「人材制度改革……法律を変えると言うことか?」


 皇帝レイバースは、神妙な面持ちで尋ねる。


「はい」

「ふむ……なぜ、今のタイミングで?」

「では、恐れながら、その考えに至った理由を説明させていただきます」


「「「「「……っ」」」」」


 頼むから、恐れろ、と誰もが思う。


「帝国将官として過ごしたこの3年で、私は様々な人材を見てきました。上官の中には、取るに足らないクズもいましたし、平民でも非凡な優秀さを発揮する一兵卒もいました」

「……」

「帝国の上位の爵位は、ほとんど帝国将官である上級貴族が占めています。そのおかげで、優秀な地方将官の下級貴族が埋もれています」

「……帝国将官は平民、下級貴族、上級貴族の貴賤に関わりなく選別されている」

「本気でそう思われてますか?」


 ヘーゼンは、真っ直ぐにレイバース皇帝の目を見て尋ねた。


「どういうことだ?」

「事実が証明しています。反帝国連合国のトップ級の面々は、若々しく強い。それに対し、帝国の中軸を担う中将級、少々級は対抗すらできていない」

「く、口を控えろ! 不敬だぞ!」

「事実は不敬とは言いません」

「……っ」


 エヴィルダース皇太子の制止に対し、ヘーゼンはキッパリと言い切る。


「なぜ、そのようなことが起きているのか。簡単です。真に実力による選抜でなく、賄賂と忖度によって帝国将官が選抜され、爵位や階級の昇進が行われているからです」

「……根幹となっている帝国将官制度の屋台骨が腐っていると?」

「そうです」


 ヘーゼンは迷うことなく頷く。


「真に優秀な者を選抜する制度ならば、12大国のどこよりも多くの人口と肥沃な大地を持つ帝国が、人材においてここまで競り負ける道理はありません」

「……」

「真に優秀な者が昇進する制度ならば、主要なポストを上級貴族の名門たちが独占している訳がありません」


「「「「「……っ」」」」」


 ヘーゼンの眼光は、明らかに立ち並んでいる大臣たちなら向けられていた。彼らは、いずれも主要派閥の名門出身の上級貴族たちである。


 皇帝の面前で、彼らを否定したのだ。


 一方で、レイバース皇帝は、エヴィルダース皇太子を鋭い眼差しで見つめる。その威圧感は、明らかに怒りが籠っている。


「……この話は本当か?」

「……っ」


 エヴィルダース皇太子はガタガタと震えながら、ひたすらに俯く。当然、事前にこんな内容は聞いておらず、ナイフで背中から刺されたような心地だろう。


「黙っていてはわからんぞ? この者の……ヘーゼン=ハイムの言っていることは、本当かと聞いておるのだ」


 声のボルテージが静かに、だが、確実に上がっていく。


「ひっ……いや、その……」


 側に控える大臣たちも、全員が顔面蒼白になりその様子を見守る。


 その時。


 隣に控えていたアウラ秘書官が、口を開く。


「皇帝陛下。恐れながら、申し上げたいことがございます」

「……許す」


 彼はフッと一息吐き、話を切り出す。


「エヴィルダース皇太子も兼ねてから、現行の制度に頭を悩ませており、我々でも議論を重ねておりました」


 アウラ秘書官が、副官のレイラクに指示をして大量の羊皮紙を大臣たちに手渡す。


「帝国将官制度の改革案です。地方将官の昇進上限の撤廃。また、現行の法制度では、下位の兵卒であっても、少尉になれませんでしたが、その制度を撤廃し上限を大佐級にまで引き上げております」


「「「「「……っ」」」」」


 大臣たちの顔面が、一斉に真っ青に染まった。彼らが最上位にい続けるために構築された、最も効率的なシステムが、音を立てて崩されようとしている。


 アウラ秘書官は、彼らの顔を見ずに話を続ける。


「帝国将官試験、昇進についても、人事省の基準を明確化し、忖度による地位の向上を防止します。また、下級貴族が相対的に上級貴族よりも、評価が低くなる慣例が横行してましたので、それもできぬよう第三者の評価機関を設立します」


 レイバース皇帝も大臣から羊皮紙を手渡され、しばらくそれを眺める。やがて、彼はいつものように皇太子だけに向かって語りかける。


「……エヴィルダース。さっきから、お前の声が聞こえないが、どうなのだ?」

「は、はい。私の側近であるアウラ秘書官の申し上げた通りです。かねてから、私もその問題点に頭を抱えておりましたが……その、なかなか機会がなく、申し上げにくかった次第でして」

「……そうか。デリクテールはどう思う?」

「エヴィルダース皇太子のお考えは本当に素晴らしいと思います。四伯を除けば、反帝国連合軍の実力に遠く及んでおりません。制度的な刷新を早急に図らねば、帝国の未来はありません」

「……他の大臣たちも同様の意見か?」


「「「「「……はい」」」」」


 彼らとしては、頷くしかない。主要派閥を形成するエヴィルダース皇太子とデリクテール皇子が口を揃えているのだ。もはや、この意見は覆しようがない。


 レイバース皇帝は、深く頷き、皆に向かって言う。


「わかった。では、早急に人事改革案を進めてくれ。この話は、デリクテール皇子に任せよう」

「あ、あの……私ではないのですか?」


 エヴィルダース皇太子が笑顔を引き攣らせながら尋ねる。


「人事省はお前の管轄であろう? であるならば、外部からデリクテールが手を入れる方がよいだろう」

「……なる……ほど」


 震える声を振り絞りながら、エヴィルダース皇太子は、ギュッと拳を握る。


「ヘーゼン=ハイムよ。お前も、それでよいか?」

「はい。寛大な処置、感謝に堪えません」


 黒髪の青年は、頭を下げる。


「他に申すことはあるか?」

「はい。もう一つだけ、ございます」


「「「「「……っ」」」」」


 ま、まだあるのかよ、とその場の全員が思う。


「くっ……くくく」


 やがて、レイバース皇帝が笑い出す。


「エマの言った通りだな」

「……彼女と話をしたのですか?」


 ヘーゼンが少し驚いたように尋ねる。


「ヴォルトが後継を指名したと聞いてな。どのように育っているか、見てみたくてな。その時に、お前の話になった」

「……」

「あの子は言っていたよ。『恐らく、話すことすべてが不敬ですが、陛下の広いお心で許してあげてください』とな」

「……そうですか」


 ヘーゼンはフッと笑顔を浮かべた。


「事実は不敬とは言わない……だったな。その通りだ。だが、事実は見る者によって、姿が異なるものだ。あまり、あの子を心配させないことだな」

「はっ! 肝に銘じます」


 ハッキリとした声で、ヘーゼンは返事をする。


「それで? もう一つ、言いたいこととは?」


 レイバース皇帝が尋ねると。


 黒髪の青年は、不敵な笑顔で言い放つ。




























「ご安心ください。帝国に勝利をもたらして見せます」




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