謁見(2)


 玉座の間で、大臣たちが慌ただしく謁見の準備をしていた。これほどの短期間でセッティングさせられることなど、過去に類を見ない。


 そんな喧騒の中で。


 ヘーゼン=ハイムが入ってきた。


「「「「……」」」」


 全ての大臣が、一心に殺意を向ける。ことの顛末は、彼らにもすでに伝わっている。帝都に武装をして入ってきたことも。エヴィルダース皇太子に対し、まるで、脅迫のように謁見を迫ったことも。


 だが。


 当の本人は、まったく気にした様子はない。周囲の不穏な視線などないかのように、玉座の前で片膝をつき、目を瞑っている。


 同じく隣で片膝をつくのは、アウラ秘書官である。


「……大した心臓だよ、まったく」

「ゴミだと思えば、気になりませんよ。あなたも試してみては?」


「「「「……っ」」」」


 ますます、まるますます、ますますますます、その場の大臣たちを煽り散らかすナチュラル天然鬼畜サイコパス


「……公式の場で、君に話しかけたことを、今、私はすごく後悔をしている」


 まるで、針のむしろのような殺気を感じながら、アウラ秘書官は、溜め息をついて片膝をつく。


 やがて。


 エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子の2人が入ってくる。


「「「「「「……っ」」」」」」


 エヴィルダース皇太子は、眼球をガンガンに血走らせており、完全にキレ散らかしている様子が一目でわかる。


 その場の大臣たちは、完全に凍りついた。


 デリクテール皇子もまたいつもと違う。ジッと、ひたすらに黒髪魔法使いの方を見つめている。


 だが、そんな視線を、当の本人は完全にスルー。もはや、確認することもせずに、ヘーゼンはひたすら目を瞑って集中している。


「……」


 アウラ秘書官も、同じく、気づかないフリをする。エヴィルダース皇太子とヘーゼンの確執に付き合っていたら、寿命が確実に半分縮む。あらためて、ブギョーナ秘書官の不在を心の底で嘆いた。


 そして。


 皇帝レイバースが入ってきた。威厳のある佇まいで玉座へと座り、臣下は全員、片膝をつく。


「戦況は芳しくないようだな」

「はっ! すべて私の非才故の責にございます」

「……」


 エヴィルダース皇太子は、落ち着いた表情で、片膝をつきながら答える。レイバース皇帝はしばらくその姿を眺めていたが、やがて、話を続ける。


「それで? 緊急で謁見があるのとことだったが」

「はい! かつて、イリス連合国を破った立役者、ヘーゼン=ハイムが陛下にお目どおりを願いたいと申し出がございました」

「何? 未だ、この戦に参戦してなかったと?」

「……はっ!」

「なぜだ? あのグライド将軍を倒し、実力を身をもって示した男が、なぜ、今もこの帝都に留まっている」


 明らかに不穏な表現かおを浮かべる、レイバース皇帝。


「……それは」


 エヴィルダース皇太子が、泣きそうな表情かおを浮かべながら俯く。


「……」


 アウラ秘書官は、この展開は予想していた。だが、あえて言及を避けた。事態は刻一刻と悪い方向に迫っている。ヘーゼンが望むのならば、皇帝との謁見は、早々に済ませなければいけないことだからだ。


 その時。


「陛下、よろしいでしょうか?」


 ヘーゼン=ハイムが口を開く。


「「「「……っ」」」」


 当然、皇帝と皇太子の会話に割り込むなど、非礼中の非礼である。


「……許す」

「参戦ができなかったのは、私の不徳の致すところです。陛下と皇太子殿下から賜った土地を、低爵位を理由に内乱を起こされておりました」

「……そうか、爵位の問題があったか。だが、反帝国連合軍が攻め入めてきたタイミングで、仲裁に入れたのではないか?」

「……っ」


 レイバース皇帝の視線は、完全に汗だくのエヴィルダース皇太子に向いている。あくまで、最終責任者は皇太子。だから、責めるべきは皇太子。


 その姿勢は、ずっと、変わらない。


 だが、ヘーゼンが平然と話し始める(非礼中の非礼)。


「もちろん、エヴィルダース皇太子の指示によりアウラ秘書官に仲裁に入っていただきました。ただ、上級貴族の方々は自身の爵位を傘に、頑なにそれを拒み、愚かにも私への攻撃を続けました」

「……」

「爵位と領主間の法の問題は、非常に複雑でデリケートです。法務省も巻き込きこんでおりましたので、立場上の限界もあったのかと」

「……」


 アウラ秘書官は、完全に目を瞑った。


 完璧な言い訳だ。


 よくもまあ、そんな嘘をペラペラと。


「ですが、反帝国連合との戦いがいよいよ厳しくなった状況で、エヴィルダース皇太子が決断し、約束してくださいました。反帝国連合国との戦で活躍をすれば、私の爵位を複数の領を持つ格まで引き上げてくれると」


「「「「「……っ」」」」」


「……っ」

「……っ」


 盗人猛々し過ぎる。


 公然と、堂々と、先ほどの約束が反故されないように、周囲が異論反論を差し込まないように、皇帝公認の言質を取りにきた。あまりにも、用意周到過ぎて、アウラ秘書官は若干、吐き気がした。


「もちろん、私は命懸けで反帝国連合国に立ち向かうつもりです。万が一、活躍できなければ、賜った2領の返還、および爵位も全て返上し、平民として帝国のため、一からやり直す覚悟です」

「……っ」


 恐ろしいまでの覚悟を添えて。

 

「……エヴィルダース。本当か?」

「はっ!」

「……」


 視線を下に向けて、平静を装っているが、恐らく屈辱に塗れた表情を浮かべているだろう。


「事の顛末は理解した。ヘーゼン=ハイム、そちの覚悟もな」

「ありがとうございます!」

「うむ……それで、今日は、その事を言いに来たのか?」


 皇帝レイバースは、ジッとヘーゼンを見て尋ねる。


「いえ……恐れながら、いくつか進言があって来ました」


「「「「「……っ」」」」」


 非礼オブ非礼。


 いや。


 モストオブ非礼。


 と言うか、恐れろよ、と誰もが思う。


「……申してみよ」



























「帝国における人材制度改革です」

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