謁見
「えへ?」
完全な見下ろしスタイルで。エヴィルダース皇太子の肩をポンポンと軽く叩く笑顔のヘーゼンに、訳のわからない擬音を発する。
と言うか、肩、ポンポンすな。
「早く立ち上がってくださいよ。時間がないですから」
「ちょ、ちょっと待て! じゃ、さっきの契約魔法は……
「ああ、それは別口です」
「……っ」
別口? 別クチ? ベツ口? ベツクチ? べつ……くち? 言っている意味がわからない。こいつの口走っている言葉の意味が、何から何まで。
あれだけの屈辱的な土下座をさせておいて、そんな軽すぎるノリで、すかさず話を進めていくヘーゼン=ハイムという名の悪魔。
「褒賞のラインは確定しましたので、次に話を進めましょう」
「ふ、ふ、ふざけるな! 勝手に何を進めている!? 皇帝陛下に謁見を要望するだと!? いったい、貴様は何様だ!」
エヴィルダース皇太子が猛然と叫ぶ。
「落ち着いてくださいよ。そこまで時間は取らせませんし」
「そういう問題か! 断じて許されんぞ、そんなこと」
そもそも、臣下が単独で皇帝に謁見を要請するなど、聞いたことがない。
「はぁ……わかりませんかね?」
ヘーゼンは小さくため息をつく。
「エヴィルダース皇太子。あなたでは、力不足なんですよ」
「……っ」
赤髪の青年は、血が滴るほど拳を握りしめる。絶対に殺ス。圧倒的に殺シ尽クス。その存在をグチャグチャのミンチにして、奴隷の奴隷として生涯飼い尽くしてやる。
「ヘーゼン=ハイム。いい加減に、挑発をやめろ。まとまるものもまとまらない」
アウラ秘書官が、冷静にため息をつく。
「挑発? 事実を言うことが、挑発になるんですかね?」
「喋れば喋るほど、不適切にも程がある!?」
隣にいるヤンという少女が、さっきからずっと、ガビーンとした変テコな表情を浮かべている。
アウラ秘書官は、その少女のことをジッと観察する。
「……」
この子だけだ。全員が、緊張の糸を張り詰めている一方で、あっけらかんとヘーゼンの言葉に反応しているのは。
「君はどう思う?」
アウラ秘書官がヤンに尋ねる。
「ええっと、私なら、さっさと会わせちゃいます。時間がもったいないので」
「それは、貴様がそっち側だからだろう!」
エヴィルダース皇太子が、すかさず噛み付く。
「違います。あくまで、あなた方の立場に立って言ってますよ。だいたい、存亡の是非を決める権利は、エヴィルダース皇太子様にはないですよね?」
「くっ……」
「子どもじゃないんですから、感情とは切り離してくださいよ。徹底抗戦するにしても、しないにしても、それを決めるのは主権者である皇帝陛下です。だったら、あなたたちはすぐに指示を仰ぐべきなんです」
「……っ」
アウラ秘書官は思わず呆れた。こんなところにも、権威にまったく怯えない、心臓に毛が生えた者がいる。しかも、この少女は、大人ですらないのだ。
「ククク……ハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハッ!」
やがて。
デリクテール皇子が、快活な声で笑い出す。
「そうだな。どうやら、我々で決められることではないらしい。エヴィルダース皇太子。すぐにでも、皇帝陛下と謁見させましょう」
「だ、だが……」
「言いづらいのであれば、こちらから申し入れをしますが」
「ふ、ふざけるな!
エヴィルダース皇太子は、投げやりにそう叫んだ。
「……わかりました。では、向かおうか」
なんとか話がまとまり、アウラ秘書官は心の中でヤンという少女に感謝する。
敵と味方をハッキリとさせるヘーゼンとは真逆だ。誰をも敵に回さずにフラットに話す関係を瞬時に作れる力が、この少女にはある。
ヘーゼンも納得したようで、満足気に頷いて話を続ける。
「ありがとうございます。では、いきましょうか」
「わかっているとは思うが、武装は許されんぞ」
「問題ありません。マドン殿」
「はっ!」
「万が一交渉が決裂すれば、適宜対処してください」
「かしこまりました!」
「……」
やはり、抜け目がないなと、アウラ秘書官はため息をつく。例え皇帝であったとしても交渉が決裂すれば、即帝都を攻撃しようという腹づもりだろう。
そして。
天空宮殿への移動のために、ヘーゼンは、アウラ秘書官とともに2人で馬車に乗り込み、今後の話を詰める。
「いや、助かりました。エヴィルダース皇太子がいると、なかなか話が進まないので」
「……私が、好きこのんで君と話しているとでも思っているのか?」
「はい」
「……」
あー、こいつ頭おかしかったわ、とアウラ秘書官は額に指を当てる。
「あなたとの利害は一致しているでしょう? 一刻も早く救援に向かう。その一点に置いて、協力は可能なはずだ」
「……」
「だから、お2人も、エヴィルダース皇太子の土下座に反対しなかった。いつまでもくだらない自尊心で反発されると話が進まないから」
「……はぁ」
合っている。あの契約魔法は、互いに合意できる褒賞の上限を決めたに過ぎない。もちろん、破格以上だが、それよりも話を進めたかった。
皇帝レイバースは、エヴィルダース皇太子のアキレス腱だ。それを持ち出した瞬間、アウラはヘーゼンの勝利を確信した。
残された選択肢は、全面的な屈服しかない。
もはや、こちらから提示できるカードはないのだから。
「だが、間に合うか?」
特に心配なのは、北のジオラ伯だ。話を聞くと、戦況は非常に厳しいものだ。間に合わないようであれば、反帝国連合軍が一気に雪崩れ込んでくることにもなりかねない。
だが。
「心配ありません」
ヘーゼンはハッキリと断言した。その様子には、焦りが微塵も感じられない。
「皮肉なものだ。大陸で最も信用のおけぬ君の言葉が、私は最も安堵できるものであるとはな」
「それは、私も同じですよ。最も厄介な相手のあなたが、敵対派閥の陣営の中で最も信用ができる」
「……ふっ。ところで、3つ目の褒賞だが」
「満額回答ですか?」
「バカを言え。完全却下だ」
アウラ秘書官は断言する。
「厳しいですね」
「要求を通したかったのは、1つ目と2つ目だろう? 3つ目は、多少の譲歩を勝ち取ったと見せるためのついでだ」
「……鋭いですね」
「エヴィルダース皇太子は、ことさらに面子を重んじる。忌々しい配慮だな」
「やはり、あなたはやりにくい」
ヘーゼンは大きくため息をつく。
「言っておくが、完全にエヴィルダース皇太子とデリクテール皇子を敵に回したぞ? 例え、
「でしょうね」
「……それが、わかっていながら、なぜこのような暴挙に出た?」
「1つは、領地運営のためです。爵位の壁は、想像以上に大きかった。いちいち、無能な上級貴族たちに足を引っ張られるのは、勘弁してもらいたいのでね」
「……」
「もう1つは、帝国のためです。12大国の中で、最も帝国の体制が遅れています。このままいけば、間違いなく衰退の一途を辿る」
「……」
確かに、それはアウラ秘書官も感じていた。この大戦が、どのような形で終わったとしても、今後も帝国対反帝国連合国の戦は続けられていくと思っていい。
そうなった時の国力の差は歴然だ。
「やはり、皮肉だ。この大戦を覆す奇貨となりうる者が、反帝国連合国の誰よりも脅威を感じる君なのだから」
「何……敵の敵は味方ですよ」
そう言って、ヘーゼンは不敵な笑顔を浮かべた。
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