帝都


           *


 天空宮殿の総執務室では、ほとんどの者が悲観的な表情を浮かべていた。北、南、西、東からは相次いで苦戦が報告される。そのたびに、戦力を探し派遣するのだが、目ぼしい者も枯渇してきた。


 当然、四伯の実力は申し分ない。


 軍神ミ・シルは、英聖アルフレッド、武国ゼルガニアの王ランダルを単騎で相手にしている。


 ジオラ伯もまた武聖クロード、魔軍総統ギリシア、竜騎兵ドラグーン団団長のハンフリーの攻撃をことごとく防いでいる。ラージス伯も、カエサル伯も、反帝国連合のトップ級に、五聖に加えた戦力を一丸となって防いでいる。


 だが、逆に言えば、それだけ彼らの実力に依存していると言うことだ。


「問題は、中軸を担う者たちだ……」


 アウラ秘書官は、唇を噛みながらつぶやく。


 反帝国連合軍のトップ級と渡り合うことを期待した中将、少将級の多くが競り負けている。その分、四伯と大将級に負担がかかるが、大将級も突出した人材がヴォルト大将しかいない。


 原因は2つ。


 1つは、帝国上位層の高齢化だ。大将〜少将級の平均年齢は80歳を超えている。魔法使いとしては円熟機に入る彼らが、反帝国連合軍の若きトップ層の才能に、対抗しきれていない。


 もう1つは中央の腐敗。最前線で戦う軍人より、賄賂や忖度が横行する中央省庁の内政官の方が出世する。公式ではないが、公然と横行している慣習である。


 必然的に、帝国将官が軍人の最高峰『四伯』を目指すキャリアを志望することは、明らかに少なくなった。アウラ秘書官自身、天空宮殿の実権を握るため、軍人としてよりも内政官としての業務に比重を置いた。


 帝国が人材の育成を怠っていたのは明らかだった。


 だが、だからと言って、この戦を投げ出す訳にはいかない。反省などは、後からでもできる。アウラ秘書官はすぐに切り替えて、思考を巡らせる。


「このままでは、ジリ貧で領土を削られる……なんとかしなければ」


 そうつぶやき、挙げられた人材リストを食い入るように見つめる中。


 伝令が、真っ青な表情をして叫ぶ。


「申し上げます! ジオラ伯が防衛する北のベルモンド要塞から、副官のラビアト様が来られました!」

「なんだと? すぐに入れーー」


 そう指示をする前に、ラビアトが部屋に入ってきた。恐らく、多くの敵に追われたであろう。至る所に生傷が絶えない。


「はぁ……はぁ……お願いします……至急救援を! ジオラ伯は……重病を抱えながら戦っています」

「くっ……なぜ、それを言わなかった!?」

「……」


 エヴィルダース皇太子が即座に怒鳴るが、アウラ秘書官は致し方ないと思う。いや、たとえ重病を抱えていたとしてもジオラ伯に変わる人材がいなことは明らかだ。


「……すぐに、戦力を整えて出撃させる」


 アウラ秘書官が、、彼女にそう答えた時。


 間髪入れずに、別の伝令が走ってきた。その表情から、非常によくない事態が起きたことは容易に想像ができた。


 いったい、今度は、なんだ。


 アウラ秘書官は大きくため息をつきながら、額に指を当てる。


「も、申し上げます! ヘーゼン=ハイム殿が、ここ天空宮殿に向かっております!」

「ふん! 自領の統治すら満足できない者が今更、何をしに来た!?」


 エヴィルダース皇太子が、忌々しげに吠える。


「……」


 デリクテール皇子も彼の言葉を止めることなく、沈黙している。


「ふん! コソ泥が……」「美味しいところを持って行こうという算段か」「帝国将官の品位のカケラもない」「我々は断じてヤツを認めないぞ」


 この場にいる帝国将官の数人が次々と不満をぶつける。多少の幅はあれど、全員が同じような想いを抱いているのだろう。


 だが。


 タイミングは申し分ない。まるで、測ったかのように……いや、実際に測って現れたのだろう。アウラ秘書官はすぐにエヴィルダース皇太子の方に振り返る。


「これは、朗報です。すぐ、北方に派遣して四伯の代わりを務めさせるべきです」

「ふざけるな! それでは、ヤツに助けを求めているように見えるではないか! 足下を見られてまでに助けを乞えというのか!?」

「背に腹は変えられません。おい、ヘーゼン=ハイムの軍は今、どこに? 帝都までどのくらいかかる?」


 アウラ秘書官が尋ねると、伝令が震える声でつぶやく。


「そ、それが……すでに帝都に……か、完全武装して入ってきました」


 !?


「……」

「……」


          ・・・


 エヴィルダース皇太子も、デリクテール皇子も、アウラ秘書官も……その場にいる全員が、唖然とする。

帝都に入る時は、非武装が当たり前だ。


 武装して入るなどと、即、反逆クーデターとみなされてもおかしくはない。


 こんな暴挙は、当然、帝国史に類を見ない。


 エヴィルダース皇太子は、血相を変え、唇をブルブルと震わせながら猛然と吠える。


「あの男……不敬罪だ! 今すぐに、その首を刎ねろおおおおっ!」

「待ってください!」


 アウラ秘書官が激しく制止する。彼自身も動揺しているが、頭から煙が出るほどに脳内をフル回転させる。


「貴様……これほどの不敬を本気で許すというのか!?」

「落ち着いてください。1つ判断を誤れば……帝国が滅びます」

「……っ」


 帝国に巣食う、黒き獣が、牙を向いたのだ。


 第1陣に四伯と大将級を派遣。第2陣に主要の中将、少将級を派遣。第3陣に、地方の領を集め、相当数の戦力を吐き出した。


 そして、彼らを戻すのには、少なくとも2週間は掛かる。


 間違いない。


 ヘーゼン=ハイムは、この状況を見計らって帝都に入ってきた。


 いつからここまでのシナリオを……いや、最初からだろう。ゼルクサン領とラオス領の上級貴族たちの反乱を巧妙な隠れ蓑にして、力を温存し続けていたのだ。


 帝国が窮地に陥ったところを助ける。


 そんな算段など、最初はなからしてなかった。


 、見計らっていたのだ。


 ヘーゼンの保有している戦力がどれほどかはわからない。だが、間違いなく現存する戦力と渡り合うだけの自信があると見ていいだろう。


「バカな! そんなの認められるか!」


 エヴィルダース皇太子は、自身の魔杖『炎帝ノ剣えんていのつるぎ』を抜き威圧する。そして、その場にいる帝国将官の面々も一様に激怒している。デリクテール皇子も、動揺の表情を隠さない。


「……」


 確かに、エヴイルダース皇太子も、デリクテール皇子も大将級の実力を持つ。アウラ秘書官、そして皇帝の親衛隊を加えれば、簡単に負けるような戦力ではない。


 だが。


 帝都で激しい攻防戦を繰り広げられれば、間違いなく機能不全に陥る。四伯は動揺し、命令もチグハグになる。第3陣の動きもバラバラになり、間違いなく反帝国連合軍に負ける。


 アウラ秘書官は、エヴィルダース皇太子、デリクテール皇子の2人に近づき片膝をつく。


「すぐ、ヘーゼン=ハイムに会いに行きましょう」

「バカな! こちらからヤツの下へ向かおうというのか!?」

「むしろ、一刻も早く向かわねばなりません。当然、こちらも完全武装して牽制します。でなければ……」





























 


「この天空宮殿が、戦場となります」

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