圧倒


 3時間後。エヴィルダース皇太子率いる帝国親衛隊1万が、天空宮殿の外に集結した。彼らは、帝国を防衛する最後の砦であり、いずれも過酷な訓練で鍛え上げられた精鋭中の精鋭である。


 さらに、デリクテール皇子の私兵8千、アウラ秘書官の副官レイラクが率いる、鋼鉄騎兵4千人、魔法兵2千人も合流した。


 これで、総勢2万4千。ヘーゼン=ハイムが率いる軍勢の3倍を捻出した。


「ククク……バカが。たかが、8千の兵で脅しになるとでも思っているのか」

「……」


 エヴィルダース皇太子は勝ち誇った笑みを浮かべる一方で、アウラ秘書官の表情は曇っていた。


 皇族の中で、竜騎を生で見た者はいない。


 百聞は一見にしかずだ。これ以上、事態がこじれないためにも実際の目で竜騎を……ヘーゼン=ハイムの軍を見ていた方がいい。


 そんな中。


「……っ」


 情報通り、8千の竜騎兵が風のような速さで疾走してくる。アウラ秘書官自身、その目で見るまで信じ難かった。


 馬の倍ほどの速度を叩き出す圧倒的な機動。外見だけでわかるその雄々しく雄大な身体。


 そのあまりの迫力に、エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子は唖然とする。


「……」


 一方で、アウラ秘書官は考える。竜騎は砂国ルビナでしか育成されていない。それを、帝国に気づかれることなく、どうやって……


 だが、そんな疑問に耽る暇もなく、先頭のヘーゼン=ハイムが、竜騎から降りて悠々と歩いてくる。


 そして。


 同じく竜騎を降りて歩いてくる者たちがいる。恐らくヘーゼン陣営の中軸を担う者たちだろう……老将マドン以外は驚くほどに若い。


 10代後半から30代前半といったところか……


「……」


 対峙しているのは、帝国のNo.2とNo.3だ。


 にも関わらず、彼らに慮る様子が一切ない。


 加えて、ヘーゼン=ハイムからは、不遜さすら感じられる。

 

「貴様……どう言うつもりだ?」


 エヴィルダース皇太子が、怒りを必死に抑えながら尋ねる。先ほどまでの荒れようは手がつけられなかったので、これでも、かなり落ち着いた方だ。


 だが。


 その神経を逆撫でするように、黒髪の青年は、こともなげに言い放つ。


「もちろん、反帝国連合軍と戦うためにですよ」

「ぐっ……」


 以前のように礼を尽くすことはなく、あくまで対等な物言いで、エヴィルダース皇太子に向かって対峙する。


「そ、そんな言い訳が通用するとでも思っているのか!? 武装などして帝都に入れば、不敬罪になることなどわかっているだろうが!?」

「緊急事態ですので。すぐにでも、喉から手が出るほど、欲しいのでしょう?」

「……っ、ふざけるな!」


 エヴィルダース皇太子が、手を上げると親衛隊が一斉に弓を構える。


「貴様の手など借りずとも、帝国は負けない。今すぐに自領に逃げ帰り、不敬罪の沙汰を待て!」


 真っ赤な髪を、怒りで逆立たせながら叫ぶ。一方で、ヘーゼンは淡々と、落ち着いた様子で、隣の巨漢につぶやく。


「カク・ズ」

「うん」


 呼ばれた巨漢の戦士は、銛のような魔杖を異常な力でぶん投げる。それは、螺旋の回転で音を切り裂きながら、十数メートルほどの岩石を、莫大な衝撃とともに貫く。


「……っ」

紅蓮ぐれんです。魔法使いでなくても、6等級程度の威力を出せるよう改良しました。私の護衛士であるカク・ズの膂力は特別ですがね……そして」


 ヘーゼンが手を挙げると、竜騎兵たちは、一斉に紅蓮ぐれんを手に持ち親衛隊に向ける。


「8千の竜騎兵全てに持たせました。この距離間ならば、帝国近衛兵の彼らすら、圧倒する自信があります」


「「「……っ」」」


 エヴィルダース皇太子も、デリクテール皇子も、アウラ秘書官も、空いた口が塞がらなかった。


 その威力も脅威も、もちろん破格だ。


 だが、帝国の軍が……帝国の皇太子の軍に向かって、迷うことなく、武器をこちらに向けているのだ。


 まごうことなき暴挙。


 不敬どころじゃなく、明らかな反逆だ。


「……貴様ら! 誰に対し刃を向けているか、わかっているのか!?」


 エヴィルダース皇太子が、竜騎兵に向かって、精一杯の威厳を持ち言い放つ。


 だが。


「「「「「「「……」」」」」」


 躊躇する者が、誰1人としていない。目を真っ赤に充血させながら、魔杖を持つ手を振るわせながらも、狂気的な覚悟を決めている様子だ。


 こんな異常な光景は、生きてきて見たことがない。


 そして。


 ヘーゼンはニヤリと笑い、エヴィルダース皇太子に背を向ける。


「無駄ですよ。竜騎兵彼らは、私の命令しか聞きません」

「……っ」


 彼らの全員が帝国で育ち、生きてきた。皇太子に刃など向ければ、当然、家族もろとも、親戚もろとも死刑。子々孫々は必ず潰える。


 これだけの狂信を、いったい、どのように獲得したのか。


「……」


 その物々しい雰囲気に圧倒される一方で、エヴィルダース皇太子は、チラリと横に目を馳せる。


 バカが……無防備に背中を見せるなどと。


 即座に反応した親衛隊隊長が、淀みない動きを見せ、携えていた剣型の魔杖を抜く。


 だが。


「はっ……くっ……」

「……っ」


 瞬間。褐色の剣士が、親衛隊隊長の首元に黒い曲刀を突きつける。


「ウチの大将を、殺す気だったろ、あんた?」

「がっ……ぐっ……」


 親衛隊隊長は、なす術もなく魔杖を地面に落とす。


「余計なお世話だったかい?」


 ラシードは、自身の曲刀を鞘に収めながら、ヘーゼンに尋ねる。


「いや、助かった」

「……」


 あれが、元竜騎兵団ドラグーン団長のラシード。アウラ秘書官は思わず身震いする。ヘーゼン=ハイムだけではない。


 大陸でもトップ級の者が、もう1人いるのだ。


 さらに。


「超近接戦闘は我が軍の自慢です。ここにいるカク・ズ、ラスベル、ラグ……彼らも十分に大将級と渡り合えるでしょう。試されますか?」

「くっ……」


 数歩下がるエヴィルダース皇太子に。


 指名された3人が、前に出る。その佇まいを見れば、ヘーゼンの言っていることが嘘でないとわかる。


 まさか……これほどとは。


「お分かりになっていただけましかね?」

「ふ、ふ、ふざけるな! 貴様は何が言いたい!?」


 背を向けながら、淡々と説明をするヘーゼンに。


 エヴィルダース皇太子は、なおも炎帝ノ剣を抜き威圧する。 


「……ヤン」

「本当にやるんですか?」

「ああ」


 躊躇しながらも、黒髪の少女は、屈強な老将を召喚する。


「バカな……グライド将軍」


 アウラが思わずつぶやいた。かつてのイリス連合国の大将軍。ヘーゼン=ハイムが殺した亡者が、なぜ。


「ヤン=リン。私の弟子です。グライド将軍が持っていた螺旋ノ理らせんのことわりを引き継ぎました。そして……」


 グライド将軍は火炎槍かえんそう絶氷ノ剣ぜっひょうのつるぎから、炎孔雀えんくじゃく氷竜ひょうりゅうを出現させる。


「はぁ……はぁ……ええええええええい!」


 ヤンの掛け声とともに、グライド将軍が遠方の山にぶっ放す。炎と氷が同居した凶悪な飛翔は、大地を一瞬にして黒炭と化し、同時に絶対零度で凍てつかせる。


 その圧倒的な一撃に。


「「「……っ」」」


 エヴィルダース皇太子も。


 デリクテール皇子も。


 アウラ秘書官すらも言葉を失う。


 そして。


 こちらに背を向けていたヘーゼンは。


 こちらに向かって振り返り。


 凶悪なみを浮かべ。


 悠然と両手を広げる。


 


 




















「どうですか、我が軍は……帝国すらも滅ぼせそうでしょう?」

「……っ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る