目標


           *


 ラオス領南部の主城であるビスコステ城は、燃え盛る火炎に包まれていた。これで、すべての要衝の制圧が完了した。


 残りの上級貴族が占拠する拠点は、味方となった下級貴族たちにでも任せればいい。ヘーゼンがまざまざと蹂躙を見せつけることで、支配の鎖は解き放った。


 もはや、上級貴族たちは下級貴族たちのにえであり、自分よりも容赦のない仕打ちを彼らに与えるだろう。


「やり過ぎが心配ですよね。死んじゃうと、色々と面倒がありますけど」

不殺ころさずの誓いはさせている」

「ニュアンスのギャップが大き過ぎる!」


 隣のヤンが、いつも通りガビーンを繰り出す。


 やがて。


「あうあうあ……嘘だ……嘘だ……」


 ラスベルに連行されてきた城主、クイコ=ミノメスが唖然としながらつぶやく。


「制圧完了しました」

「ご苦労だった」

「ひっ……」


 竜騎から降りたヘーゼンは、まるで、虫ケラを観察するかのような表情で、地面に這いつくばるクイコ=ミノメスを眺める。


「き、貴様っ! こんなことをして、本当に許されると思ってるのか!? 天空宮殿の法務省がこのような爵位不遵守を知れば、ただでは済まなーー」

「……」

「ひっ……た、助け……ちゅぼ!?」


 当然の如く。


 ヘーゼンは袖を掴んで懇願しようとするクイコ=ミノメスの頭を足蹴にする。


 そして。


 黒髪の青年は、視線を遠くに移す。


 眼前には、約8千の竜騎兵たちが立ち並んでいた。いずれも、下級貴族の中から選抜された精兵たちである。短期間で急仕上げだが、練度も申し分ない。


 ヘーゼンは周囲には、文字通り全戦力が集結していた。ヤン、ラスベル、ラシード、マドン、カク・ズなど、側近たちが立ち並んでいる。


 そんな中で。


 ヘーゼンは、魔法で全員に聞こえるように語りかける。その声は、いつも通り淡々としていたが、不思議と彼らの内によく響いた。


「これから先は、すべて僕の命令を聞いてもらう」

「「「「……」」」」

「だが、現時点では強制はしない。僕はあくまで領主であり、君たちの自由をすべて奪う権利はない」

「「「「……」」」」


 ヘーゼンの声に、誰も何も言わなかった。


「5分の時間を与える。すべての命令に従えないと思った者は、名乗り出てくれれば、今まで戦ってくれた褒賞の10倍を支払う。それを受け取り、ただちに、この場を去ってくれ」

「……」

「……」


          ・・・


 刻々と時間が過ぎる。下級貴族たちに、声をあげる者はいなかった。誰もが爛々とした瞳を浮かべて、全力でヘーゼンの方を見つめる。


 そして。


「5分が経過した。沈黙は是と受け取ろう。もう1度言う。今からは、すべて、僕の命令に従ってもらう。逆らえば、即、君たちは目の前にいる上級貴族ゴミたちと同じ目に遭う」

「ひぽうっ!?」


 ヘーゼンは、地面で這いつくばっているクイコ=ミノメスを踏みつけ、完熟トマトのように潰す。すでに、他の上級貴族たちは檻に入れられ、これから奴隷牧場へと運ばれる。


「「「「……っ」」」」


 そんな彼らの末路を眺めながら、竜騎兵たちは背筋が凍る。


 だが。


「1つ……君たちに約束しよう。僕にすべてを委ね、魂をこの身に捧げてくれるのなら。命を賭して、ともに敵と戦ってくれるのならば、相応の対価を支払う」


 そう言って。


 ヘーゼンは、人差し指を天高く掲げた。


「100倍だ」

「「「「……」」」」


 誰もがゴクリと生唾を飲む。


「今の土地、財産の、少なくとも100倍の褒賞を君たち全員に分け与える。上級貴族たちに搾取され、奪い取られてきたすべてのものを、惜しみなく渡すことを約束する」


 ヘーゼンはそう言って、数人に大量の羊皮紙が入った箱を持って来させる。そして、その数枚を、前方にいた竜騎兵たちに手渡す。


「これは、僕がサインをした契約魔法だ。君たちの人数分ある。あとで、これを受け取り内容を確認してくれ」

「……凄い」


 読んでいた下級貴族たちの手が震える。その反応で、書かれていた内容が、どれほど莫大な褒賞なのかが伝わる。


 さらに、ヘーゼンは淡々と話を続ける。


「君たちに、『そこまでの価値があるか?』と問われると、僕にはわからない。だが、それを対価として与えることを迷ってはいない……なぜか、わかるか?」

「「「「……」」」」


 誰も答える者はいない。


「機運だよ」

「……」

「人生には、己のすべてを賭ける時がある。そして、その機運は、幾度となく訪れるものではない。それは、僕にとっても……君たちにとっても」

「……」

「僕はこの戦にすべてを賭ける。そして、絶対に勝ち取ってみせる」

「……俺も賭けます!」


 誰かが声を上げた。


 そして。


「俺も賭けます!」「俺もです!」「やりましょう!」「絶対に勝ってやる!」「人生を変えてやる! 自分で変えて見せます!」「一生ついてきます!」「やってやる!」


 次々と、大きな声が上がり、それは大きなうねりとなる。


 そして。


 ヘーゼンは全員に向かって叫ぶ。


「僕を信じて戦え! 誰であろうと恐怖することなく、臆することなく、前だけを見て……進め!」


「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああおおおおおおおっ!」」」」」」


 激しい掛け声が弾け飛ぶ。


「……」


 熱量のこもった声の嵐を感じ取ったヘーゼンは、淡々と自身の竜騎に乗りこむ。


「素晴らしい檄ですね」


 隣にいたラスベルが、燃えるような目つきをしてつぶやくが、ヘーゼンに高揚した様子はない。


 落ち着いた仕草で手綱を引き、身を翻す。


「すぐに出るぞ。全軍完全武装をして向かう。たとえ誰が相手でも、即臨戦体制に入れるようにしてくれ」

「わはははは! かしこまりました! 腕が鳴り、血が滾ります! 西、東、南、北……どこに向かいますかな?」


 老将マドンは、嬉々として叫ぶ。情報は絶えず仕入れている。西、東、南、北、どこも接戦を繰り広げ、猫の手も借りたい状態だ。


 ヘーゼン=ハイムの参戦など、それこそ喉から手が出るほど欲しいだろう。


 今ならば、どこへ行こうと四伯の窮地を……帝国の窮地を助けられる。すなわち、破格級の褒賞を得られることができるだろう。


 当然、他と比べて参戦は遅れたが、竜騎兵8千ですぐに向かえば、第3陣の戦果を出し抜くことも可能だ。


「僭越ながら意見をさせて頂きますと、北のベルモンド要塞の援軍に向かわれるのがいいとーー」




 


 


 

























「帝都だ」

「……っ」

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