劣勢


           *


「申し上げます! ヘーゼン=ハイム率いる竜騎兵3千が、我が南部のジスラレン城に迫ってます!」

「……っ!?」


 南部を取り仕切る上級貴族ソーロー=ノーボスが、アセアセと額を拭く。


「は、は、はやいー。早すぎるて意味がわからなーい! えっ、どう言うことなのー? 北部は? 西部は?」

「噂ですと、味方の下級貴族たちが寝返ってたそうで、噂ではヤツらも南部に向かっております」

「ね、ね、寝返るとはー。意味がわからないー。えっ、どう言うことなのー?」


 ソーローはアセアセと焦りながら、何度も何度も質問する。


「……と、とにかく指示を出してください!」

「は、は、早くー。説明してー。早く早く早くー。えっ、どう言うことなのー? 説明がないと何もーー」


 ガチャ。

 

           *

           *

           *


「撃て撃て撃て! ガハハハハハハハハハッ!」


 南の砂漠では、海聖ザナクレク率いる海賊団が、帝国軍を圧倒していく。空中から新兵器『魔砲弾』を次々と撃ち込み、帝国の兵たちは散り散りに霧散する。


 更に、凱国ケルロー軍が手薄になった集団を次々と狩っていく。


 帝国側は、明らかな不利を強いられていた。


 四伯ラージス=リグラも、空間を操る魔杖『虚空ノ理こくうのことわり』でサポートするが、海聖ザナクレクとの激闘に追われ、身動きが取れない。


 一方で、凱国ケルローのダリセリア副団長と、帝国軍少将のマラサイ少将、副長のブラッドのコンビが一進一退の攻防を繰り広げている。


 そんな中。


 海聖ザナクレスの連続攻撃を、ことごとくいなすラージス伯に向かって、副官のベルベッドが、大声で叫ぶ。


「帝国軍の第2陣が到着しました!」

「そうか。地味に……助かったな」

「なんとなく可哀想!?」


 到着した帝国の第2陣。ゴードン大将、ジスタリア中将、ラコステ少将、ロシナン少将率いる帝国軍12万が砂漠に立ち並ぶ。

 

 同時に。


「親分! こっちも来ましたぜ!」

「ガハハハハハハハハッ! 遅え遅え遅すぎだぜぇ!」


 海聖ザナクレクが、豪快に笑いながら叫ぶ。


 蒼国ハルバニア軍20万が到着。そして、彼らの先頭には、漆黒の鎧を着た若々しき青年が、馬に乗って現れた。


「あれが、勇騎将ガーランド……若いな」


 英聖アルフレッドと対をなす、蒼国ハルバニア軍のトップである。彼もまた12大国のトップ層と肩を並べる怪物だ。聞くところによると、20代半ばということらしいが、一目見ればその若々しさが際立つ。


「……」


 ラージス伯は、空中から帝国軍将官の面々を眺める。ゴードン大将をはじめ、中将、少将級は全員80歳を越えている。


 魔法使いの寿命は、魔力に依存すると言われているので、実際の年齢よりは若々しい。


 だが、彼らの年齢は、一般に言えば円熟期だ。


 ラージス伯の年齢は46歳。魔法使いとしてのピークが、今であると実感している。80代のほどで、四伯という重積を逃れたいと思っているが、帝国の若手の台頭が、思うように進んでいない。


 他の12大国と比べて、帝国には悲観的な未来が見て取れる。


「……ベルベッド。ゴードン大将と組んで勇騎将ガーランドを抑えなさい」

「えっ!? む、無理ですよ私なんて」

「本来、君は大将級の力はある。あとは、自信と経験値だけだ」


 彼女は20代前半の新世代で、ラージス伯が次代の四伯候補として育てている。才能はもちろんあるが、それは当たり前。あとは、幾つの修羅場をくぐるかでその真価が問われる。


「わ、わかりました! なんとかやってみます」


 ベルベッドは、自信なさそうに頷き、勇騎将ガーランドの方を数秒眺める。


「……ラージス伯、ダメです! めちゃくちゃ、強そうです!」

「小娘! 戦う前から弱音を吐くな!」

「ひっ……ごめんなさーい!」

「……はぁ」


 ラージス伯は、海聖ザナクレスの斬撃を躱しながらため息をつく。共闘は相性が大事だというのに、こんなことでは連携が見込めない。


 一方で。


 勇騎将ガーランドは、落ち着いた様子で剣型の魔杖を構える。


「……なるほど」


 強者特有のオーラがあるな、とラージス伯は冷静に分析する。ベルベッドと違い、戦場の経験も十分にこなしてきているのだろう。


「ふん! 若造が……帝国大将の力、見せてやる」


 ゴードン大将は、剣型の魔杖『獅子奮迅ししふんじん』を構える。大剣の形状で1等級の大業物だ。猛き老将は、瞬時に豪快な斬撃波を幾重にも解き放つ。


 対して。


烈風ノ太刀れっぷうのたち


 勇騎将ガーランドもまた、大剣型の魔杖を解き放つ。たちどころに、無数の風の斬撃が発生し、ゴードン大将の斬撃ごと斬り刻む。


「……っ」


 更に。


 風の斬撃は、無数に拡がり続けゴードン大将全体を覆い尽くす。


 次の瞬間。


 ゴードン大将は、勇騎将ガーランドの上空にいた。


「うおおおおおおおおおおっ!」

「……」


 猛き老将は獅子奮迅ししふんじんを全力で振り下ろすが、蒼国ハルバニアの英雄は、こともなげに烈風ノ太刀れっぷうのたちで防ぐ。


 激しい衝撃波が両者の間に発生し、互いに数十メートル以上吹き飛ばされる。


「ゴードン大将、わかったでしょう? あなた1人では、その怪物は手に負えません。ベルベットと協力してください」


 ラージス伯が冷静に叫ぶ。彼は、ゴードン大将に風の斬撃が当たる前に、虚空ノ理こくうのことわりの使用して空間移動させた。


「……むうっ」


 納得のいかなさそうな老将が唸る。一方で、ベルベッドはすっかり萎縮してしまっているが、やがて『頑張りまぁす』と小さな声でつぶやく。


「ガハハハハハハハハハッ! 俺の攻撃を躱しながら、余裕じゃねぇか!」

「だって、あなた、本気じゃないでしょう?」

「……」


 海聖ザナクレクの攻撃は激しいが、彼の魔杖、荒震者ノ烈斧あらぶるもののれつふは、大船団を空中に浮かび上がらせている。その膨大な魔力を駆使する一方で、四伯であるラージス伯も相手にしているのだ。


 勢いで圧倒するような挙動を見せながら、実は強かに実力を隠しているのだ。


「手の内を見せてないのは、お互い様だな。貴様が持っている虚空ノ理こくうのことわり。まだ、とっておきを隠してそうだ」

「……」


 仮に海聖ザナクレクと本気で戦えば互角。そうなれば、他の帝国軍の支援ができずに、戦線は一気に崩壊する。


 だが、このまま支援を続けても、やがて、帝国は押し込まれる。マラサイ少将はすでに満身創痍で、他の帝国将官たちの質も劣っている。


 ベルベットも甘やかして育てたので、経験値が足りていない。




























「地味に……絶体絶命だ」

「派手に困らないと援軍来ませんよ!?」



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