魔聖ゼルギス
*
東の重要拠点レクサニア要塞では、膠着した戦線が繰り広げられていた。精国ドルアナ、ゼレシア商国の連合軍に対し、籠城する帝国軍が一進一退の攻防を繰り広げている状況だ。
「カエサル伯……なぜ、動かれないのですか?」
城郭から戦況を見下ろしているゾイド大将が尋ねる。第2陣はすでに到着し、帝国の戦力は整いつつある。
すでに反攻のタイミングはいくつかあったが、彼は一向に動こうとしない。
「……我が帝国軍の目的は、侵略でなく防衛だ」
「確かに、それはそうですが」
ゾイド大将は、彼の様子に若干の不審さを抱く。カエサル伯は、四伯の中でも攻撃的なタイプだ。戦功も軍神ミ・シル伯と競うように争っており、彼自らが前線に加わり戦闘を行うことも多い。
にも関わらず、あれから一度として戦場に出ようとしない。
「申し上げます! 魔聖ゼルギスが、反帝国連合軍と合流いたしました」
「……来たか」
カエサル伯は、静かに動き出す。
「行かれるのですか?」
「挨拶だ……かつての
そう答え、カエサル伯は自身を鳳凰と化す。彼の魔杖は
炎を纏いながら高速で飛翔し、魔聖ゼルギスの下へと降り立ったカエサル伯は、真っ直ぐにその瞳と対峙する。
「……」
髪はなく、禿げ上がっている。顔は皺だらけ。古臭い深緑のローブ。いわゆる、オーソドックスな魔法使いスタイルの老人は、30年前、最後に会った時のままだった。
「フォッフォッフォ……愚かな弟子よ。久しぶりじゃの」
「……なぜ、反帝国連合に参加を?」
魔聖ゼルギスは、国家という枠組みの外に存在している。英聖アルフレッド以外の五聖はいずれも同様で、今回の戦に参加することなど異例中の異例だ。
「簡単なことじゃよ。このままでは、大陸は帝国に食い潰される。ワシは好き勝手生きていたいのでな」
「……まだ、そんなことを言っておられるのですか?」
「それはお互い様じゃろう?」
「……」
魔聖ゼルギスに、その才を見込まれた少年は故国である帝国を捨て、彼に師事した。
それから十数年が経過し。
彼から全てを叩き込まれたカエサルは、忽然と姿を消し、再び帝都へと舞い戻った。
「ワシはお前に教えたはずじゃ。戦力とは均衡を保つことで、安定へと変わる。それを……最初に崩したのは、他ならぬお前じゃ」
「……」
かつての四伯は、ヴォルト=ドネアとジオラ=ワンダの2強だった。後にラージス、カエサルの若手が四伯に加わった時、戦力の均衡は崩れ帝国一強体制は長く続いた。
そして、軍神ミ・シルの台頭が帝国躍進の決定打となった。
「過ぎたる四伯の力は、一国で持つには大き過ぎる。じゃから、ヌシを殺し、領土を戻し、均衡を元へと戻す」
「……」
魔聖ゼルギスは自身の魔杖、『
瞬時に鳳凰と化した彼は、上空に華麗に飛翔し、次々とそれを躱す。
「相変わらず、衰えぬ御仁だ」
カエサル伯は光の攻撃を躱しながらつぶやく。
あの老人に魔法を使わせれば、もはや、近づくことすらも難しい。そして、隣にいた16歳ほどの若い少女。あの子は、魔聖ゼルギスの弟子だろうか。
「……」
自分にも、あんな時があったのかと不意に奇妙な懐かしさを覚える。
やがて、城郭に帰還したカエサル伯は、人間の姿に戻り城内へと歩き出す。
「……戻られるのですか?」
ゾイド大将が尋ねる。
「魔聖ゼルギスは、一筋縄ではいかない。まともにやりあえば、こちらも多大な損害を被る」
「何を迷っておられるのです?」
「……第3陣が到着すれば、十分に相手とも対峙できよう。いたずらに、戦果を拡大し戦況のバランスを崩すべきではない」
カエサル伯は、淡々と言い残してその場を去った。
*
*
*
「えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? 何が起きてるの!? 早く早く早くー! 説明して説明して説明してえええええええええええっ!?」
ソーロー=ノボスは、何から何までわからなかった。突然、侵入してきたヘーゼン=ハイムが、なぜ、ここにいるのか。
なぜ、自分たちの手足を縄で縛るのか。
なぜ、引きずられて連行されていくのか。
なぜ、竜騎に繋がれるのか。
「……っ」
隣を見ると、顔見知りの、損傷、欠損だらけの上級貴族たちが、絶望の表情を浮かべている。もしくは、すでに肉塊と化し、ジュクジュクと破壊と再生を繰り返している。
なんで、支配者である自分たちがこんな目に遭っているのか。なんで、使われるだけのクズどもが、竜騎の上で自分を見下ろしているのか。
理解ができない。
意味がわからない。
事態の把握ができない。
「早く早く早くー! 説明して説明して説明してー! なんでなんでなんでだよー!?」
ソーロー=ノボスは、アセアセと、何度も何度も質問する。教えてくれなきゃわからない。何がいったいどうなっているのか。言ってくれなきゃわからないのに、なんで、説明をしてくれないのだ。
「教えて欲しいか?」
竜騎に乗った黒髪の青年は、淡々と尋ねる。
「当たり前だよー。早く早く早くー! 教えて教えて教えてー! 説明だよ、説明! 説明してくれなきゃ、わからないよ! 当たり前だよー!」
「お前は、これから、死ぬまで地獄だ」
「……っ」
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