目的


 ダルゾネア城を制圧したヘーゼンは、すぐさま南へと向かう。竜騎は馬と違い、24時間休憩なしでも平気だ。その圧倒的な機動力で、縦横無尽に大地を駆け巡る。


 そんな中。


「……」


 ラスベルは、隣にいる黒髪の青年に、驚愕な眼差しを向ける。


 電光石火の奪城劇だった。北のエネオース城で、『未だ激戦が続いている』という情報を流す一方で、竜騎兵の精鋭は、夜の闇に紛れ奇襲を敢行。


 結果として、ダルゾネア城を2時間で陥落させた。


「でも……まさか、彼らが晩餐会を続けるとは思いませんでした」


 ラスベルは呆れたように口にする。


 ヘーゼンが反攻を開始した情報は、すでにウーン=コスギにも流れていた。だが、彼は援軍を送らず、いつも通りの日常を送ることを選択した。そのとてつもない愚かさが、彼女はどうにも理解に苦しむ。


 しかし、ヘーゼンは当然のように答える。


「社交というのは、上の爵位を取るために絶対必要なものだ。実力や実績よりも、縁故や賄賂、忖度などが評価される世界で、中止などという選択肢はないよ」


 昨日まで上級貴族側が圧倒的に優勢であったことも、彼らの危機感が低下する要因となった。『一日くらい、いいだろう』……そう思わせれば勝ちだった。


 有事が発生した時の上層部の危機意識など、所詮はそんなものだとヘーゼンは理解している。


「……あえて狙ったということですか?」

「当然だ。彼らの予定はすべて把握しているからな」

「……」


 ラスベルはあらためて『及ばない』と思う。大胆で力押しの戦闘で北を占領したかと思えば、徹底的な情報収集と分析に基づいた謀略で、労することなく西を陥れる。


 この男の顔は、いったい、いくつあるのだろうか。


 そんな中、老将マドンが合流する。


「敵兵の説得が完了し、皆、寝返りました」

「ご苦労でした。さすがです」


 北で味方となった兵を使い、西の敵兵を籠絡した。元々、ウーン=コスギは下級貴族、平民たちに対して顕著な圧政を敷いていた。


 ヘーゼン側に裏切った北の兵に説得をさせれば、簡単に落ちるだろうという算段を立て、老将マドンが見事に丸め込んだ形だ。


 やがて、ヤンも合流する。


「捕えたか?」

「はい」


 後方で縄で縛られているのは、アウラ秘書官の間者だった。ヘーゼンは、上級貴族との争いが勃発する前から、徹底的に彼らを洗い出し、泳がしていた。


「でも、いずれバレますよ?」

「あと6日。帝都に情報が届かなければいい」


 ヘーゼンは淡々と答え、隣にいる白髪の老将の方を向く。


「マドン殿は寝返った兵を統率し、クラド地区で補充と再編成を指示してください。また、『北、西の下級貴族全員が裏切った』と広く伝えてください」

「わかりました」

「ラスベル。君は後方の竜騎兵5千を指揮し、ラオス領南部に向かえ。竜騎の練度が足りない彼らの参戦は最終戦のみだ。ひたすらに大地を駆けろ」

「わかりました」


 白髪の老将と蒼色髪の美少女は、身を翻して戦列を離れる。そして、そんな彼がいなくなったのを見計らって、隣のヤンはジト目で話を切り出す。


すー……」

「ん?」

「なんで、あんな嘘つくんですか?」


 半日前に兵たちに行った演説。ほとんどの者は、その言葉を肯定的に受け取ったが、ヤンはどうにも納得がいかなかった。


 だが、ヘーゼンは少しだけ首を傾げ答える。


「僕は嘘をついたことはないが」

「世界で一番真っ赤な嘘!?」


 ヤンは、ガビーンと、いつもの表情を浮かべる。


「カースト制度をぶっ壊す、みたいな発言。あれ、嘘ですよね?」

「高い目標を掲げ、結果、できなかったことは嘘とは呼ばない」

「ど、ドス黒いのに、白々しい」


 恐ろしい背反心理を今、垣間見ている気がしている。


 悲観的な未来と、『こうありたい』と願う願望。その2つを対比させ、後者の選択肢を強いる。詐欺師の常套手段だ。


 元々、ヘーゼンには上級貴族、下級貴族、平民などというこだわりはない。有能な者は誰でも囲いたいと考えているのだ。


 魔法は血筋による要因も多いので、ラスベルなどの上級貴族で超有能な者も積極的に囲っている。


 今回、上級貴族と下級貴族、平民という対立構造を作り出すことで、彼らが抱えている根幹の願望を浮き彫りにした。


 実際に視覚で見せることで、説得力を持たせ、『自分たちもこうなりたい』と思わせることに成功した。


「まあ、根本的に序列が崩れるとは思っていない」

「……やっぱり」


 ヤンは大きくため息をつく。有能な魔法使いに上級貴族が多いこと。これは、純然たる事実だ。カースト制度を逆転させるということは、彼らのような有能な人材を捨てるということ。それは、ヘーゼンの本意ではないはずだ。


「何事も段階だ。まずは、上級貴族のクズどもを引きずり下ろし、下級貴族、平民の超優秀な者を上へあげる」

「……それには、私も異存はありませんけど」


 老将マドンや、秀才眼鏡少女のシオンなど、その身分故に不遇をかこっている人材が多くいる。人口比を見れば、上級貴族と遜色ない数いるだろう優秀な者たちに機会を与えようというのだろう。


「……」


 チラリと後ろを見ると、竜騎兵たちはヘーゼンに心酔している。彼らの士気は、今までになく高い。


「優秀な下級貴族と平民は、拾い上げる。その考えは同じだ。彼らの利害とも一致している。だが、優秀でなく努力もしない彼らに同情し、何かをやってやる気はさらさらない」

「……」

「誰にも予見できない未来さきの責任までは持たない。あとは、彼ら次第だ」

「……はぁ」


 ヘーゼンは、彼らの熱狂を利用している。そして、それが一時的なものであることも知っている。今後、見捨てられた無能な下級貴族や平民たちは、今、引きずりまわされている上級貴族のような目に遭うことなど、想像もしないだろう。


 そして。


 黒髪の青年は、後ろで引きずられている肉塊を無機質な瞳で見ながらつぶやいた。






















「上等なにえだ。せいぜい、喰らわせてやるとするさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る