恐怖


           *


 天空宮殿の総執政室では、徐々に悲観的なムードが漂っていた。


「申し上げます。ジオラ伯は武聖クロードと、ラージス伯は海聖ザナクレクと激闘を繰り広げ膠着状態です。ミ・シル伯は武国ゼルガニア国ランダル王と英聖アルフレッドの2人がかりで進撃が止まり、カエサル伯は未だ籠城を続けております」

「……大将、中将級は?」

「ヴォルト・ドネア大将が善戦しておりますが、他は反連合国の主戦級には苦戦を強いられてます」

「まずいな」


 アウラ秘書官はつぶやく。四伯の実力は疑いようがないが、続く大将、中将級で力不足感が否めない。また、武国ゼルガニア、砂国ルビナ以外の国々は、主戦力級を未だ出しあぐねている。


 にも関わらず互角……いや、押し込まれていると言うことは。


「第3陣は?」

「明日に出陣予定です!」

「……半日早めろ」

「わかりました!」


 これで、天空宮殿に残っていた、大将級、中将を派遣させた。第4陣は、地方の上級貴族たちになるが、彼らは実力にバラつきがある。


 以前、ゼルクサン領とラオス領の上級貴族たちは、等しくクズだった。まともなのもいるのだろうが、地方体制に安定した戦力をアテにするのが厳しい。


 戦地に出た経験もなく、訓練などしていない者も多いと聞く。果たして、どれほど使い物になるか。


 その時。


「私が行こう」


 デリクテール皇子が、おもむろに立ち上がる。


「なっ……貴様っ、戦場に行って戦果をアピールでもするつもりか!」


 先ほどまで欠伸をしていたエヴィルダース皇太子が猛然と立ち上がる。


「そんな気はありません。ただ、東のカエサル伯との戦が膠着状態に陥っているのは、何か理由があるように思います」

「……」


 確かに、今は微妙な情勢だ。デリクテール皇子の実力は折り紙つきだ。ここで眠らせるよりは、ザオラル伯の下へと向かわせ迷いを消してもらった方がいい。


 戦力としても大将級と遜色はないので、大きな増援にもなるだろう。


 だが。


「だっ、だったらも行く!」

「……」


 当然、こうなる。対抗心の強いエヴィルダース皇太子が戦地に向かえば、当然大きな戦力になる。彼の戦闘の実力自体は疑いようがないが、まず、集中的に狙われる。


 エヴィルダース皇太子自身が戦死すれば、それこそ帝国は大混乱に陥る。


「……」


 1人。帝国にまったくしがらみのない男が思い浮かぶ。少なくともグライド将軍級の実力を持ち、悪魔のような知謀と謀略を兼ね備える帝国将官が。


 アウラ秘書官は拳をギュッと握りしめた。


           *

           *

           *


 上級貴族の面々は唖然としていた。


 一方的な、打撃の蹂躙。容赦のない、拳の弾幕。ずっと、敵のターン。


 結果として。


 ボッコボコのドスケ=ベノイスの頭蓋骨はとことん陥没し、ありとあらゆる血を吹き出し、生命反応は途絶え、どんどん凝縮されて行き……


 完全な肉の塊と化した。


「ああ!? えろ!? まっ!? こっ!? りい!? うん!? めえ!? めえぇ!?」


 フェチス=ギルは、目の前の現象がまったく理解できずに、泡を吐きながら、ありとあらゆる奇妙な擬音を発した。


 自分たちの知ってる一騎打ちと違う!?


 そして。


「……っ」


 目が合った。目が合っちゃった。返り血で真っ赤に染まった無表情なヘーゼン=ハイムと。すぐさま、目を逸らすが遅かった。返り血をふんだんに浴びた黒髪の青年は無表情でドンドン近づいてくる。


「はっ! おま! わた! だれ! おも! って! るう! こっ! ちく! んなぁーー」


 フェチス=ギルは、怯えながら、さまざま擬音を発しながら、自身の魔杖『風火ノ斧ふうかのおの』を振り回しながら後ずさる。


 スパッ。


「……えっ」


 手首が寸断され、魔杖が両手ごと落ちる。瞬間、ブッシャア、と血が吹き出し、フェチス=ギルが真っ赤に染まる。


 ヘーゼンの方を見ると、彼の手には小型の魔杖が握られていた。


 フェチス=ギルは再び自分の腕を見る。だが、そこには当然手は地面に落ちており、激しく熱い痛みが身体中に充満する。


「いへっ!? うそ!? だこ!? えっ!? こん!? いだ!? あいいっーー」

「うるさい」


 !?


「ぐぼぉおおおおおおおおっ!」


 ヘーゼンは、転げ回って、さまざまな擬音を発するフェチス=ギルの頭を掴んで、固定し、口に、他に落ちた彼の手首を捩じ込む。


 と言うか、貫いた。


 当然の如く息ができないフェチス=ギルは、やがてピクついた活動をやめ、動かなくなった。


「ひっ……き・さ・ま・し・ょ・う・き・か! 貴様正ーー」


 バッド=オマンゴが、一言一句、きっちりと話し終わる前に。ヘーゼンが、手に入れた風火ノ斧ふうかのおのを彼の脳天に振り下ろす。


「あんぎゃああああああああああ!」


 脳みそが真っ二つに割れ、血が、やはり、ブッシャアと吐き出す。ヘーゼンはそのまま、力任せに風火ノ斧ふうかのおのを、振り下ろす。


 胴体真っ二つ。


 そして、やはり、バッド=オマンゴは、生命活動を停止した。


「「「「「「……」」」」」


 鬼畜シリアルキラー。完全サイコパス。圧倒的快楽殺人鬼。上級貴族の面々は、かつて味わったことがない恐怖に包まれ、ブルブルと震える。


「き、き、きしゃ……」「あっ、ふふふざけきゃぁ……」「こんなことしてゅるさぁるぅ……」「おまぇあたまぁぉ……しぃ」「あ……こんまるぅ……」


「次、何か言ったら、こうなる」


 その一言で。


「「「「「「「……っ」」」」」」


 ヘーゼンは、上級貴族たち全員の口と動きを完全に封じた。


 その間に。


 下級貴族たちが、背後から上級貴族の面々を羽交い締めする。


「なっ! き、貴様らっ! こんなこと……ぎゃああああああああっ!?」


 声をあげたアルブス=ノーブスの首が、胴体から離れ、宙にクルクルクルクルと舞う。そして、地面に落ちる直前でヘーゼンが彼の首に思いきりトゥーキックをかます。


 当然、死んだ。


「「「「「「はっ……ぐっ……」」」」


「う、う、う、動かないでください! し、し、し、死にたくなければ、あ、あ、ああの方に逆らうもんじゃない! ぜ、ぜ、ぜ、絶対に逆らわないでください!」


 人のよさそうな下級貴族は、震える声で忠告しながら、彼らの手足を縛り始める。


 そして。


「終わりました!」


 全力の大声で、下級貴族はヘーゼンの下へと近づき、鋼鉄の糸で編み込まれた縄を手渡す。当然、その先には上級貴族たちがくっついている。


「ご苦労だった」


 対して、ヘーゼンはドスケ=ベノイスの肉塊と、フェチス=ギルの真っ二つの首、バッド=オマンゴの真っ二つの胴体、アルブス=ノーブスの首と胴体を縄でグルグル巻きにする。


「よし!」


「「「「「「「……っ」」」」」」」


 こんなにも爽やかな鬼畜声ヴォイスを、彼らは聞いたことがなかった。


「目指すは、ゼルクサン領北の主城、エネオース城だ! 他には目をくれず、その地を目指せ!」


 ヘーゼンが叫ぶと、次々と竜騎に跨った兵たちが動き出す。怯えながら逃げるように出発する彼らを見送ったマドンは、上級貴族の面々を見ながら尋ねる。


「彼らはどうします?」

「引き回す」


 !?


「「「「「「「……っ」」」」」」」


 言いたいけど、何も言えない。先ほど、声を出したアルブス=ノーブスの死に様を見ると、彼らにはどうしても声が出なかった。


「……見せしめですか」

「そうだ。これから、従わない上級貴族たちを徹底的に蹂躙する。そうすることで、彼らについていた下級貴族たちに思い知らせる……どちらについた方が、恐怖が少ないかを」

「ふふっ。やはり、あなたは面白い方だ」


 マドンは愉快そうにつぶやく。


「ですが、それだけの長い距離を引き回したら、死ぬのでは? すでに、死んだ者もいますし」

「いくら拷問しても死なない魔杖がある。彼らも、やがて回復する」

「……やはり、恐ろしい」


 今度は、若干、引き気味につぶやく。


「視覚で見せつけることは重要だ。彼らを長年の支配の鎖から引きちぎるには、これぐらいのインパクトが必要なのだよ」

「支配の鎖……」

「それは、あなたも例外ではない。多かれ少なかれ、下級貴族たちは、生まれながらにして主従関係を叩き込まれている。それは、かなり根深いものだ」

「……」

「だが、帝国は変わらなくてはいけない。反帝国連合国は、帝国という巨象に立ち向かうことで、兵の質を高めた。だが、頂点に君臨する帝国にそのような敵はいない」

「……ならば、どうします?」





















「カースト下位で、上位を引きずり降ろす」

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