絶望
*
これは悪夢だ。今起きていることは、断じて嘘だ。朝、目が覚めれば、ベッドの上で、いつも通りの日常が始まる。優雅に紅茶の香りを楽しみながら、窓の外から空を見て、ああ、今日も素晴らしい1日がーー
「あばばばばばばっ!? あばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」
そんな現実逃避も虚しく、竜騎に引きまわされているクラリ=スノーケツは、顔面に土を擦らせながら喘ぐ。
夢じゃなさ過ぎるほど、痛過ぎる。
もう2時間以上も、とめどない痛みが発生するたびに、猛烈な勢いで回復をしていくので、それが更なる痛みを引き起こす。
前を見ると、黒髪の悪魔の背中が見える。竜騎捌きが上手なのか、竜騎自体の能力が高いのかわからないが、グングンと他の竜騎を抜かしていく。
その分、痛い。
「た、たすけぇ……」
後方に過ぎ去る下級貴族たちに向かって折れた手を伸ばし、必死に声を振り絞るが、目を合わせてくれる者はいない。全員が、ヘーゼン=ハイムの凶行に恐れ慄いている。
……な、なんとか。
クラリ=スノーケツは、なんとか声を振り絞る。謝ろう。もう、自分が悪かった。負けだ。なんとか、謝って、命乞いして、許して貰おう。
必死で前を向いて。
残りの力を全て振り絞って、なけなしの声で叫ぶ。
「た、たしゅけーー」
そう言いかけた時。
バキギキガキッ。
「あんぎゃああああああああああああああああああああっ!?」
ヘーゼン手綱を捌き竜騎が旋回したことで、その反動でクラリ=スノーケツは浮かび上がり、そのまま大木に激突する。
背骨完全破壊。
「ふむ……急激に曲がることもできるのだな。踏ん張り力も申し分ない」
当然、そんな上級貴族のことなど気にするはずもなく、ヘーゼンは竜騎の性能を一つ一つ確かめていく。
「ラシード。竜騎は跳躍力も人並み外れていると聞いた。どうやって飛び上がる?」
「ああ? 命令すれば飛び上がるだろう」
「どうやって?」
「こうだよ」
ラシードが手綱をグイッと引っ張ると、竜騎が十数メートルほど飛び上がる。
グシャア。
必然的に。引き回されていたラフェラー=ノクチが宙に浮き、地面に落ちて、完熟トマトのように頭が潰れた。叫ぶこともままならぬほど、簡単に。
「……っ」
気持ち悪すぎることに。引きまわされているうちに、その死体は修復が始まり、再び叫び転がりまわる。
そして。
「……なるほど。こうかな?」
ヘーゼンが動きをトレースし、手綱をグイッと引っ張る。同様、竜騎は跳躍をしたが、5メートルほどだった。
バキゴキッ。
「いんぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」
クラリ=スノーケツの首が完全に折れた。頭完全に潰れる未満、首バキバキに折れる以上の痛み。中途半端な地獄のような痛みが、彼にとめどなく襲いかかる。
「……上手く飛べないな」
「ハッハッハッ! 難しいもんだろ? 竜騎との息を合わせないと、上手く飛べないんだ。まあ、普通はビクともしないんだが」
「何度か練習をしてコツを掴まないとな……君の指導は感覚的でアテにならなさそうだ」
「……っ」
クラリ=スノーケツは、耳を疑った。いや、疑いまくった。こんな痛み、何度も何度も味合わないといけないのか。そんなの耐えられない。耐えられるわけがなーー
バキゴキッゴキッ。
「うんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
言い終わる前に。すでに、ヘーゼンは綱をグイッと引っ張る。竜騎は再び跳躍をした8メートルほどの高さを記録した。
首が変な方向に曲がっているどころではない。すでに、何周もして、千切れそうになっている。痛いどころではない。いや、痛いという表現では全く足りない。
「……ヤバっ!?」
そんな中。
黒髪の少女が竜騎に乗りながら、ガビーンとした表情を浮かべている。2時間引きずりまわされて、初めて目が合った。
「……あ……すけ……てーー」
意識が朦朧としながらも、全身全霊の力を振り絞って、バッキバキに折れた手を伸ばすクラリ=スノーケツ。だが、その距離は地上とともに、ドンドン下に離れていく。
3度目の跳躍。
ドグシャアアアアアアアッ。
「……」
・・・
「よし」
「……っ」
着地しながら軽くガッツポーズをするヘーゼンに。
ヤンはいつも通りガビーンで迎えた。
こんなに爽やかな虐殺は見たことがない。
「な、何をしてるんですか!?」
「ん? 跳躍の練習だが」
「そうじゃなく、後ろに何を引き連れてるんですか!」
特別クラスの生徒たちを連れてきて、やっと追いついたと思ったら、竜騎が綺麗な跳躍をかまし、上級貴族がそれ以上の跳躍をかまし、完熟トマトのように潰されていた次第だ。
「っと城が見えてきた」
「……っ」
完全に無視。そんなことはどうでもいいと言いたげに、ヘーゼンは眼前にある城を眺めながらつぶやく。
先日、両睾丸を破壊したジョ=コウサイが保有する城だ。
すでに、情報が入っているのか、目の前には兵たちが待ち構えている。
「……あ゛ん゛がぁ゛」
その光景を、なんとか視認したダッチク=ソワイフは、隣にいるマドンの竜騎に引きずられながらも叫ぶ。
「……だの゛む゛っ! ジョ=コ゛ウ゛サ゛イ゛っ゛! わ゛れ゛わ゛れ゛を゛だずげでぇ゛」
泣きながら。鼻水を出しながら。血を流しながら。ありとあらゆる体液を、垂れながしながら。必死過ぎる形相で叫ぶ。
だが。
そんな彼に一瞥もくれることなく、ヘーゼンは宙に8つの魔杖を出現させ、そのうちの1つ、長物の魔杖を手にする。
そして。
先端を地につけ。
地面越しに。
「……あぅああぁ」
上級貴族たちの希望を、全て奪うかのような。
絶望を感じざるを得ないような。
奇妙で禍々しき音を鳴らす。
ジジジジジジジジジジジジ……
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