世間話

 

           *


 戦地ライエルドを突破した凱国ケルロー軍の副団長ダリセリア=リゼルが進軍した先は、南の砂漠だった。


「ふぃー……厄介な土地だねぇ」


 汗だくになりながら、屈強な女戦士はつぶやく。帝国の後方にあるドクトリン領を越えるには、この砂漠を越えねばならない。


 迂回するルートもあるが、敵国ラヌエス国を通らなくてはならないので、逆に回り込まれ挟み撃ちを喰らう恐れもあるからだ。


 凱国ケルロー軍も熱さには強い。だが、海にも面している熱帯気候だ。これほど広大な砂漠での戦は経験がない。


「こりゃ……厄介な場所に誘い込まれたかもねぇ」


 ダリセリア副団長がつぶやいた時、伝令が大急ぎで走って来た。


「申し上げます! 大量の帝国軍が後方に現れました」

「何……こんな、砂漠で隠れる場所なんて……」


 そう言いかけたが、実際に敵兵が馬で近づいてくる。


 その先頭には、四伯のラージス伯が立っていた。


「くっ……」


 反射的にダリセリア副団長は、双槍型の魔杖『雌雄ノ竜槍しゆうのりゅうそう』で、巨大な2匹の竜の幻影を放つ。


「……派手だな」

「いや、その感想なんですか!?」


 悔しそうにつぶやにながら魔杖を操作するラージス伯に、副官のベルベッドがツッコむ。


 一方で双竜の幻影は、容赦なく帝国軍に向かって襲いかかる。


 だが。


 その竜は直撃直前に姿を消して、別の方向へと現れた。そして、帝国軍とはまるで違う場所へと消えて行く。


「はっ……くっ……バカな」


 唖然とするダリセリア副団長の下に、更に伝令が報告する。


「申し上げます! 今度は前方から帝国軍が現れてました!」

「くそっ! なんなんだい、あの魔杖は!」


 ダリセリア副団長が悔しそうに叫ぶ。こちらの魔杖が完全に無効化されている。一方で、帝国軍は神出鬼没に出現し、凱国ケルロー軍は完全に混乱している。


「も、申し上げます! 今度は左右から!」

「くっ……まずい」


 両隣には、マラサイ少将と副官のブラッドがそれぞれ配備している。これでは、囲まれて全滅する。


 てか、あの化け物ジジイ。3日で回復するなんてあり得ない。


 このままでは……


 その時。


           *

           *

           *


 天空宮殿。帝国将官のギボルグ=リールは、刑務省次長職という立場で、平穏な日々を送っていた。


 かつて、彼は筋力強化と速度強化を付与する魔杖『攻速ノ信こうそくのしるし』で、イリス連合国を滅ぼすのに多大な寄与したが、その分、彼への心身的負担は大きかった。


 過剰な魔薬投与の末の療養の日々。


 だが、こうして身体も完全に回復した。帰国後の評価は、うなぎのぼり。中佐格から一気に少将格への2段階昇進を果たし、爵位も2段階昇格と異例の出世を遂げた。


 それだけでなく。


「ああ……なんて落ち着いた日々なんだ」


 ギボルグは定位置の窓際に座り、空を眺める。働くことが嫌いな……いや、『働いたら負け』という考えを持つ彼は、窓際部署への配属を希望。


 念願叶って、勝ち取ったプライベート勝ち組。


 反帝国連合との戦も激しくなっている中で、アウラ秘書官からも招集があったが、病み上がりを理由に断った。


 おかげさまで。


「ほい、ほいほいほいー! ほいほいほいほいほいほいー!」


 ポンポンポポーンと。


 今日も印を押しまくり。


 ヌクヌクと室内で、適当に死刑囚の決裁印を押しまくり、定時になったら帰宅して歓楽街で豪遊する立場だ。


 アーナルド=アップ。自称『風俗会の軍神ミ・シル』は、今日、どこへ連れて行ってくれーー


 ガチャ。


「ヘーゼン=ハイムです。ギボルグ様、覚えてますか?」

「……」

「……」


          ・・・


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫。もの凄くナチュラルに、インしてくる黒髪の青年に対し、拒絶の絶叫を吐き散らす。


 一方で。


「あまり大きな声を出されますと、他の部屋の方がびっくりしますよ?」


 ヘーゼンは、ニコーっと笑顔を浮かべながら、当然のようにソファへと座る。重ねて当然の如く、面会予約などもまったくない。


「はぁ……はぁ……はぁ……な、な、何しに来たんですか!?」

「敬語なんてやめてくださいよ。あなたの方が、階級も爵位も上なのに」

「……っ」


 確かにそうだが。もはや、反射的に敬語になってしまうほど、心身ともに服従をさせられている。こんなことじゃいけない……こんなことでは。


 ガチャ。


「モズコール=ベニスと言います」

「……」

「……」


           ・・・


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 アーナルド=アップ。なんで、ど平民の変態コーディネーターが、ヘーゼンとともにいるのだ。悪魔×変態はヤバ過ぎる。


「いや、彼は私の秘書官なんですよ」


 !?


「……ばっばばばばはかな! うぷっ……」

 

 黒髪の青年から告げられた、とんでもなくドン引きの事実。瞬間、嗚咽が止まらない。既に、あんなことや、こんなこともしてしまった。


 それを、この悪魔に知られてしまったと言うのか。


「そ、そんなバカな!?」

「あれ? ?」

「……」


 いや、確かに聞いたことがあるような気もする。だが、そんなことを自分が覚えていないはずがない。ヤツとは、先月に出会ったばかりのはずだ。


「な、なにをしに来た?」

「世間話をしに来ました」

「……っ」


 嫌過ぎる。


 そんな彼の拒絶など意にも介さず、モズコールと呼ばれた男は、ヘーゼンに複数の書類を差し出す。


「ギボルグ=リール様は……ああ、娘さんが3人いらっしゃるんですね。離婚して、今の籍は元奥様方にあんですね。うん、なるほど」

「そ、そ、それがどうした!? 貴様……娘に手を出したら、絶対に許さなーー」

「哺乳瓶。オムツ。ミルク。ガラガラ……」


 !?


 隣のモズコールがブツブツとつぶやくと、隣のヘーゼンが尋ねる。


「どうした?」

「っと。つい、のプランを考えてまして。本当に申し訳ありません」

「あ、アーナルド……き、貴様ぁ……」


 ギボルグは拳をバチクソに握りながら、殺意を持って睨む。


「モズコール、表の仕事はしっかりやってもらわないと困る」

「かしこまりました」


 中年紳士は、ペッコリと、お辞儀をする。


「……ああ、娘さんは、べミホ=リールさんですか。知ってますよ、私。テナ学院の特別生徒で結構、繊細な子ですよね? 多感な年頃でもあり、大変でしょう」

「な、なぜそんなことを知っている!?」

「一応、院長代理なので」

「……っ」

「ついでに、特別クラスの担任もやってますので、直属の生徒もやってます」

「……っ゛」


 世も末過ぎる。なんで、この悪魔が、聖職者の地位に。だいたい、保護者への説明はどうなってるんだ。知ってれば、秒で転校させたのに。


「何が目的だ!? わ、わ、私は脅しには屈しないぞ!」

「だから、言ってるじゃないですか。世間話をしに来たって」

「……っ」


 超嫌過ぎる。


「いや、わかります。私も同い年くらいの娘がいまして。あなたの気持ちが痛いほどわかります」


 モズコールはケツをキュッと引き締めながら頷く。だが、そう言われた瞬間、ギボルグにこれ以上ないほどの拒絶感が走った。


 こんな○チガイ変態と一緒にされたくない。


「き、貴様……っ、む、娘がいながらあんな破廉恥極まりないことを。私は貴様とは違う! 貴様のような変態と一緒にーー」


 カチッ。


『あなたのお名前は?』

『ぼ、ぼ、ぼくぅ……ギボルグ=リールぅ』

『偉いね、お名前言えまちたねー。そーかー、ギボルグくん、とちは?』

『ごちゃーい!』

『本当は?』

『ごじゅっちゃーい!』

『よく言えましたー。えらい、えらーい』

『エヘヘヘヘー。エヘヘヘー。ママーおっぱーー』


 カチッ。


「……」

「……」


            ・・・


「っと、お母様は既に亡くなられてましたよね。お悔やみ申し上げます」

「はっ……ふぐっ……はごっ……」


 ギボルグは猛烈に謝りたかった。土下座でもなんでもして、産んでくれた母親に対して『こんな息子でごめんなさい』と。


「わかります。私も一通りの証拠を握られてますので、あなたの気持ちはすごくわかります」


 そう言って、モズコールはけつにキュッと力を入れる。


「……っ」


 せめて、こんな変態と一緒にされたくない。


 こんな変態と。


「世間的に見れば、2人とも、あまり変わりませんけどね」

「……ひっぐぅ」


 心を読んで、心を抉るのはやめて欲しい。



























「では、世間話をしましょうか」

「……っ」

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