海聖ザナクレク
30分後。100パーセント中の100パーセント、全ての世間話的要求を飲ませ終えたへーゼンは、満足気に頷く。
「いい世間話ができて嬉しいです。カッコいい父親の姿を見せることは、娘さんにとって非常にいい教育になりますからね」
「……」
強制偉大な親の背中。ギボルグは今、偉大な親の背中足ることを、強いられている。そして、悪魔のような教育者は、満面の笑みを浮かべて囁く。
「ここだけの話。私は、あなたにはもっと出世して頂きたいと思ってます。戦場において、本当に有能な魔杖をお持ちですからね」
「……っ」
いい迷惑過ぎる。
その場で魔杖をへし折ってやろうと思った。だが、そんなことをすれば、娘が自分に一生口を聞くことはないだろう。
「亡きお母様も、こんな立派な息子をもって喜ばれると思いますよ」
「……」
それは、そうかもしれない。思えば、窓際部署に飛ばされて、働くのがダルくなって、ふてくされて……ろくに仕事をしない自分に、よく母親は怒って、泣いて、嘆いていたな。
そのまま、感謝も言えずに……腐れ窓際帝国将官のまま……死んでしまったけど。
あの時の贖罪を……少しはできるのかな。
「今のママも、今日、よーちよーちしてくれると思いますよ」
「……っ」
そう答えながら、モズコールが羊皮紙に『裏オプ追加 立派な息子 なーでなーで』とメモしているところを見て。
誇らしさと罪悪感の高低差で、情熱と情欲の
なに、この新感覚!?
*
*
*
四伯のラージス=リグラが持つ魔杖は、
この特級宝珠の大業物は、空間操作の能力を持つ。そのうちの1つには、ある一定の空間を別の場所へと移動させることができる。
彼は、その能力を駆使し、帝国軍を凱国ケルロー軍の周囲に転送した。
だが、
戦場に砂漠を選んだのは、帝国軍が潜伏しやすくするため。一見、隠れる場所はないように思うが、実は砂漠は非常に隠れやすい。
ラージス伯は、砂の上面を抉り、無数の波のような形を作り、帝国兵を忍ばせた。だが、敵軍が遠方から見渡せば、それは平面にしか見えない。
綿密な計算の上に、タイミングを図り、一気に帝国軍を投入すれば、混乱することを見越して。
企みは、成功したと思った……
「グハハハハハハハッ! ガハハハハハハハハッ! 野郎ども! 行くぜええええええええええええええっ!」
このバカでかい声が、降ってくるまでは。
それは、比喩じゃなく。
文字通り上空から。
帝国の兵たちは、目を疑った。
砂漠のど真ん中。空中から数十の船団が、次々と乗り込んできたのだ。そのド派手な登場の仕方に、ラージス伯は悔しそうにつぶやく。
「……派手だな」
「いや、その感想なんですか!?」
副官のベルベッドが思わずツッコむ。
海聖ザナクレス。反帝国連合国の南軍総指揮官であり、海賊王と呼ばれている存在である。
特級宝珠の大業物『
この巨人のような海賊王は、海を制した最強の海賊船団を、そのまま連れてきたのだ。当然、海から砂漠までの距離は、数百キロを超える。
「信じられない……あんなに大きな船団を」
「……恐らく、重力操作だろう。しかも、数十の船団を宙に浮かすほどの途方もない魔力だ」
少し前まで海聖ザナクレスは、全ての大国の敵だった。帝国だけではなく、他の12大国全てが手を焼く存在で、連合を組んで捕まえようという計画もあった。
だが、海で彼の船団を捕まえることはできなかった。
どれだけ追い詰めたとしても、忽然と姿を消すからだ。まさか、船団ごと宙に浮かせていたなどとは想像もしなかった。
「野郎ども! 帝国のクソどもに、めいっぱいの魔砲弾を喰らわせてやれーーーーーーーーー!」
「「「「「へい! 親分!」」」」」
海賊たちは大きな声をあげて、船に設置された砲台へと向かう。そこから、次々と巨大な魔法弾が放たれた。威力は、数十人の集合魔法以上のレベル。帝国軍は、なす術もなく散り散りになる。
「…… 魔砲弾。完成されていたか」
噂レベルでは数件報告されていた。海賊たちは砲身に巨大な宝珠を仕込み、複数人で持って魔力を込めることで、強大な魔法弾を放つことに成功したのだ。
それは、帝国の魔法レベルを遥かに凌駕したものだ。
そして。
ド派手好きの海賊王は、マストの上から飛び上がって、凱国ケルロー軍の前に着地する。
「待たせたな、ダリセリア!」
「……ったく、あんたってヤツは!」
顔見知り同志は、ガッチリと握手を交わす。
海聖ザナクレスが傘下に納める全海賊団の軍事力は、国家の1つとして数えられるほど強大なものだ。この勝手気ままに生きる自由人は、帝国が大陸を独占して独り勝ちになる状況を嫌ったのだろう。
「……これほど広範囲に展開されたら、厄介なことになるな」
ラージス伯は、自身の魔杖をまるで曲を奏でるように動かす。すると、放たれた魔砲弾が次々と姿を消して別方向に着弾する。
「ほぉ! 貴様が四伯か!?」
無精髭の巨人は豪快に笑い、
「……派手だな」
「この期に及んでそんな感想!?」
ツッコむ副官に構う暇もなく、ラージス伯は自身の空間を切り取り、砂の津波の遥か上空に移動させた。
「しゃらくせええええええええええええええ!」
だが、それを猛追するように海聖ザナクレスが信じられない速度の跳躍を見せ、
ラージス伯は瞬時に自身の周囲の空間を歪めて、海聖ザナクレスの後方に出現した。
だが。
「しゃらくさあああああああああああああ!」
斧は360度振り回され、その圧倒的な風圧で遥か後方へと吹き飛ばされる。
「膂力も速度も異次元クラス……厄介な御仁だ」
吹き飛ばされながらも、空間移動を重ねるラージス伯だが、追撃に大量の砂が襲いかかってくる。
海聖ザナクレスの動きが早過ぎて、長距離の空間移動で逃げることができない。
「これは……1人じゃ手に負えないな」
そうつぶやく間にも、相手は莫大な砂の海を自在に動かし、網を張るように追尾していく。その規格外の戦闘力に、防戦を強いられる。
「……」
マラサイ少将の体力は全快していない。なので、副長のブラッドと組ませたが、ダリセリア副団長の相手は5分と言うところだろう。
そうなると、未だ到着はしていない蒼国ハルバニアの軍を抑えることができなくなる可能性が高い。
「地味に……マズイな」
「なぜかまだ余裕ありそう!?」
副官のベルベットが遠くからツッコンだ。
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