旅団長 アルコ=ロッソ


          *


「今日も平和だな」


 ゼルクサン領クラド地区。城主のラグ=ユーラムは、のどかで活気のある城下町を見回りながら、つぶやいた。


 少し前までは、敵であった老将マドンが近隣を包囲していたが、敵軍の総大将が上級貴族に変わって攻めてくることはなくなった。


 街には物資の供給が再開され、酒の原料も入ってきた。帝都を行き来する商人たちも戻ってきた。


「……」


 昼にも関わらず、裏で異常に賑わっている歓楽街は素通りをする。


 ヘーゼンの統治しているカカオ郡は、変わらず攻め込まれていると言うが、援軍などは必要ないと言われている。


「……まあ、考えても仕方がないな」


 反帝国連合との戦の激闘振りは、こんな田舎にも聞こえてくる。だからと言って、もう自分たちにできることはない。


「っしーーーー!」


 ラグは大きく伸びをした。


 今日も今日とて平和が一番。さあ、頑張ろーー


「やあ、元気そうだな」

「……」

「……」


         ・・・


 災厄ヘーゼンが、笑顔で、やってきた。


          *

          *

          *


 東の重要拠点レクサニア要塞。精国ドルアナ軍との激戦が勃発しているこの地では、四伯のカエサリ=ザリが中心となり、鉄壁の守備を見せていた。


 彼は霊獣ノ理れいじゅうのことわりを駆使し、ある時は大狼となり、歩兵、騎馬兵を蹂躙。ある時は鳳凰となり、魔法兵を焼き尽くしていく。


 その間、精国ドルアナ軍の大将軍ギリョウ=シツカミがさまざまな策を施すが、カエサリ伯の圧倒的な力によって、ことごとく失敗に終わった。


 そんな中、レクサニア要塞の正門に丸々と太った男が馬に乗り、無防備で近づいてくる。


 旅団長アルコ=ポッソ。ゼレシア商国国王の次に権力を持つ男である。


「何でしょうかね?」


 城郭から見下ろす帝国軍大将ゾイド=ダグラスが、隣のカエサル伯に尋ねる。


「……私が行こう。攻めあぐねているので、交渉でもして揺さぶりをかけようという腹づもりだろう」


 そう言い捨て、カエサル伯は鳳凰と化しアルコ旅団長の前に悠然と舞い降りた。


「あっ……ちゃ……ぶりけー」


 太りきった中年が、目を丸っとしながら驚く。


「申し遅れました。あたくし、商国旅団長のアルコ=ロッソと申します。あなたの、あまりの戦闘ぶりに、あたくし、驚きを隠しきれませんでした。ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」

「……」


 アルコ旅団長は仰々しいお辞儀をして、歯の浮くような台詞を吐き、胡散臭い笑い声を上げる。本能的に信用できぬ人物だと、カエサル伯はみなした。


「……軽薄な口だな。貴様らの兵が多数死んでいるのだぞ?」

「兵の犠牲は戦場ではつきもの。大国のトップクラスが対峙すれば、瞬く間に数万の犠牲が出るのも仕方なきこと」

「貴様で試してみるか?」

「いえいえ、いえいえいえいえ。滅相もない。実はあたくし、あなたに商談をしたいと考えてます」

「断る」

「あっ……ちゃ……ぶりけー」


 アルコ旅団長は目を丸っとしながら驚く。


「帝国に楯突く侵略者と交渉する気はない。死か服従か……どちらかを選べ」


 カエサル伯は不敵な表情で答え、足を前に進める。


 だが。


「エヴィルダース皇太子」

「……」


 その名前を出した途端、カエサル伯の足が止まる。すると、アルコ旅団長はニヤーっと笑みを浮かべる。


あたくし、知ってますよ。エヴィルダース皇太子が、あなたにとって目の上のタンコブだということ」

「御託はそれだけか?」


 そう言って、カエサル伯は首に掛かっている霊獣ノ理れいじゅうのことわりを握る。


で、星読みたちがデリクテール皇子を選ぶ可能性は薄い。なぜだか、わかりますか?」

「……なぜ、他国の貴様らがそこまでの情報を持つ」


 次期皇太子を選定する真鍮の儀の時期は、帝国の超極秘事項だ。他国に知られると、干渉される可能性があるからだ。だが、アルコ旅団長はこともなげに答える。


「我々、ゼレシア商国はあらゆる国家と通じております。情報こそが、我々の命。そうやって、この乱世を超えてきました」

「……」

「沈黙は、話を聞いて頂けるということですね。では、対価を渡しましょう。例え、この戦であなたがどれだけの戦果を出したとしても、次の真鍮の儀でデリクテール皇子が、皇太子に選ばれる可能性は低い」

「……なぜだ?」


 カエサル伯は思わず尋ねていた。その情報は、彼の兼ねてからの疑問を見事に突いたものだったからだ。


 デリクテール皇子の武芸、魔力は、エヴィルダース皇太子と大きくは離れてはいない。派閥の大きさこそ大きく差はあるものの、その気性、思慮の浅さ等、人格の面を鑑みれば、優秀な方がどちらなのかは、外部から見れば明らかだ。


 だが、目の前の男は、それでもエヴィルダース皇太子が皇太子になると言う。


「そこの情報は皇帝選抜の核心に迫る部分ですので、簡単には言えませんね。ですが、我々はエヴィルダース皇太子よりもデリクテール皇子に次期皇帝の座を射とめて頂きたいと思ってます」

「……なぜだ?」

「エヴィルダース皇太子が望むのは、帝国の拡大。一方で、デリクテール皇子が望むのは、安定だからです」

「……」

「我々、ゼルシア商国としては、広く12大国と商売をして、より裕福な形を模索したいと考えてます。ですから、今の帝国の無理な領土拡大政策を変えてもらう必要が出てくる」

「……」


 領土拡大政策は、帝国の根幹政策である。デリクテール皇子は、かねてから帝国の行動限界点を指摘し、異を唱えていた。


「この戦が終わってからでもいい。よくよく、考えてみてください。互いの利害を分かち合えるのは、誰なのかと言うことを」


 アルコ旅団長は、自身の陣営に引き上げて行った。


           *


「どうでしたか?」


 陣営に到着したアルコ旅団長に、精国ドルアナ軍のギリョウ将軍が尋ねる。


「種は撒きました。どう咲いてくれるかは見ものですが、魔老ゼルギスが到着するまでは、悩むのではないでしょうかね」

「……流石ですね」


 星読みがデリクテール皇子を選定しない理由。彼は、それがわかっているわけではない。ただ、カエサル伯の興味を惹きつけるためだけについた方便だ。


「あんな猛獣を相手にまともにやり合えば、怪我をします。あたくし、利益のない戦は嫌いなんです。ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」


 アルコ旅団長は、奇妙な声で笑った。

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