武聖クロード



           *


 ゼルクサン領クラド地区の奴隷牧場には、3千人が収容されている。長屋には1.5メートル四方に仕切りがあり、その狭いスペースで奴隷たちは生活をする。


 彼らは今日も、生気を失った表情を浮かべながらも、鞭を打たれたくがないためだけに身体を動かしている。


 そんな人生絶望奴隷たちを眺めながら。


「ふむ……もう500ほど入りそうだな」

「……っ」


 鬼畜領主の鬼畜発言を、ラグは下を向きながらスルーした。


 2人は、そのまま城下町の螺旋階段を降りる。地下には、広い空間が広がっており複数の施設が存在する。その内の一つが、奴隷牧場たちの中でも『奈落』と呼ばれる場所である。


 最初は、地下牢であった場所も、彼ら奴隷たちは自らで開拓し、かなり広くなった。その中の一室に、やはり、奴隷たちが収容されている部屋がある。


「うごっ……うごごごごごごごごっ……うごごごごごごごごっ」

「……っ」


 ラグは思わず目を背ける。


 特殊な椅子に座らされて、ただひたすら魔力を複数の管で吸わされるだけの魔法使い奴隷。これもまた、見ていて気持ちいいものではない。


 だが。


「魔力の抽出量を一時的に10倍にしろ。強力な魔薬を注入して、時間も長くし、可能な限り紅蓮ぐれんを増やす」

「……っ」


 ヘーゼンは平然と指示をする。


 魔杖、紅蓮ぐれんには魔力を蓄える機能がある。1日1回しか使えない燃費の悪い魔杖だが、カク・ズが使用すればかなりの武器になる。


「こ、これ以上増やしたら心身ともに負担が」

「大丈夫だ」

「……っ」


 ニッコリと、目の前の異常者サイコパスは完全に大丈夫じゃないであろう大丈夫を答えた。


「で、でも今は攻められてもいないし」

「ナンダルに言って、他の戦闘に必要な武具も全て揃えさせろ。可能な限りかき集めろ」

「わ、わかりました」


 ラグは、ヘーゼンの底知れない瞳を見ながら、とめどない戦慄を覚えていた。


           *

           *

           *


 北方のベルモンド要塞に、帝国軍は撤退を完了した。反帝国連合軍の竜騎兵ドラグーン団は、平原の戦闘を得意とし、攻城には向かない。そして、四伯のジオラ=ワンダ伯も、防衛が得意だ。


 籠城戦であれば、耐え切れると判断した。


 実際、砂国ルバナの竜騎兵ドラグーン団はジオラ伯の魔法を警戒して近づいてこない。ルクセニア渓国の魔軍も同様である。


 四伯ジオラ=ワンダの威光は、それだけ圧倒的だった。


 彼の魔杖、大地ノ理だいちのことわりは、地上で生きる者にとっては、重大過ぎる脅威だ。一手間違えば、一瞬にして大軍を失う。そんな伝説級の逸話が数々残されていた。


 そんな中。


 豆粒のように遠い人らしき物体から、ハッキリとした声がジオラ伯の耳に届く。


「おーい、ジオラ伯! 久しぶりだなー! 元気かー! カッカッカッ!」

「……ゴホッゴホッ……厄介なやつが出てきたの」


 武聖クロード。


 五聖の一角であり、反帝国連合の北軍総指揮官である。距離は十キロ以上離れているのにも関わらず、耳にうるさいほど響いてくる。


「厄介なヤツとは誰のことですか?」

「……」


 やはり、隣のザオラル大将には、声が届いていない。武聖クロードは、声を発する肺を強化し、声を集約してジオラ伯だけに届くよう響かせた。

 

 彼の魔杖は、人権ノ理じんごんのことわりと言った。


 能力は至極単純シンプルだ。だが、単純シンプル過ぎるが故に対策が立てにくい。


「すぐさま、軍を展開してヤツを止めるのじゃ」

「了解しました!」


 ジオラ伯の指示は、速やかに正門を守る兵たちに伝えられ、魔法騎馬兵たちは武聖クロードを包囲して襲いかかる。


 若々しき肉体を持った老人は、ニヤッと笑みを浮かべ、次々と繰り出される斬撃を躱し、魔法を拳で弾き、軽やかな舞踏を踊るかのように動く。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーー!」


 その速さは圧倒的だった。帝国軍の魔法壁をことごとく拳のみで破壊し、兵たちを拳撃のみで落としていく。それは、人間のレベルを遥かに凌駕したものだった。


「カッカッカッ! 修行が足りんの! 最低でも軍神ミ・シルほどの切れ味がないと、ワシの根性の入った身体は傷一つつけられん」


 武聖クロードは快活な声で笑う。この老人は、接近戦で軍神ミ・シルと渡り合うことのできる数少ない存在だ。


 魔杖『人権ノ理じんごんのことわり』の能力は身体強化である。それは、単純な膂力だけでは留まらない。五感や臓器、骨や血肉に至るまでのそれが爆発的な魔力によって向上する。


 一見、単純な能力を途方もない修行で、『武聖』と呼ばれる域にまで昇華させた存在。


「そんなに規格外の力ならば、すぐにここまで来てしまうのでは?」

「いや。それでは、ここに来るまでに多くの魔力を消費してしまう。瞬間に魔力を込めることで、人外の能力を発揮するのじゃよ」


 武聖クロードの魔力量は、四伯や五聖、大国の主戦力と比べ少ない方だ。


「魔力量では、ジオラ伯に分があるということですね」

「160年生きてきて、ワシよりも魔力があると思ったのは、大将軍グライドだけじゃ」


 ヤツとは数度戦ったが、際限なく大魔法を連発していた。戦死したので、どのようなカラクリなのかはわからないが、螺旋ノ理らせんのことわりが関わっているのは言うまでもない。


「……そして、あのグライド将軍を、へーゼン=ハイムが倒したと言うことですね」

「にわかには信じられないがの」


 グライド将軍は、瞬間的な力には欠けるが、欠点のない男だった。膂力も魔法も桁違いに強く、継戦能力が高い。ヤツが倒されることは想像できなかった。


 そして、そんな話をしている間にも、武聖クロードは、一斉に取り囲んで攻めてくる帝国軍を、その拳で打ち倒していく。


「この戦術で本当によいのですか? むざむざ、帝国軍を差し出しているようにしか見えませんが」

「武聖クロードは不殺を自らの信念としている。といっても、数日は起きられないだろうがの。だが、放置していると魔軍に狩られるの……ラビアト」

「はい」


 呼ばれた副官の美女は跪き返事をする。


「彼らを回収しなさい」

「かしこまりました」


 ジオラ伯は、そう言って、ステッキを横に動かす。すると、ラビアトが土に覆われる。そして、次の瞬間、遙か先の倒れていた帝国兵の元に出現した。彼女は、自身の魔杖を地面につけると、彼らは土にドンドン沈んでいく。


 癒海ノ心いかいのこころ


 広範囲の地面を液状に変え、対象の心身を癒す効果を持つ魔杖である。


「ラビアトとワシの魔法と掛け合わせることで、数時間ほどで再び戦線に向かわせることができる」


 武聖クロードと正面切って戦えるものはここにはいない。だが、寝る間もなく、絶え間なく襲い続ければ、少なくとも進軍を遅らせることができる。


「砂国ルバナの竜騎兵ドラグーン団が黙っているでしょうか?」

「そのために、ワシがいる。ヤツらの好きにはさせない。あのアウラ秘書官という者……なかなか、わかっておる」


 ジオラ伯は、武聖クロードとも魔軍総統ギリシアとも相性がいい。


「ごほっ……ごほっ…… ごほっごほっ……がふっ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「……」


 細く皺ばかりの手のひらにこびりつくドス黒い血を、老人は見つめる。


 一方で。


「カッカッカッ! ヤツがここまで、辿り着ければ、ワシらの負け。ここまで、辿り着けなかったらワシらの勝ち。勝負が単純になってきた」


 武聖クロードは戦場を楽しむかのように笑う。


 そして。


「すぐ、ヌシのとこ行って引導渡してやるから、待ってな」


 快活な声で叫んだ。

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