英聖アルフレッド

           *


 その日、ヘーゼンはテナ学院の校庭で日向ぼっこをしていた。次々とやって来る伝書鳩デシトの手紙を読んでは放り、読んでは放る。


「ど、堂々とサボリ」


 そんなヤンも、隣で呆れながらつぶやく。


「どうした?」

すーが校庭で授業サボって、院長代理業務もサボって日向ぼっこしてるって、話題になってたので、見にきました」

「みんな暇だな。僕だって日向ぼっこくらいする」

「しませんけど!?」


 黒髪少女は、ガビーンと、否定する。


「やる事はやったので、今はゆったりとしている。ただ、それだけだよ」


 ヘーゼンは大地に寝転びながら、次々と送られてくる手紙を読みながら話す。


「奴隷できたか?」

「『友達できたか?』のノリで聞かないでください!」

「友達ができたのは知っている。大切にしなさい」

「わかってますよ、そんなことは」

「……僕は、わかってなかったな」

「え?」

「あまりにも自分の近くに居すぎて、それが当たり前すぎて、その時間がいかに大切なものだったのか気づきもしなかった」

「……誰のことを言ってます?」


 ヤンは尋ねた。エマやカク・ズのことじゃない。テナ学院時代よりも、もっと前のことだろうか。


「誰のことだったか。僕は記憶の中だけでしか思い出せない」

「……すー。何を言ってるんですか?」


 その意味がわからずに、ヤンが尋ねた時。


 一陣の風が吹いた。


           *

           *

           *


 西方最大の平野ドルストラ。武国ゼルガニアのジルサイド=ジノン魔炎長を破った四伯のミ・シルは、ついには武国ゼルガニアの地まで押し込んだ。


 帝国軍は、破竹の勢いだった。


「これが……軍神」


 帝国中将のログライヌ=バルが、思わずつぶやく。彼女の起こした炎に触発され、帝国軍の士気は一気に爆発した。


 それだけでなく、ミ・シルの側近たちの武力が強い。実力はいずれも中将級と遜色がない。


 彼らもまた、武国ゼルガニアの武将たちを次々と討ち取り、軍を前へ前へと進めていく。


 だが。


 突然、軍神ミ・シルの馬が止まる。


 立ちはだかったのは、武国ゼルガニアの王ランダル王と英聖アルフレッドだった。


「久しぶりだな」


 鍛え抜かれた鋼鉄の身体を持つ王は、不敵な笑みを浮かべる。彼が手にしている魔杖は、禍々しき剣の形をしていた。


「ランダル王。わかっていますよね?」


 隣にいる英聖アルフレッドが落ち着いた様子で尋ねる。


「ああ、共闘だろう? すまないな、軍神。運が悪かったと思えーー」

「私は構わない、

「……ああ?」


 ランダル王は、ギロリとその目を向ける。


「貴様、今、何を言った?」

が強者に勝とうとする工夫を、私は卑怯だとは思わない。何人でも構わない」


 軍神ミ・シルは表情を変えることなくつぶやく。


「……弱者? この私が?」

「ああ。だが、私は何人でも、一向に構わない」

「……」

「……」


          ・・・


「誰が……弱者だああああああああああっ!」


 プッツン。


 ランダル王は叫ながら、自身の魔杖、剣獄ノ理けんごくのことわりを発動する。瞬間、ランダル王が持つ禍々しき剣が形を変え、全身鎧と化す。


 そして。


 その鎧から発生したのは、数百を超える剣。それが、まるで植物のように剣から剣が発生し、ミ・シル伯に向かって襲いかかる。


「一の型……瞬華しゅんか


 ミ・シルが数百の斬撃を瞬時に繰り出すと、無数の剣が次々と斬り刻まれる。


 だが。


 この生きた刃は次々と増殖を繰り返して、彼女に向かって襲いかかる。


「……」


 ミ・シル伯は華麗なステップで、無数の剣を次々と回避していく。人馬と一体となったその動きは、まるで舞踊を踊っているかの如く軽やかだった。


「ハハハハハハハハハッ! 逃げるだけか!」

「二の型……雷嵐らいう


 激しく笑うランダル王に、彼女が雷神ノ剣らいじんのけんを振るうと、無数の雷が刀身から放たれる。


 五月雨の如く湧き起こる雷。


 だが。


 それは、ランダル王に当たるまでに、防がれた。瞬時に土属性の魔法陣が発生し、当たる直前で雷を遮断したからだ。


「はぁ……」


 英聖アルフレッドが、ため息をつきながら自身の魔杖をユラユラと動かす。


 法陣ノ理ほうじんのことわり


 あらゆる魔法陣を創り出すこの魔杖は、バリエーションが非常に豊富である。どのような戦闘スタイルにも合わせることができる、まさしく万能の大業物だ。

 

「ぬっ……アルフレッド! なぜ、手を出した!?」


 ランダル王が激昂しながら叫ぶ。


「落ち着いてください。軍神ミ・シルとあなたの魔杖は相性が悪い」

「相性など関係ない! 勝つか負けるかだ!」

「……はぁ」


 深くため息をつく英聖アルフレッドに対し、大きな笑い声が木霊する。


「ガハハハハハッ! ワシもおるんだがの」


 立ちはだかったのは、元四伯最強の男、ヴォルト=ドネアだった。彼の持つ大業物の魔杖は、竜麟ノ理りゅうりんのことわり


 自身の身体に、竜種の力を付与する魔杖である。


「どっちが相手をする? 何人でもいいぞ! 弱虫ども、かかってこい!」

「……」


 やはり、上手いなと思う。ランダル王や武国ゼルガニアの強者たちが挑発に弱いと見るや、これ見よがしに煽ってくる。


 さすがの老獪さである。


「……魔氷長ズビス、魔雷長バルド、魔土長ロギアド、魔弓長ザスレル、ヴォルト・ドネア大将を抑えなさい」

「バカな! あれだけの挑発を受けて、我ら4人で向かえというのですか!?」


 魔雷長バルドが、不満気に食ってかかる。


「元四伯の実力を侮ってはいけません。多少の衰えはあると言っても、先代最強は伊達ではありません。必死にやらねば、即座に全滅してもおかしくない」


 そう英聖アルフレッドが諭している間に。


炎竜ノ咆哮えんりゅうのほうこう


 ヴォルトは、口から灼熱の炎を繰り出す。


「甘い!」


 瞬時に魔氷長ズビスが前に出て、自身の魔杖『氷零ノ調ひょうれいのしらべ』で、巨大な氷壁を張った。


 だが。


 それは、一瞬にしてかき消されて、四人のもとに威力の変わらぬ炎が襲いかかる。


「まったく……」


 英聖アルフレッドは呆れながら、法陣ノほうじんのことわりを振るう。すると、彼らの前に巨大な氷の結晶のような大魔法陣が生成され、灼熱の炎を遮断する。


「侮ってはダメだと言ったでしょう? あなたたちのレベルは高いが、四伯級には到底及びません。全力を尽くして生き残りなさい」

「「「「……っ」」」」


 英聖アルスレッドはキッパリと言いきる。


「ランダル王。戯れは、ここまでに。もし、自身の武功を優先されると言うのなら、私は即座にこの場を去ります」

「……仕方ないな」


 面白くなさそうにランダル王がつぶやく。そして、英聖アルフレッドの近くまで移動し、ミ・シル伯に対峙する。


「軍神よ……貴様は決して殺さない。捕縛した貴様を回復させ、再び我と一騎打ちを行う機会を与えよう」

「私は構わない。だが……その機会が訪れることはない」


 軍神ミ・シルは雷神ノ剣らいじんのつるぎを構え、勢いよく2人に向かって突進して行った。

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