ハンフリー団長
*
「はぁ……あまりにも、雑魚過ぎるな」
セシルからの報告に、マドンは思わずため息をつく。低い練度。空回りする戦略。乱れまくった隊列。よくもまあ、こんな低脳な軍に成り下がったものだと呆れてしまう。
「このまま攻めさせるのですか?」
「ああ。怪我を最小限に抑えて、適当なタイミングで撤退を図れ」
「……何を考えてるんですかね? ヘーゼン=ハイム殿は」
16歳の少年は、呆れたようにつぶやく。上級貴族たちが指揮官となり、一気に攻撃がヌルくなった。今は、これまで戦ってきた下級貴族たちに防衛させているが、本気は出させていない。
「恐らくだが、可能な限り戦線を深く入り込ませ、上級貴族たちの戦意を高揚させたいのだろう」
ひとたび負ければ、あの上級貴族たちの臆病さが顔を出す。そうさせないように、適度に戦い、適度に敗色を演出するのが肝要だ。
その微妙な塩梅は、生徒たちには難しい。なので、ヘーゼン=ハイムは彼らを引っ込ませたのだろう。
「何のために?」
「……何かを待っているのだろう」
「何かって何ですか?」
「さあな……だが、面白い」
マドンはニヤけた表情でつぶやく。
「……
「そうか? いや、そうだな」
自身の問いに、自身で答え、思わず苦笑いを浮かべた。考えが読めないと言うことが、これだけ楽しいことだとは思わなかった。
「……」
ヘーゼン=ハイムの繰り出す一手で、上級貴族たちが、帝国が、反帝国連合の大国が、どのような反応を見せるのか。
白髪の老将は、まるで少年の頃のような胸の高鳴りを覚えていた。
*
*
*
砂国ルバナ。十数万の
そんな中、屈強で精悍な男が、腕を組みながら地平線を眺めていた。
ハンフリー=ミンツ。
「団長、すでに他の大国は侵略を開始しております。『そろそろ、進軍しろ』とルクセルア渓国の魔軍総統ギリシア殿から要請が」
副団長のカルキス=ロレンが、片膝をついて報告をする。
「言わせておけ。我が
竜騎は、大陸の最北西に生息する魔獣である。大地を高速で移動する小型の竜で、その速度は馬の倍ほど。24時間休憩なしで走り、その跳躍力は十メートルを超える。
その早すぎる機動故に、進軍は慎重でなければいけない。
「で、でも。我がフミ王からも、たびたび催促が来てますし」
「……ふぅ」
ハンフリーは大きくため息をつく。相変わらず、優柔不断で、決断力がない。それに加えて、他の大国には格好をつけるのだから、勘弁してほしいところだ。
「待機と言ったら、待機だ。戦場ではすべて、現場判断が優先される。フミ王にもそう伝えろ」
「わ、わかりました」
副団長のカルキスが不安そうに頷く。この男、実力は申し分ないのだが、自分に自信がないのが玉に瑕だ。この大戦で一皮剥けてくれればいいのだが。
そんな中。
「ガハハハハハッ! 無駄無駄。この頑固者に、他者の催促など口走っても、動かん動かん」
颯爽と現れたのは、豪快な髭を生やした男だった。粗雑な物言いで、無遠慮にハンフリーに近づき、無理矢理ガシッと肩を組むのは。
武聖クロード。
「なぜ、あなたがこんな所に?」
「遊びにきた」
「……はぁ」
再びハンフリー団長のため息が漏れる。まさか、ルクセルア渓国と砂国ルバナをまとめる総指揮官が、このようないい加減な人物などとは誰も思わないだろう。
「それにしても、未だ団長をやっていたのだな」
「下が育っていない故に、仕方なくです」
そう答えると、副団長のカルキスが悔しそうに下を向く。だが、ハンフリー自身には悪気はない。ただ、自身を越えるほどの者がいないと言う事実を述べているに過ぎないのだから。
だが、武聖クロードは悪戯っぽい笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「唯一、お前すら超えると言わしめた風は?」
「……くだらない。
苦々しげに、ハンフリーはつぶやく。
元
赤子の頃、ギラルギアの丘に捨てられ、竜騎に育てられた申し子。二対一体とも言える竜騎の手綱さばきは、天性のものだった。
ハンフリー団長は、その資質に惚れ込み、全てを叩き込んだ。
特級宝珠には意思がある。
まことしやかに伝えられる逸話だが、ハンフリーがそれを目の当たりにしたのは、誰も操ることのできなかった砂国ルバナの秘刀『
紛れもなく歴代最高の
「それを……ヤツは。あのバカは、輝かしい将来を酒で台無しにした」
ハンフリーは、今でも、あの夜のことを苦々しく思う。夜な夜な宴会ばかりのフミ王を、さらに酔っ払ったラシードが乱入し、タコ殴りにして、そのまま逃亡を図った前代未聞の事件である。
「そういえば、ラシードとは、ワシもたまに飲んどったな。よく、バカ騒ぎしたもんじゃ。ガッハッハ!」
「……それが、追放された後のことだったのかは聞きませんよ」
その後、フミ王は、完全激怒して12大国全土で指名手配にした。今もまだ相当、根に持っているので、武聖クロードとラシードが酒を酌み交わす仲だと発覚すれば、反帝国連合の関係性が怪しくもなってくる。
「確かに無茶な飲み方はするが、常に陽気で、そんな悪酔いする感じには見えなかったがな」
「……唯一無二の親友が戦死した。その日はそういう夜だったんです」
しかも、撤退か前進かで首脳の意見が割れ、フミ王は決断をしなかった。結果、魔軍総統ギリシアの罠にかかり、ラシードの救援が到着するまでに全滅した。
今は、流浪の剣士をしていると聞くが、どこで何をしているやら。
「ハンフリー……この戦をどう見る?」
「一言で言えば、気に入りませんね」
反帝国連合国軍と聞こえはいいが、国によって様々な思考が入り乱れる。とてもではないが、団結しているとは言い難い。砂国ルバナもそうだ。フミ王は、他国にはいい顔をして同調しているだけに過ぎない。
「ワシもだ。だが、帝国をこのままにはしておけない。その想いで立ったのは、一緒だろう?」
「はぁ……相変わらず抜け目のない方だ。『急げ』と言うのでしょう?」
ハンフリー団長は、深くため息をつき、全軍に向かって叫ぶ。
「全軍! 今から帝国領土リダルガイア平原まで移動する。我が
「「「「「「おおおおおおおおおおっ」」」」」」
割れんばかりの大地とともに、割れんばかりの竜騎たちの足音が大地を揺らした。
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