*


「報告します! 我が軍が1つ城を陥落させました」

「ふはーっ……うははははーっ! そうかーそうかー!」


 伝令が報告し、上級貴族の陣営が一斉に沸き立つ。あれから10日後、彼らはすぐさま自軍でカカオ郡の侵攻を開始した。


 マドンが裏切り、また彼を慕う下級貴族がヘーゼン=ハイムの元に流れたが、上級貴族直属の軍は未だ多く、戦力を逐次投入し続けている。


 そんな中で、知らされた敵城陥落の報。


「やはり、マドンのような無能に任せたかーら駄目だったのーだ。我々、高貴な名門の大戦略を前にあの下賎な、非力な、下級貴族どもの脳みそが及ぶ訳がないのーだ」


 ドスケ=ベノイスが、手をバンバンと叩きながら、足をバタつかせ、子どものように喜ぶ。


「こ・の・調・子・で・敵・城・を・陥・落・さ・せ・ま・しょ・う! この調子で敵城を陥落させましょう!」


 バッド=オマンゴが彼の言葉に続く。


「ヘーゼン=ハイムも、いや、本当、実は大した実力じゃないんじゃないですか」「あり得ると言うか、もはや、絶対にそうですな」「こんな弱い奴らにあの無能マドンは何を手間取っていたのか」「老将じゃなく、完全なヨボヨボ老人でしたな」「すぐ捕まえて殺しましょう」


 上級貴族の面々は、口々に軽口を叩き合う。


           *

           *

           *


 同時刻。ヘーゼン=ハイムは、テナ学院にいた。いや、彼らだけでなく、特別クラスの生徒たち全員が教室にいた。


 ええっ……と全員が思った。


「じゃ、授業を始めようか」

「へ、ヘーゼン先生! 質問があります」

「ん? どうしたヴァージニア」


 魔杖の構造を体系化した計算式を黒板に書きながら、ヘーゼンが尋ねる。


「こんなことをしていて、いいのでしょうか?」

「学生の本分は、勉強だと思うが」

「そ、そうなんですけど」


 そうだけど、そうじゃない。いや、そうだけど、そうじゃなかったじゃん。生徒たち全員が、一言一句違わぬ感想を持つ。


「その……まだ、カカオ郡の防衛は続いてますし」

「防衛に関しては、マドン殿がしっかりやってくれている」

「わ、私たちの力がマドン様に及ばないのはわかってます。でも……」

「いや、そう言うことじゃない。あくまで戦術上の事情だ」


 ヘーゼンはキッパリと答える。


「もう授業を始めていいかな?」

「ちょっ、ちょ待っ……待ってください!」

「うん。どうした?」


 黒髪の青年教師が、真摯に生徒の言葉に耳を傾ける。


「今、反帝国連合軍が結成されて、大陸大戦が勃発してます!」

「それと、学生たちの君たちに何の関係が?」

「……っ」


 ヴァージニアは耳を疑った。本気で言っているのか、この教師は。つい、昨日まで、バリバリ戦っていたのに。いや、時世がこうなった以上、こんな時こそ、自分たちも戦うべきでは。


「ほ、他の学院も、学徒動員を検討しているって噂で聞きました」

「はぁ……世も末だな。戦争を知らない生徒を動員し始めるなど、自ら負けを宣言しているようなものだ」

「「「「「……っ」」」」」


 おまいう。


 激しく、おまいう、と生徒全員が思った。


「私たちの、あの戦いは……」

「言っただろう? 特別軍事訓練だと」


 ヘーゼンは有無を言わさず、ニッコリと答える。


「だ、だったら。わ、私たちも戦地に向かって戦わなくてもいいんですか!?」

「意気込みは買うが、君たちに、未だその実力はないな。バレリア先生ならともかく、今の君たちにできることはないよ」

「……え?」


 隣にいた副担任の赤髪美女が、初耳とばかりに目を向ける。そんな彼女に対して、ヘーゼンは満面の笑みで答える。


「まあ、大人同士の話になりますので、ヴォルト・ドネア院長から来た赤紙の話は後で」

「……っ」


 ほぼ、言っちゃってる、とバレリアはガビーンとした表情を浮かべる。そんな彼女を完全に無視して、ヘーゼンはあらためて生徒たちに向かって言う。


「いいかい? 特別軍事訓練は終わったんだ。君たちは、不在だった分、勉強の面で帝国将官を目指すには、これまで遅れた座学を頭に叩き込まなければいけない」

「そ、そんな……今はそんな悠長な時を過ごしている場合ですか?」


 ヴァージニアが生徒たちの想いを代弁する。


「確かに反帝国連合国が攻めてきて、帝国はかつてない危機に陥っている。だが、帝国にいるすべての者たちが戦っている訳ではない。いや、むしろ大多数の者たちはごく一般的な日常を過ごしている」

「……」

「君たちも同じだ。人には、それぞれ役割がある。今の状況で、学生である君たちが戦地にいてやれることはないし、何かをやる必要はない」


 ヘーゼンはハッキリとそう答える。


「もし、君たちの家族が戦地にいるとしても、いたたまれない気持ちになる必要はない。罪悪感を感じる必要もない。いつも通りに、学校生活を送り続ける。戦地にいる彼らも、そう願っているんじゃないかな」

「……あの!」


 ヴァージニアが顔を真っ赤にして立ち上がる。


「どうした?」

「こんなこと、その……こんな個人的なこと聞くのはよくないって、わかってるんですけど」

「いや、別に構わないよ。何でも聞いてくれ」

「……最近、私の父が『忙し過ぎて寝る暇もない』って伝書鳩デシトの手紙に書かれてました。それって、反帝国連合軍が攻めてきているからですよね? その……心配で……いても立ってもいられなくて」

「……」






























 ヘーゼンは彼女に近づいて、肩をポンポンと優しく叩いた。


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