団結


           *


 豪奢な邸宅の端の端にある狭い部屋で、中肉中背、平凡な顔立ちの中年男が読書をしていた。


 ラージス=リグラ伯。紛れもなく、帝国最強と謳われる四伯のうちの1人である。


「また、こんな執事の部屋にいらっしゃって」


 呆れた表情を浮かべるのは、副官のベルベット=ラドン。芦毛のパーマが特徴的な美女である。


「どうも、広い部屋は落ち着かないんだよな。手が届くところに何でもある方がいいと言うか」

「そんなこと言っているから、『四伯の中で1番地味』なんて陰口を叩かれるんですよ」

「……」

「し、知らなかったんですか?」


 如実にショックを受けるラージス伯。


「そ、そんなことより! 玉座の間に呼び出しです! 反帝国連合が結成されて、未曾有の危機です! 落ち込んでる場合じゃないですって!」


 芦毛パーマの美女が、失態をごまかそうと強めに説明を始める。そんな様子を眺めながら、中肉中背、平凡な顔立ちの中年男は、小さくため息をつく。


「はぁ……じゃあ、まあ、地味という評価を払拭するために、働くとするかね」


           *

           *

           *



「……」

「……」


          ・・・



 ヘーゼン=ハイムが去った後。


 上級貴族たちは、しばらく、放心状態で、海老反り続けていた。誰も、何も発さない。目をガン開きながら、ただ逆さの光景を凝視する。


 あまりにも耐え難い屈辱に、とてもではないが現実とは思えなかった。だが、この背中の軋みが、睾丸を潰され、泡を吹いて気絶しているジョ=コウサイの姿が、彼らに逃避を許さなかった。


 やがて。


「ちっくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 海老反りの、ドスケ=ベノイスが叫んだ。


「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」


 海老反りの、クラリ=スノーケツも叫ぶ。


「こ、こここここここここ殺殺殺殺殺殺殺殺ころころころころころころころすーーーーーー!」


 海老反りの、ダッチク=ソワイフも叫ぶ。


「ぜ・っ・た・い・に・こ・ろ・し・つ・く・す! 絶対に殺し尽くす!」


 海老反りの、バッド=オマンゴも叫ぶ。


「いや、本当に殺す! いや、本当に殺す! 殺す! いや、本当に殺す! いや、本当に殺す! いや、本当に殺す!」


 海老反りの、アルブス=ノーブスが叫ぶ。


「こ! ろお! おす! ころ! す! こぉ! ろぉあお! すうううううぅ!」


 海老反りの、フェチス=ギルが様々な擬音で叫ぶ。


 せきを切ったように、全員が発狂したように叫びまくり、圧倒的なストレスを吐き出そうとする。


 そんな中。


「……あの、いい加減に、姿勢を整えた方がよいのでは?」


「「「「「……」」」」」


 冷めたマドンのツッコミに、全員が我に返る。上級貴族たちは、ゆっくりと横たわり、立ち上がり、背中をポンポンして、再び絶叫する。


 一方で。


「いや、あれがヘーゼン=ハイムか。恐れ入った。なんという強烈な個性だ」

「……っ」


 そんな上級貴族たちの行動を完全に無視して、マドンはしみじみとつぶやく。


「き、貴様ー!」


 反射的にドスケ=ベノイスが、鉄拳制裁を喰らわせようとするが、マドンはその拳を軽く止め、強く握る。


痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛ーっいだだだだだだだだだ! き、貴様ー! な、何をすーる!?」

「もう、あなたに従うのはやめました」


 !?


「な、なんだーと! どう言うことだー!?」

「だって、もう終わりでしょ、あなたたちは?」

「……っ」

「私は、戦術的にあなた方が優位だと思ったから、従っただけです。まさか、これほどの大きな戦略の渦に巻き込まれるとは思わなかったですが」


 マドンは感心しつつも、興奮した様子でつぶやく。


「はぁ!? おわっ!? そん!? ばか!? うろ!? おぼ!? えぼ!? らああ!?」


 フェチス=ギルが、反射的に、さまざまな擬音を発する。こんな下級貴族のクソジジイにすら、手のひらを返された? 上級貴族の名門家当主の自分たちが? まったく理解ができない。


「き、貴様ーっ! 後悔するーぞ!」


 ドスケ=ベノイスが発狂したように叫び散らす。


「後悔? それは、これまでの私の行動に対してです。年齢を言い訳にして、この荒れた風に乗らないなんて、つまらない」

「ふ・ざ・け・る・な! ふざけるなふざけるなふざけるな!」


 バッド=オマンゴも猛烈に加勢して叫ぶ。


「貴様ら下級貴族ーは! 私たちの言うことを聞いて戦っていればいいのーだ! 今からその足でヘーゼン=ハイムの首を取ってこーい!」

「そんなにやりたければ、自分たちでやればいいでしょう?」


 !?


「な、なななななな何何何何何何なんなんなんなんなんだとっ!?」


 ダッチク=ソワイフが聞き返す。


「聞こえませんでしたか? 下級貴族の力なんてアテにせず、自分たちの魔杖を取り、攻め込めばいいんです。できるのならね……では、失礼します。行くぞ、セシル」

「は、はい!」


 マドンは弟子を連れて、颯爽と去って行った。


「……」

「……」


           ・・・


 しばらく、沈黙が続いた。彼らの燃え盛るような怒りは、すでに沸点を越えており、もはや、我慢の限界を遥かに越えていた。


 静かなる怒り。


 耐え難き屈辱。


 へし折られた自尊心。


 そして。


「打倒……ヘーゼン=ハイム」


 誰かが、ボソリとつぶやいた。


「打倒ー……ヘーゼン=ハイムー」


 もう1人の誰かもつぶやいた。


 やがて。


「打・倒……ヘ・エ・ゼ・ン=ハ・イ・ム! 打倒ヘーゼン=ハイム!」「打打打打だだだた倒! ヘヘヘヘヘーゼン=ハイム!」「打倒ヘーゼン=ハイム! いや、本当、打倒ヘーゼン=ハイム!」「ダ! トゥ! ヘー! ゼェ! ハィ! ムウウ!」


 その言葉は、何度も何度も連呼され。


 彼らの魂を燃やす。























「「「「「「打倒ヘーゼン=ハイム!」」」」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る