絶望


           *


 その日、四伯ジオラ=ワンダは、ベッドで窓の外を見ていた。すでに、150歳を超える老人の身体は痩せ細り、触ればへし折れそうなほど。


 そんな中。


「ジオラ様……エヴィルダース皇太子の使者がいらっしゃいました」


 副官のラビアド=ギネスが、心配そうな表情を浮かべながら報告する。若く美しい女性で黄土の瞳が印象的だ。


「ゴホッ……ゴホッ……そうか」


 軽く咳き込みながらも、ジオラ伯は立ち上がり、赤のローブを着込む。


「考え直す訳にはいきませんか? そのお身体では、いくらジオラ様と言えど……」

「何を言う……ゴホッゴホッ。ワシの魔力はいささかも衰えてはおらんよ」

「……ですが」


 ラビアドは瞳を潤ませながら唇を噛む。


「そんな顔をするな。我が愛する祖国は、こんな老いぼれに、もう一役下さったのじゃ……さあ、玉座の間に行こう」


           *

           *

           *


 パン。


 ヘーゼンが両手を景気良く合わせ、仕切り直す。


「じゃ、停戦交渉を始めましょう」


 !?


「うほ? えう? れか? せぶ? んん? あう? がり? おああん?」


 海老反りのフェチス=ギルは、反射的に、さまざまな擬音を発する。コイツは、いったい、何を言っているのだ。こんな屈辱的な格好をさせておいて、まるで、これが始まりかのような。


 いや、もはや、完全パーフェクトキチガイ。


 だが。


「あれ? まさか、土下座だけなんて、思ってないですよね?」


 ヘーゼンは、平然としながら首を傾げる。


「こ、これだけのく・つ・じょ・くを! 屈辱を与えたにも関わらず、これ以上何をしろと言うのだ……ですか!?」


 海老反りのバッド=オマンゴが、頭に血を昇らせながら叫ぶ。


「あっ!」

「な、な、な、何何何何ななななんですか!?」


 海老反りのダッチク=ソワイフが尋ねる。


「今、総資産の6割に条件が上がりました」


 !?


「なんじぇええええ!? なんじぇあがろれ?」


 海老反りのラフェラーノ=クーチが、呂律の回っていない口ぶりで質問をする。


「気に入らなかったからです」

「……っ」


 なんたる暴君。


「わ、わかっーた! いや、わかりましーた! 考える。前向きに検討すーる。少しだーけ、時間をくーれ……ださーい!」


 海老反りのドスケ=ベノイスが投げやりに叫ぶ。


「……そうですか。では、少しだけ時間を。あっ、後1つだけ付け加えるんですが」

「こ、今度は何ーだ!?」

「あなた方は、全員、当主の座を降りてくださいね」


 !?


「ど・お・ゆ・う・こ・と・だ! どおゆうことだ!?」


 海老反りのバッド・オマンゴが叫ぶ。


「だって、あなたたちって、信じられないほどの無能じゃないですか? だから、引退して欲しいんです。いや、言い忘れてました。失礼失礼」

「……っ」


 なにからなにまで失礼過ぎる。全方位、360度、一言一句違わずに失礼千万。


「でも、安心してください。あなた方の一族から、公平な目で審査して、キチンと実力のある後継を選びますから。そこは、ご心配なさらないよう」

「……っ」


 心配するポイントが圧倒的に、そこじゃない。


 と言うか、後継指名の自由すらも奪われている。


「では、契約書にサインを」

「ちょまっ……ちょまちょちょちょちょ待てよ! いや、待待待待ままままってください……」


 海老反りのダッチク=ソワイフが制止する。


「ん? どうしました? 早くサインしてください」

「待ってくーれと言ってるだろーう! 前向きに検討すーると、さっき、いや5秒前に言ったではないーか! 忘れたのーか!?」

「いや、だから待ちました。5秒」


 !?


「ほん? だん? しょ? こ? らぬん? から? おけ? ひっ? すうううう?」


 海老反りのフェチス=ギルは、さまざまな擬音を発する。5秒? それって、待ったうちに入るのか? 逆さになって頭に血が昇り、上手く思考が追いつかない。


「そ、そそそそそんな後後後後あとあとあとあとづけで条件言われて、サインできる訳がないでしょうが!」


 海老反りのダッチク=ソワイフが涙に眉を濡らしながら叫ぶ。


「そうですか。なら、総資産の7割ですね」


 !?


「なんであがるがー? なんばえあがるんがぇぇぇぇ? なんぞねあがるがえええぇ?」


 海老反りのラフェラーノ=クーチが、呂律の回っていない叫びで、涎で眉を濡らす。


「当たり前じゃないですか。一旦、交渉が決裂しましたから、今度は新たな条件を提示するでしょう? 私、交渉は条件を上げることしかしませんから」

「……っ」


 キッパリと、ヘーゼンは断固とした口調で答える。


 条件を上げることしか…-しない?


 なんたる鬼畜交渉。


「どうします? 断れば、8割に上がりますけど……いいですかね?」

「「「「「「「……」」」」」」」


 誰も何も言わない。いや、答えられない。答える権限がないと言う方が正しいのか。総資産の7割なんて。当主引退なんて、単独で、そんな短時間で決められるものじゃーー


「んー、わかりました。3秒経ったし、もう、時間の無駄なので、シンプルにあなた方の選択肢を決めます。どれを選ぶかは自由なので、よーく考えて決めてください」

「……っ」


 勝手に。


 もう、本当に、勝手が過ぎる。


 だが、そんな勝手気ままな異常者サイコパスは、着々と話を進めて行く。


「1つ目。このまま、徹底交戦。その中で、私が公式に緊急召集要請を受けた場合、詳細は省きますが、結果、あなた方は死にます」

「……っ」


 余計な説明を省いて、結果だけ、言ってきた。


「2つ目。あなた方が交戦の意思を示さずに降伏。キチンと手足を縛って従順の意思を示して待っていてくだされば、最前線で特攻兵として採用します。運が良ければ、0.1%ぐらいで生き残ります」

「……っっ」


 99.9%死ぬ。間違いない。この異常者サイコパスは、絶対に殺させる気で突っ込ませる。


「3つ目。最後の選択肢は、資産の9割9分9厘を没収。後継者はこちらで選定……まあ、優秀な者が1人もいなければ養子を取らせますが、家の名前は一応残ります。資産も1厘残りますので、まあ、質素に余生は過ごせます」

「……っっっ」


 ほぼ、没収されている。


「まあ、私としてはどの選択肢でも構いませんから、ゆっくり考えて結論を出してください」

























 上級貴族たちは、呆然としながら、逆さのヘーゼン=ハイムを見送った。

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