*


 エヴィルダース皇太子との謁見後。デリクテール皇子は、自身の邸宅に帰らず、その足でザリ家の邸宅に訪れた。


 突然の訪問に筆頭執事が困惑する中、足早に精悍な男が駆けつけて来て、急いで片膝をつく。


 四伯カエサル=ザリ。


 すでに50歳を超えながらも、驚くほど若々しい肉体を保つ魔法使いである。その顔も、20代と言われても誰も疑わないほど皺も少ない。


 ザリ家は、準名門という立ち位置の貴族ながら、カエサル伯の圧倒的な功績によって四伯にまで登り詰めた。デリクテール陣営を支える、まさしく屋台骨と言っていい存在だ。


「一言お呼びくだされば、駆けつけましたものを」

が来たかったのだ。これから、壮絶な死闘を繰り広げるそなたに、それぐらいはさせてくれ」

「……まったく」


 カエサル伯は、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。


「それにしても……エヴィルダース皇太子の下につかねばならぬなど、忌々しい話ですな」

「そう言うな。大事なのは、この未曾有の危機に力を合わせることだ」

「……ヘーゼン=ハイムはどうされますか?」

「気になるか?」

「グライド将軍とは、何度か刃を交えたことがあります」


 超広範囲魔杖の火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを巧みに使い、圧倒的な耐久力タフネスと膂力は、大将軍と呼ばれるに相応しい存在だった。


 そんな彼を倒した若き帝国将官。


「カエサル伯でも、グライド将軍は強敵か?」

「……軽くしか戦っていないので、なんとも言えませんが」

「なるほど。まあ、ヘーゼン=ハイムの参戦は、遅くなるだろうな」

「はぁ……まったく、あの方は」


 カエサル伯は大きくため息をつく。エヴィルダース皇太子との確執は天空宮殿で噂されていたが、まさか、こんな有事にまで。


「他人のことはいい。私たちは、やれることをやるだけだ」

「……」


 デリクテール皇子を見つめながら、カエサル伯は頭を下げる。


 己が主人に仰ぐのは、ただ1人だけ。


「はっ! では、玉座の間に向います」


          *

          *

          *


「あ? え? お? い? う? はぁ? ひぃ? ふぇ? へぇ? ほぉぉぉぉ?」


 フェチス=ギルは、理解ができなかった。それ故に、汗をダラダラとかきながら、さまざまな擬音を発する。衝撃的な妄言。圧倒的な傲慢。驚愕的な幻聴。


 いや、その場にいる上級貴族の誰もが愕然とした。この上級貴族の名門一族たちに向かって……平民出身の成り上がり貴族が、今ーー


 が高いと言ったのか?


「き、き、聞こ聞こ聞こ聞こ聞こ聞こえなかった!? 今、何何何何何何ななななななんと?」


 ダッチク=ソワイフは、涙目を浮かべて聞き返す。そんなはずがない。そんなはずがない。いくらなんでも、まさかそんな。何度も何度も自分に言い聞かせる。


 だが。


「申し訳ないですが、疲れているので。せめて、下の位置にがないと、魚の腐ったような目を見る気にはなれません」

「……っ」


 言ってた。聞き間違いじゃなかった。幻聴じゃなかった。が高いって、この平民出身の成り上がりが。


「ど、どどどどどどどういういういう?」

「……はぁ」


 ダッチク=ソワイフの問いに、ヘーゼンは視線を合わさず。


「はぁ……わかりませんかね?」


 フッとため息をつき、嗤う。


「私はね……あなたたちを足下に見てるんですよ」


「「「「「……っ」」」」」」


「き、き、き、貴貴貴貴貴ききききき様ぁ……しょ……しょにゃらほじゃらぁ!」


 唾液をふんだんに飛ばしながら、ダッチク=ソワイフは呂律のまわっていない反論をする。


 だが。


「その角度からでは、誰が何を言ってるか、まったく聞こえませんね」

「ひっ……ぐぅ……」


 全然聞いてくれない。こっちを見てもくれない。ひたすら下だけ。下だけを見ている。なんと言う性格の悪さ。なんと言う異常者サイコパス。なんと言う悪魔。


「「「「「「「……」」」」」」


「あれ? 話はもう終わりました? じゃ、私は失礼しますね。お互いに悔いなく、正々堂々と戦いましょうね。じゃ」

「こ、こ、後後後後海ここここうかいすりゅぞ! そんな、傲傲傲傲慢ごごごごうまんなふ、ふ、振る振る振る舞いあはぁ!」

「マドン殿。お待たせしました。不肖の弟子たちと会話できました?」


「「「「「「「……っ」」」」」」」


 無視。


 もはや、圧倒的な無視を決め込むヘーゼン=ハイム。マドンも弟子の2人も、俄然ガビーンとしているが、お構いなしに話を続ける。


 そんな中。


 ダッチク=ソワイフが、震えながら地面に両手をつける。上級貴族たちの中で、自分が犠牲になると言う覚悟を持って。


「ど、どどどどどうきゃ! 停停停停停停戦てててててていせんを……していちゃじゃけぇあぅおっしゃあ!」

「「「「「くっ……」」」」


 確かに、呂律は回っていなかった。だが、かろうじて敬語は聞き取れた。その毅然とした土下座に、上級貴族の面々は、ダッチク=ソワイフをまるで、勇者のように見つめる。


「……ふむ」


 そして。ヘーゼン=ハイムにも、その声は届いたようだった。マドンとの会話を中断して、ダッチク=ソワイフの方に近づく。


 だが。


「んー……まだ、高いな」


 !?


「ど、ど、土土土土座どどどどげざしてるじゃにゃいらっちぇ!? こりゃの、いっちゃい、どぉきょぎゃ高高高高たたたたかいんでっしゃ!」

「……うん、やっぱりこうだ。逆ですよ、逆」


 そう言って。


 ヘーゼンはダッチク=ソワイフの髪をガンづかみして、力任せにブリッジさせて地面へと突き刺す。


 それは、まるで、レインボーのようだった。


「ふんぎゃああああああああ!?」

「うん、これですよ。なんで、あなたたちみたいなゴミ畜生の頭が地面につかないのかなと思ってたんですよ」

「……っ」

「獣だって服従の時には急所を見せながら命乞いするでしょ? あなたたちみたいなゴミ畜生は、普通の土下座じゃ当然駄目でしょ」

「……っっ」


 酷い。


 あまりにも、酷すぎる。


 だが、ヘーゼンは固まっている上級貴族を見渡して話を続ける。


「あれ? みなさん、やられないんですかね? それでしたら、私はもう失礼しようかと思ってます。では、ご機嫌よう」

「ちょまっ……ちょ待てよ! いや、待・っ・て・く・だ・さ・い! 待ってください!」


 バッド=オマンゴが声を振り絞って叫ぶが。


「いや、マドン殿、失礼しました。あなたも大変でしたね。こんな一口グミみたいな脳みその輩にーー」

「ひっ……ぐぅ……」


 無視。


 ガン無視。


 全然聞いてくれない。


 ……もう、やるしかない。


「ほ、本当に申し訳ありませんでしたーーーーーーーーーー!」

「……」


 クラリ=スノーケツは、仰向けになってブリッジをしながら叫ぶ。頭はすべて地面にベッタリとついて、身体はこれ以上ないくらい剃り立っている。


 海老反り土下座。


「こ、この通りです! 我々の話を……我々の話を聞いてくださーい!」

「……」


 パチパチパチパチと。


「やれば、できるじゃないですか。いや、お見事。やっぱり、これですね。ゴミ畜生のあなたたちらしい、素晴らしい新土下座です」


 目の前の悪魔ヘーゼン=ハイムは、賞賛する。


「あれ? みんな、やらないんですかね?」


「「「「「「……っ」」」」」」


 上級貴族は仕方なく、全員が海老反りになって、頭を地面に突き始める。


「こ、これでいいんですか?」


 ジョ=コウサイが海老反りになって、逆のヘーゼン=ハイムを睨む。


「……その中途半端な自尊心、好きじゃないなー」


 そうつぶやき。


 ボッギァ。


 !?


 ヘーゼンは思いきり、股間に拳を叩き込む。


「はぎょええええええええけええあええええぇ! えべええええええええっ! えべえええええっ! えべえええおおおおおおおえええええぇ!」


 ジョ=コウサイは、悶絶しながら、泡を吹きながら気絶する。


 この日、彼は、睾丸を2つ失った。


 一方で、ヘーゼンは、手首をプラプラしながら、満面の笑みを浮かべる。


「新土下座にも品格があります。上級貴族らしく、誠意を持って、潔く、華麗エレガントにしなければ、ただその汚い急所を曝け出してるだけですから、汚物として処理します」

「……っ」


 なんで、そうなる。


 なんで、そうなるのだ。


「そう言った場合、私は容赦なく拳を叩き込みます。本当は、不潔な部分は触るのも嫌なのですが、我慢します。あっ、後で念入りに消毒しますから、ご心配には及びません」

「「「「「「……っ」」」」」」」























 睾丸破壊で気絶した1名を除き、上級貴族全員が、全力海老反り土下座の態勢になった。


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