軍議
*
北方ガルナ地区山間部のクミン族集落。巨大なテントの最奥で座る若い女が、
クミン族族長のバーシアである。
「フッ……まったく。あの男は、いつも通り無茶を言う。おい、貴様ら」
「「「はっ!」」」
側で控える屈強な男たちが淀みない返事をする。
「計画を早める。人員、労働時間を倍にしろ」
「「「はっ!」」」
おい……マジかよと、屈強な男たちは心に涙目を浮かべながら淀みない返事をする。
そんな中。
伝令が息を切らしながら入ってきた。
「はぁ……はぁ……ルクセルア渓国から、使者が参りました」
「……わかった。会おう」
バーシアが即座に立ち上がり、テントから出ると、白のローブを来た魔法使いたちが歩いてくる。
その中で。
唯一、漆黒のローブを着た痩せ型の男が前に出る。鋭く無機質な目が特徴的で、禍々しく歪に曲がった魔杖を手に持つ。
「ほー。あなたが、あの『青の女王』ですか。なるほど、絶世の美女と言う噂は間違っていなかった……ククク」
「……」
バーシアは他近隣の弱小部族をとりまとめている存在だ。なので、クミン族の族長でありながら他部族から『青の女王』と讃えられている。
「貴様は?」
「これは、失礼を。ルクセルア渓国の魔軍総統ギリシア=ジャゾと申します……ククク」
痩せ型の男は、仰々しく、お辞儀をしながら皮肉めいた声で笑う。
「それで? 用は?」
「簡単です。あなたたちは、ルクセルア渓国が、帝国に侵略するのを黙って見ていてくれればいい……ククク」
「……私たちは、別に帝国の味方ではないぞ? ちょうど、今、戦に人員を割ける余裕もないしな」
「そうですか。そう言ってくださると安心しーー」
一閃。
話し終わる前に、バーシアの魔剣が魔軍総統ギリシアの首を飛ばす。
だが。
「あー、危ない。やはり、美しさ以上に凶暴さが有名なだけあるなあ……ククク」
「……」
地面に落ちた首が消え、ギリシアは白のローブを着た魔法使いの中から現れる。
「だが、気をつけてください。あなたも12大国と事を構えるつもりはないでしょう? っと、この先11大国になるかもしれませんがね……ククク」
不快な笑い声を残して。
魔軍総統ギリシアは、クミン族の集落から去って行った。
*
*
*
1時間後、エヴィルダース皇太子のいる執務室にデリクテール皇子が到着した。
「お久しぶりです。殿下」
「お、おお。久しぶりだな」
派閥の面々がいる中で、筆頭秘書官1人だけを連れたデリクテール皇子は、即座に片膝をつく。
「……」
立派な振る舞いだと、アウラ秘書官は感心した。この方は、即座に危機的状況を把握し、敢えて臣下の礼を尽くしたのだ。
エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子。
この2人が最後に会ったのは、前回の真鍮の儀だ。その時は、立場が真逆であった。にも関わらず、そうしたしがらみを捨てることは、中々できない。
「進言させて頂くと、この苦難に対し、我が帝国の総力を結集せねば打ち勝てぬ問題だと思われます」
「そ、そんなことは言われなくてもわかっている!」
エヴィルダース皇太子は、忌々しげにアウラ秘書官の方を眺める。
「我が帝国の要である四伯を総大将として、南・北・西・東を防衛する」
立ち所に、派閥に大歓声が上がる。四伯は、帝国最強の4人と謳われる魔法使いだ。
「西の琉国ダーキア、食国レストラル、武国ゼルガニアには、ミ・シル伯を。南の蒼国ハルバニア、凱国ケルロー、グランジャ祭国には、ラージス=リグラ伯を。東の精国ドルアナ、ザシリア商国には、カエサル=ザリ伯を、北のルクセルア渓国、砂国ルバナには、ジオラ=ワンダ伯をそれぞれ配置します」
「……なるほど。しっかりと考えられたよい人選だ」
デリクテール皇子は納得したように頷く。カエサル=ザリ伯は、彼の派閥のトップである。実質的に派遣の権限を持つのは彼なので、アウラ秘書官は安堵した。
「副官として、西はヴォルト=ドネア大将。南はマラサイ少将。東はゾイド=ダグラス大将。北はザオラル=ダート大将をそれぞれ配置します」
「……あの狂剣が大将級と同等とは」
エヴィルダース皇太子が忌々しげに吐き捨てる。マラサイ少将は、以前、天空宮殿の宴会で、無邪気に遊んでいた少年エヴィルダースを、ぶっ飛ばしたことがある。
当時、皇帝レイバースの腹心であったマラサイは、その件がキッカケで辺境の地へ飛ばされた(巷では、計算通りだとも噂されている)。
「本来、あの方は大将級の功績を残しているお方です。そして、戦地ライエルドの特異な戦場を熟知している方でもあります」
「だが、あのような猪突猛進男に、副官が務まるか?」
エヴィルダース皇太子は、未だ気に入らぬ様子をみせる。
「彼の副官ブラッド大佐が、部隊の実質的な指揮を取る若き知将です。彼ならば、問題なく任せられる」
また、軍神ミ・シルも、かつてはヴォルト・ドネアの部下であったので、連携も問題ないだろう。他の大将も歴戦の猛将だ。
「……本来ならば、砂国ルバナの竜騎兵団にミ・シル伯を置きたかったが」
デリクテール皇子は冷静につぶやく。
「仕方がありません。武国ゼルガニアのランダル王が100万の大軍を引き連れたとのことですから」
西の戦力がとにかく強大だ。ランダル王は『殺戮の王』と呼ばれるほどの勇猛な魔法使いだ。武国ゼルガニアの軍も屈強な精兵であり、それが100万を引き連れてきたとあっては、こちらも最強を当てるしかない。
「大丈夫なのか? 西には英聖アルスレッドが、北には武聖クロードが。南には海聖ザナクレスが、東には魔聖ゼルギスが、それぞれの軍を統率しているぞ」
「……困難は承知してます」
アウラはトントンと指を叩く。西にあの英聖アルスレッドが行ったのがでかい。あの巨大な軍勢に足りなかったのは頭だ。あの戦の天才が、どう采配を振るうのか。
無論、ジオラ=ワンダ伯も、歴史に名を残すほど強力な魔法使いだ。だが、近年は第一線から退きつつあるので、最年少のザオラル=ダート大将を就かせた。
……願わくばヘーゼン=ハイムをここに置きたかったところだが。
カエサル=ザリ伯とゾイド=ダグラス大将は同じくデリクテール皇子の派閥で旧知の仲だ。連携として噛み合わないことはないだろう。
「ヴォルト・ドネア大将は?」
「すでに来られ、去りました。『人選は任せる。玉座の間で待つ』だそうです」
「……あの御仁らしい」
デリクテール皇子が苦笑いを浮かべる。
「中将、少将級の編成は、すでに素案が」
アウラ秘書官が羊皮紙を手渡す。派閥など問わず、相性と実力を最大限に考慮して作成したつもりだ。もちろん、限られた時間の中ではあるが。
「……なるほど。ほぼ、イジるところがないな。皇太子は、素晴らしい秘書官をお持ちですな」
「ふん! 当たり前だ」
エヴィルダース皇太子が鼻を鳴らしながら答える。
「アウラ秘書官、本当にこれで良いのだな?」
「……はっ」
「わかった。ご苦労だった」
デリクテール皇子は、アウラ秘書官の肩を軽く叩いて労い、礼をしてその場を颯爽と去った。
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