反帝国連合
*
凱国ケルローの拠点ザハロ。その風を、最も早く感じ取ったのは、戦闘中の帝国少将マラサイだった。
狂剣のマラサイ。この異名は彼が単騎で一個師団を全滅させた時に名づけられた。戦場にしか興味のない生粋の軍人。生まれてから半世紀以上、最前線の戦地を駆け巡る帝国の宿将である。
ある戦場で、左目に矢が突き刺さった。すると、マラサイは眼球ごと矢を取り出して、それを喰らい、返す矢で射手を絶命させたという逸話すら持つ。
歴戦の猛将は、幾多の血飛沫を浴びながらも、歩を前へと進める。
「……」
だが、突如。
「砦へ引くぞ」
「な、何をおっしゃってるんですか? もう少しで重要拠点ザハルを落とせるのに」
副長のブラッドが、その異変に慌てる。
「おやおや、逃げるのかい?」
眼前で挑発するのは、凱国ケルローの副団長ダルシア=リゼル。長身で屈強な女戦士であり、双槍型の魔杖『
「ふん。戦風が吹いた。血なまぐさい、ワシ好みのものがの」
「フフ……老いたね。『狂剣のマラサイ』ともあろう御仁が、臆病風に吹かれただけじゃないか」
「気がつかないとでも、思ってるのか?」
眼帯の猛将は、ギロリと圧倒的な殺意を向ける。だが、ダルシアは平然とした様子で、ニヤけ顔を向ける。
「なんのことだか。逃げた腰抜けの声など聞こえないねぇ」
「……気が変わった。さっさと貴様を殺して、砦へ戻ることとする」
マラサイは自身の魔杖『
*
*
*
その暴風は、2日後ほど経過し、天空宮殿にまで吹き荒れる。エヴィルダース派閥の執務室に、顔面蒼白の伝令が駆けつけた。
「も、申し上げます! 凱国ケルローが30万の兵で戦地ライエルドを強襲中」
陣営に動揺が走る。その規模の戦は、年に一度起こるかどうかのものだ。
「ははははっ! バカめ、あの場所にはクソジジイがいる。そう簡単に破れるものか」
エヴィルダース皇太子が笑い叫ぶ。誰もが彼に同調する中、アウラ秘書官だけが熟考し、つぶやく。
「……ですが、おかしいですな。あの地域は、凱国ケルローの重要拠点ザハロにまで進軍していたはず」
「耄碌して歳なんじゃないか? なあ?」
その囃し立てに、陣営の面々がドッと笑う。
「……今の戦地ライエルドは補給も万全で、帝国がかなり優勢であったはず。いかに、30万の大軍と言えど懸念は薄い。だが、なぜーー」
アウラ秘書官がそう言いかけた時。新たな伝令がその声を遮った。
「さ、砂国ルバナの
「……このような時に。すぐに、四伯のいずれかを支援に向かわせなければ」
だが、その言葉すらも、伝令が入ってきて次々と遮って行く。
「も、申し上げます! 蒼国ハルバニア軍50万が我が帝国に向かって進軍中」「精国ドルアナ軍45万が帝国西部に進軍しております」「申し上げます! 食国レストラル軍60万が帝国西部に向かっております」「グランジャ祭国軍25万が北上して我が軍を襲っております」「ゼレシア商国軍35万がーー」「琉国ダーキア30万がーー」「ルクセルア渓国40万がーー」
「も、申しあげます! 武国ゼルガニアのランダル王が……100万の軍勢を引き連れ、我が軍に向かって進軍中!」
「「「「「「「……」」」」」」」」
陣営の全員が言葉を失った。
「なっ……そっ……がっ……あぐっ……どう言うことだーーーーーーーーーー!」
エヴィルダース皇太子が、取り乱し、伝令の胸ぐらを掴み叫ぶ。だが、伝令たちも取り乱しているようで、誰もが理解不能な表情を浮かべている。
「……反帝国連合」
一筋の汗をかいたアウラ秘書官が、なんとか声を絞り出す。
「な、なんだそれは?」
「かつて、クゼアニア国の王ビュバリオが、帝国の猛攻を抑えるためにイリス連合国を形成しました。今、まさしくそれが行われてます」
「バカな! これほどの規模の繋がりが容易にできるはずがない」
「……」
発起人は想像がつく。大軍師アルスレッド=ラルドー。ヤツならば、これほど大きな
「レイラク。すぐに、四伯を呼べ。総大将をミ・シルとして即討伐隊を出陣させる」
「は、はい!」
アウラ秘書官はすぐに、副官に指示をする。幸いにも四伯は今、天空宮殿内にいる。すぐに中央から人材を散らさなければ、帝国は領土の大半を失う。
時間がない。
「出陣させると言っても、どこへ向かわす気だ!」
エヴィルダース皇太子が、取り乱しながら叫ぶ。
「それは、これから考えます。グラッセ筆頭秘書官。すぐに、デリクテール皇子、ヴォルト・ドネア殿と謁見する準備を」
「……わかった」
「な、何を言ってる!? 敵対派閥と会するなどーー」
「そんなことを言っている場合ではなくなりました。すぐにでも、総力をもって動かなければ、帝国は領土の大半を失います」
滅亡の憂き目にまでは遭わないはずだ。帝国の人口は多く土地も広い。一方で、12大国は1つの国ではない。侵略の途中で、各国間の連携が機能不全に陥る可能性は高い。
だが……陥らなかったら。
「……」
考える時間が足りない。
時間が、1分1秒でも惜しい。
「シボレ第3秘書官。全ての領主に対して、可能かつ最大の兵力を準備するよう通知しろ」
「了解しました!」
アウラ秘書官が順次指示をする一方で、陣営の面々も、すぐさま、動く。
「お、おい! それは、ヘーゼン=ハイムもか!?」
「当然です」
キッパリと答える。いや、むしろ、この有事において、頼りになるのはあの男だろう。
だが、エヴィルダース皇太子はブンブンと首を振る。
「そ、それは認めない! あの男に功を取らせるのは危険だと言ったのは、そなたではないか!」
「今はそんなことを言っている暇はーー」
反論しようとした時、筆頭秘書官のグラッセが肩に手を置く。
「アウラ秘書官。今、ヘーゼン=ハイムは内戦で軍を動かせない状況だ。エヴィルダース皇太子の仰る通り、大して役には立たないのでは?」
「あの男は、1人でも数十万の大軍に勝ります。余力を温存して勝てるほど甘くはない」
「ですから。内戦を終わらせてから、向かわせるのです。この戦は長くなる。第2陣でも、十分に間に合うはずだ」
「グラッセ筆頭秘書官の言う通りだ! 現段階でヘーゼン=ハイムへの派遣要請は許さん」
エヴィルダース皇太子は頑として言い放つ。
「……っ」
アウラ秘書官は血が滴れるほど、強く拳を握った。
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