静けさ


           *


 その頃、カカオ郡の攻防戦は、一進一退の状況が続いていた。


「はぁ……はぁ……えい!」


 ヤンは息切れしながら、柄の細い魔杖をかざす。


「「「「「ぐあああああっ」」」」」


 風蒼麗燕ふうそうれいえん。風で模した燕が、数十羽舞い散り、敵の地方将官を次々と薙ぎ倒す。


「凄い凄い! あっという間に、使えるようになっちゃったね」


 隣にいるヴァージニアが、パチパチと称賛する。


「……ぜぇ……ぜぇ」


 む、難しいなぁ、とヤンは声が出ずに、ジェスチャーで音をあげる。火・氷・土と続き、次の風で4属性目だ。それでも、前の土属性を扱った時よりはスムーズにいったかもしれない。


「こ、こここここなーいでくださーい!」


 一方で、ロリー=タデスが、数百本もの蔓の蛇を放ち、敵の地方将官たちの身体をことごとく雁字搦めにする。


 彼女の持つ魔杖は、乱樹爬縛らんじゅはばく。最初は、数本で数メートルだったが、今では大量に3百メートル先へと届く。


 中でも。


「さてと。私も頑張らなきゃ……」

「ヴァ、ヴァ、ヴァージ。おおおお手柔らかにね」

「わかってる……はああああっ!」


 ヴァージニアは軽やかな足運びで華麗な斬撃を繰り出し、次々と敵の地方将官たちを落としていく。


 旋風ノ槍せんぷうのやり。自身と魔杖に風を纏わせ、高速の動きと斬撃を可能にする。


「くっ……調子に乗るな……炎蛇ノえんじゃのほこ


 強敵の指揮官が繰り出した魔杖が、ヴァージニアを捉えるが、もう片方の手に持つ盾型の魔杖をかざして防ぐ。


 竜鱗ノりゅうりんのたて。盾の部分に鋼鉄をも凌ぐほどの硬化と耐熱冷雷属性を付与し、自身の意志と関係なく防御を行う魔杖だ。


「りょ、両手持ち……ぐあっ!」


 間髪入れずに、指揮官の身体に風燕が突き刺さり、気絶した。


「ふぅ……ありがとう、ヤン!」

「……ぜぇ……ぜぇ」


 息をきらしながら、黒髪の少女は手をあげる。


「これで、今日も戦場を制したわね。他部隊の増援に行く?」

「……ぜぇ……ぜぇ……つ、疲れたぁ! ちょ、ちょっと休ませて!」


 ヤンはそう叫んで、身体を地面へと投げ出す。


 誰が見てもわかるように、特別クラスの生徒たちの成長は著しかった。最初は、ナメてかかっていた味方の地方将官たちも、彼らの実力を認めた。


 中でも、ヴァージニアは、すでに敵将を10人ほどは倒し、近いうち、8人いる指揮官の1人に抜擢させるのではないかと噂されている。


「ぜぇ……はぁ……はぁ……どうせ、また来るから。少し休んで次に備えましょう」

「確かに……局地戦では勝ってるけど、油断したら押し戻されちゃうから」


 幸運にも、特別クラスの生徒の死亡者は出ていない。しかし、まったく犠牲が出ていない訳ではない。魔法の使えない一般兵は数百人。地方将官などは数人死亡している。


 それでも、戦が始まってから1ヶ月が経過しているので、破格の少なさではあるのだが。


「で、で、で、でも。ちょちょちょっとマズイかもですね」


 ロリーが、お弁当のサンドイッチをモグモグと頬張りながら、心配そうな表情でつぶやく。


「まあ……ね。だんだん、戦力が疲弊しているのも感じるし。一方で、敵軍はどんどん投入されてくる」


 ヴァージニアも、不安そうにつぶやく。


「このままじゃ、いずれ戦線が崩壊して押し込まれる。それが、わかってないラスベル様ではないと思うのだけど。ねえ、ヤン?」

「……」

「ヤン……ヤン……聞いてる?」

「あっ、と。ごめんなさい、ボーッとしてた」


 なんでだろうと、自分でも思う。この膠着状態は、すでに1ヶ月以上続いている。それにも関わらず、あのヘーゼンとラスベルが、なんの手も施さずに放置している。


 敵も味方も激しく戦闘を繰り広げているが、死傷者は最小限に留まっている。敵はゼルクサン領のみならず、隣のラオス領のは兵まで動員して、彼らはまさしく疲れ知らずだ。


 こちらの練度が上がって行く一方で、敵兵の練度も確かに上がっている。まるで、壮絶な戦闘を行いながら……訓練でもしているかのように。


「……」


 ヤンの中で、とめどない不安が大きくなる。ヘーゼン=ハイムの考えを覗けば覗こうとするほど、大きな渦に飲み込まれていくようで。


「なんだろう……嫌な風が吹いてるような……」

「ん? どう言うこと?」

「……ううん、なんでもない」


 ヤンはニパーッと笑顔を浮かべてヴァージニアを見た。あのヘーゼンのことなど、考えたって仕方がない。今の自分の仕事は魔法の腕を磨くことだ。


『出してくれー! ワシも、戦場に、出してくれー』


 ろ、老害がうるさいさなぁ。


「ちょっと、黙ってもらえません? 今日は、あなたの出番はないです」


 ヤンは心の中に話しかける。これをやると、独り言を言ってるみたいになって、ちょっと恥ずかしい。


『バカ者! ワシの一級品の魔法を見た方が、最近の若者にはいいに決まってある!』

「……勉強のためにってことですか?」

『いや。格の違いを見せつけることで、若者がいくら努力しても到達できない絶望感を植えつけたいんじゃ、ワシ』

「老害過ぎる!」


 清々しいほどのクソジジイ。


 ヤンはガビーンとしながらも、年齢も100歳を越えて、幻影体ファントムとなった身では更生も不可能だろうなとあきらめる。


「それよりも、嫌な予感しません?」


 心の中のグライド将軍にヤンが尋ねる。


『カカカ! よくわかっておるな、若いのに。生意気にも、時勢の読み方がわかっていて気に入らないな、ワシ』

「どう言うことですか?」


 老害発言をガン無視して、ヤンが尋ねる。





























『血の匂いじゃ。まもなく、でかい戦が始まるぞ』

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