星読み


 数時間後、ヘーゼンは星読みの館へと入った。この場所は、天空宮殿で、公式的に『星読み』と接触ができる唯一の施設である。


 受付を終え、1時間ほど部屋で待つと、緑色のローブを着た若い淑女が現れた。


 浮世離れした雰囲気をまとい、その澄んだ瞳は、見つめればすべてが見透されそうな心地になる。


 星読みのグレース。イルナス皇子の家庭教師をしている女性である。


「お忙しい中、申し訳ありません。グレース様」


 ヘーゼンは、深々と頭を下げる。


「ああ、あなたでしたか」

「……私だと知らずに来たんですか?」

「申し訳ありません。今日は、頭がボーッとしていて、説明をあまり聞かずに来てしまいました」

「とんでもない。来ていただきありがとうございました」


 グレースが申し訳なさそうに謝る一方で、ヘーゼンは心の警戒度をもう一段階上げた。感覚的に、ここへ来ることを選んだとすれば、やはり、星読みの感知能力は凄まじい。


「しかし、あなたほどの方が、皇太子の家庭教師についていないと言うのが意外ですね」

「星読みは、その星に惹かれた者を指名します。確かに、4年前の『真鍮の儀』でイルナス皇子を選んだ時は、皆、驚かれてましたね」

「……なるほど」


 納得した。真鍮の儀は、5年に1度、次期皇帝である皇太子を選ぶ儀式だ。他の星読みが驚いたと言うことは、おそらく早い段階での指名権があったにも関わらず、彼女はイルナス皇子を指名したと言うことだ。


「前々回の真鍮の儀でも、私はイルナス皇子を指名しましたので、『情が移ったのではないか』とエヴィルダース皇太子に小言を言われたりもしましたね」

「……でしょうね」


 その点でも、エヴィルダース皇太子がイルナス皇子への恨みを抱えた一因だろう。恐らく、グレースは星読みの中でも抜きん出た存在で、彼女に選抜されることが、皇太子争いに1つ大きな要素ファクターなのだろう。


「イルナス皇子はお元気ですか?」


 ヘーゼンが尋ねる。


「ええ。相変わらず、お苦しい状況ではありますが、懸命に歯を食いしばっておいでです」

「……そうですか」


 相変わらずエヴィルダース皇太子の嫌がらせが続いているのだろう。ヘーゼンが『奴隷の奴隷制度』を提案したことで、死に至らしめるところまでは痛ぶらないだろうが、精神こころが壊れないか心配だ。


「大丈夫です。あの方の星が持つ煌めきは、少しも損なわれておりません」

「……安心しました」


 ヘーゼンはホッと胸をなでおろす。使。だが、あの逸材は育てれば化ける。それは、彼女の力の入れようからもわかる。


 グレースは、あえてヘーゼンにイルナス皇子を紹介したのだ。星読みという中立的な立場を踏み越え、大きなリスクを抱えるにもかかわらず。


 そんな中、グレースがボソッと口にする。


「最近ですが、不可思議な星が瞬き始めました」

「……」

「その星は、イルナス皇子に瞬く星と近く密接な関係にあります。時に、寄り添い、時にその傷を癒し……時に大きく、暖かく、星を照らす光となるでしょう」

「……ヤン=リンと言います」

「フフ……あなたがお持ちの星ですか。道理で」


 グレースは嬉しそうに笑うが、ヘーゼンは警戒心を緩めない。未だ、この天空宮殿に、ヤンが覚醒した情報は入っていないはずだ。


 とすれば、数百キロ先の、ヤンの魔力の覚醒までも感じ取ったことになる。そんなことは、ヘーゼンにも不可能だ。


「大切になさるとよろしいでしょう。あなたにとっても、イルナス皇子にとって、大事な星となります」

「……大切にしますよ。私流に」


 もっとも、それがグレースが言う『大切に』のニュアンスと一致してるとは限らないが。


「さて……雑談は、このくらいにして、何が知りたくて来られたのですか?」


 グレースが澄んだ瞳で尋ねる。


「風を待ってます」

「……わかりました。手を」


 ヘーゼンが迷わず手を差し出すと彼女はソッと手を重ねる。触れられた途端に、自分の何かが彼女の中に入っていくのを感じる。


 しばらく時間が経過した。


 やがて、グレースは澄んだ瞳で見つめながら答える。


「嵐が吹き荒れようとしてます。すべてを吹き飛ばすほどの強い風です」

「いつ頃かわかりますか?」

「フフッ。その風に乗ろうとされるのですね?」

「……」


 全ては見られていないはずだ。いや、たとえ、全てを見られていたとしても、辿り着けない細工をした。


 今は、まだ、悟られる訳にはいかない。


「もうまもなくですね」

「……そうですか」

「少し早かったですか?」

「ええ」


 欲を言うと、もう数ヶ月先だと思っていた。未だ、こちらの準備が整っていない。ここからの調整が難儀になるな、とヘーゼンは大きくため息をつく。


 だが、仕方がない。


「もう一つの風も、あなたの予想よりも早く吹くはずですよ」

「……それは、ありがたいですね」


 ヘーゼンは、グレースの瞳を見つめながら答える。やはり、星読みの力は自分よりも上を行く。


「お時間頂きありがとうございます」


 席を立ち、深々とお辞儀をする。


「次に会う時は、いつですかね?」

「……恐らくですが、次は、グレース様がイルナス皇子を連れて、私の元に会いに来るのではないかと」

「フフッ……では、私と同じ考えですね」


 グレースと笑顔を交わした後、ヘーゼンは颯爽と身を翻して部屋を出た。


 

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