提案


           *


 天空宮殿。煌びやかな邸宅内の訓練所で、蒼の全身鎧オールメイルを着た女性が剣を振るっていた。


 四伯ミ・シル。


 大陸で武神と謳われ、帝国最強と名高き魔法使いである。同様、彼女の側には屈強な男たちが研鑽に明け暮れている。彼らはいずれも、少将以上の実力猛者ばかりだ。


 そんな中。


「ミ・シル伯。使者が来ました」


 副官フェザが報告に来る。彼の爵位は大師ダオスー。かつて、敵国の大将軍級を1人屠ったことのある若い男だ。


「……そうか」


 ミ・シルが蒼の兜を脱ぐと、獅子のような金髪がたなびく。顔立ちは凛々しく、その細身の身体は鎧越しでもしなやかさを感じる。


「敵は?」

「武国ゼルガニアです」

「……『殺戮の王ランダル』か、わかった。では、すぐに玉座の間に向かおう」


 端的に答え、ミ・シルは颯爽と訓練所を後にした。


           *

           *

           *


 ドスケ=ベノイスは言葉を失った。今、アウラ秘書官は何を言った? いったい、何を口走った。


「あーの、今、なんとーお?」

「爵位だよ。『君たちの爵位を、ヘーゼン=ハイムより下げればいいのか?』と聞いた」

「……っ」


 幻聴では。


 幻聴ではなかった。


「そ、そんな訳ないじゃないですーか! なんだって、そんな理屈になるんですーか!?」

「帝国の緊急事態だ。ヘーゼン=ハイムは、反帝国連合戦におけるキーマンだ。一刻も早く参戦してもらう必要がある」

「そ、それは私たちーが、帝国の根幹を支える私たちーが! 帝国を守ってみせまーす!」

「……君たちが?」


 アウラ秘書官が聞く。


「えーえ。我々ーは! てっきり、そのお声を頂けるものだと思っていましーた!」


 ドスケは再び片膝をつけて礼をする。


「わかった。では、ここにいる副官のレイラクを倒せるならば、君の意見も聞こう」


 !?


「そ、そ、そ、そそそんーな! いきなり、そんーな」

「大層な魔杖も持っているようだし、ちょうどいい。外に出て戦ってみてくれ。ただし、本気の実力を知りたい。互いに遠慮はなしだ。互いに殺すつもりでやれ、レイラク」

「はい。もちろんです」

「はっ……ぎょ……ええっ……」


 ドスケの額から汗がブッシャアと出る。アウラ秘書官の懐刀のレイラク=シシュンは、武名響き渡る魔法使いだ。


 いや、勝てる訳ない。


「どうした? ヘーゼン=ハイムは、レイラクなど歯が立たないほどの相手だ。彼の代わりを務めると言うのなら、最低限の強さを示して貰わなければ」

「あっ……ええっ……きょ、今日は調子が悪くーて」

「……戦場で、そんな言葉が通用すると思ってるのか?」

「あひっ……で、でででーも! 本当に、なんか本当に腹ーが痛くなってきーて」


 ドスケはお腹を突き出してアピールする。


「……では、君たちがヘーゼン=ハイムに実力が劣ると言う前提で話をするが、いいか?」

「は、はーい。仕方がありませんーな。今日は、たまたま腹痛ーで」


 ドスケは納得しない表情を浮かべながらも頷く


「これは、仮定の話だ。君たちが提案に応じない場合は、私は君たちの爵位をヘーゼン=ハイムよりも下げるようエヴィルダース皇太子に伝える」


 !?


「そ、そんーな!」

「当然だろう? 帝国が危機に陥っている時に、自分たちの領土問題で揉めている者など、上級貴族足る価値はない。私はその問題を徹底的に追求する」


 アウラ秘書官は淡々と宣言する。


「あだっ……いへっ……しかし……それは、ヘーゼン=ハイムも同じでーは?」

「攻め込んでいるのは君たちだろう? したがって、君たちが攻撃をやめれば済む話だ」

「……んでーも!」

「今すぐにヘーゼン=ハイムと停戦の約定を結びさない。そうしなければ、君たちを下級貴族に落とす。その後の展開はわかるだろう?」

「あっ……んぐぅ」


 ドスケは涙目になりながら唸る。自分たちが下級貴族に落ちれば、法務省の訴えは必然的に棄却される。そして、以後、ヘーゼン=ハイムに逆らえば、下手をすれば処刑される。


 上級貴族と下級貴族の地位の違いは、天と地ほど違う。


 アウラ秘書官はエヴィルダース皇太子派閥のNo.2。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの側近だ。一方で、自分たちなどはエヴィルダース皇太子に近づくことすら叶わぬ地方将官。


 その上で、上級貴族という身分アイデンティティまで奪われては。


「ぜ、善処いたしまーす」

「善処?」


 瞬間、アウラ秘書官はドスケの髪を掴んで、鋭い瞳で睨む。


「ひっ……ぎぃぃ」

「すぐにやるんだ。自分の家を……いや、人生を懸ける気でやれ。さもなければ、この大戦後、まずは貴様らの全領土を接収し、他の貴族に分配する」

「はっ……ぐぁ……わ、わわわかりましーた」


 ドスケは顔面が蒼白になりながら、頷く。


「……そうか。なら、よかった」


 アウラ秘書官はニコッと笑みを浮かべて、その手を離す。


「断っておくが、君たちがヘーゼン=ハイムの指揮下で戦場に行くというのなら、それは尊重しよう。功績を上げてくれるのならば、爵位を1つ上げることを約束しよう」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。これも、縁だからな。協力してくれたことは忘れないし、私は約束は破らない」

「わ、わかりましーた!」


 ドスケは力強く頷く。


「さて、これで全員と話し終えたかな。私は提案を納得頂いたと判断するが、異論があれば、今、聞く。だが、後から言い始めた場合は、即刻、私を敵に回すと理解してくれ」


「「「「「「……」」」」」」


 誰も何も言わない。当然だ。アウラ秘書官は、実質的に反帝国連合戦の総指揮官であり、帝国でも指折りの権勢を誇る。そんな方に睨まれて生きていける上級貴族などいない。


「納得頂けたようでよかった。では、私は失礼する」


 端的な挨拶を済ませて、アウラ秘書官と副官のレイラクは足早に大広間を去った。


「……」

「……」

「「「「「「「……」」」」」」


          ・・・


 ひとしきり、呆然とした後。


「で、では停戦交渉しますか」「仕方ありませんな。アウラ秘書官に言われては」「まあ、私たちにも不満はありますが、そこは飲み込んで」「もちろんです。あのような上位に言われては、あきらめざるを得ないです」「まったく、いや、まったく……ははっ」


           *

           *

           *



























「停戦? しませんけど」

「……っ」

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