グライド将軍


「なんか出たー!」


 ヤンは、ガビーンとした。


「カカカカ! 呼ばれたから仕方ないの」


 突然、出てきたイリス連合国大将軍。敵軍も味方も、その場にいる全員が、呆気に取られた。もちろん、顔はほとんど知らないだろうが、まとう大将軍の雰囲気が圧倒的だ。


「い、いや。全然呼んでなくて、むしろ、出ていって欲しかったんですけど」


 ヤンの身体の中にあった異物感が、完全に取り除かれている。ほぼ間違いなく、自身の身体から出て行ったものだと思っていいだろう。


 であれば、苦情の1つでも言ってやりたくなる。


「そもそも、なんで私が魔法を使おうとするの邪魔してたんですか!?」

「退屈じゃったからの。まあ、最近の若いもんが苦労せずポンポンやるのが気に入らなくて、嫌がらせしてた」

「老害過ぎる!」


 ガビーンと、黒髪の少女は瞳をガン開きにした。


「だが、願ったり叶ったりじゃな。こうして、また戦場の空気を吸えるのじゃから」


 そう言って。


 グライド将軍の幻影体は、火炎槍かえんそうを手に取って。


 いきなり、超巨大な炎を敵に向かって放つ。


「……っ」


 その炎の塊が、あまりも圧倒的だった。


 敵軍の一帯が丸ごと。いや、味方の軍も巻き込むほどに。


 ……あっ、これ。数千人死ぬ。


「はっ……はわわわわわっ! ダメ! ダメー!」


 ヤンが必死に念じると、放たれた大きな炎がグイーンと方向転換して空へと向かう。


「通じ……た」


 グライド将軍の放った魔法に自分の意図を加えられた。やはり、ヤンとの間に繋がりがあるようだ。


 だが、そんなことより。


「い、いきなり何するんですか!? あんな異次元な炎ぶっ放して!」

「若者の芽を潰すのが生き甲斐じゃから、ワシ」

「老害過ぎる!」


 なんたるクソジジイ。知らなかった。まさか、陽気なクズキャラだったとは。前の戦闘でも、頑固そうな老人の印象も受けていたが。


「……」


 いや、恐らくだが。


 このグライドは、グライドであってグライドでないということだろう。目の前の幻影体が、螺旋ノ理らせんのことわりにこびりついた残留思念だとすれば、このように捻じ曲がった性格であっても不思議ではない。


「と、とにかく。助けてくれるのはいいんですけど、もう少し手加減して使ってくださいよ」

「ええっ……細かい操作は苦手じゃなあ」


 ブツブツと、そうつぶやきながら。


 グライドは氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを、もう片方の手で持ち、この戦場の四方に超巨大な氷壁を発生させた。


「「「「「……っ」」」」」


 そのあまりのスケールに、敵も味方も全員が唖然とする。


「……っ」


 ヤンも、ガビーン。


 全然、言うこと聞かない。


「カカカ! 1人も逃す気はない。相手してやるから、全員掛かってこい」

「『全員掛かってこい』じゃないんですよ! 『もう少し手加減してくれ』って言ったじゃないですか!?」

「せっかくの敵じゃ、逃げられてもつまらんじゃろ。絶望の淵に立たされて、必死に抵抗する若者を蹂躙するのが好きなんじゃ、ワシ」

「老害過ぎる!」


 なんたるクソジジイ。ひたすら会話が成立しない。全然話も聞かないし、自分の好きな話だけをひたすらにしてくる鬼畜老害スタイル。


「なんだ……なんだこれは……なんだこれはーーーーーーー!」

「……」


 敵将のダグリルが愕然としながら叫ぶ。ヤンは半ば同情した。さっきまでの攻勢が、一気に、嘘のように逆転したのだ。


「カカカ! いい声で鳴くのお」


 グライドは返す刀で氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを振るうと、数千の氷の刃が敵将ダグリルに向かって襲いかかる。


 いや、ヤバい。絶対に死ぬ(当然の如く周囲の味方も)。


「だ、駄目だって言ってるじゃ……ないです……か」


 ヤンは先ほどの要領で、発生した氷に自身のイメージを付け加える。すると、氷の刃が形状を変えて、細くなり、木の枝の形になり敵将ダグリルを雁字搦めにする。


「はぁ……はぁ……で、できた」

「器用なヤツじゃの。才能のある若手、嫌いじゃな、ワシ」


 狂った老害を無視して、自身の感覚を研ぎ澄ませる。ああ、なるほど。こう言うことかと。


 ヤンはニッコリと笑みを浮かべる。


「ムッ……なんか、身体が動かなくなった」

「フフフ。だんだん、わかって来ました。


 恐らく、これが螺旋ノ理らせんのことわりの効果だ。無尽蔵の魔力の蓄積に加えて、その能力を使用者の『願い』に変換する能力。


 そうして出て来たのが、グライド将軍の幻影体だとすれば、同じく魔力操作で操ることもできる。


 ヤンは、更に魔力を込めてグライド将軍を操作し、火炎槍を上空に放たせる。


 そして、それは上空で霧散し、数千の炎の矢として敵軍に襲いかかる。


 阿鼻叫喚。


 敵軍は散り散りに乱れて、大混乱に陥る。死なないが、当たれば火傷が必至の炎だ。


 更にグライド将軍を操り、氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを振るわせる。すると、地面から無数の氷の細い柱が発生して敵が身動きが取れなくなる。


 殺さずに、8割方、捕縛した。


「ぜぇ……ぜぇ……ど、どお」


 ヤンはそうつぶやきながら、片膝をつく。明らかに身体が重い。まるで、力が入らない。


「カカカ! 細かい操作は魔力をごっそり持ってかれるぞ。面倒だからやらないもん、ワシ」

「な、なるほど」


 老害のアドバイスを軽くいなし、それどころじゃないヤンは、地面に両膝をつく。頭がクラクラする。


 グライド将軍は、やはり、怪物だ。


 こんな異次元級の魔法を、あの時は数百を超える回数ぶっ放していた。恐らく螺旋ノらせんのことわりから魔力を引っ張り出して来たんだろうが、ヤンにはそのやり方がサッパリわからない。


「……」


 聞いたところで、答えてくれないんだろうな、この老害はと、ヤンは自己完結する。ただ、敵軍はすでに戦意が喪失しているので(なんなら味方の軍も喪失しているが)、もはや形勢は逆転した。


 ヤンは薄れゆく意識の中で。



























 南東の軍の勝利を確信した。

 

 

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