カカオ郡攻防戦(3)
*
南東のザネイル荒野は、激戦に見舞われていた。指揮官である地方将官のガルゾは、よく戦っている。他の地方将官たちも、特別クラスの生徒たちも慣れないながら奮戦している。
そんな中。
「うーん……うーん……」
ただ、ヤンだけが1人、唸り声を上げていた。引いている台車には
完全なる迷い子。
まるで、戦場に1人、迷子になった少女である。
後方でウロウロと台車を引きながら、たまに、「うーん……うーん……」と唸りながら歩き回る、半ば変質者なヤンであった。
だが。
数時間ほど経過した頃、敵軍の攻勢が更に強くなる。見るからに、敵軍のレベルが高くなった。
「くっ……なめんじゃねぇええええええ!」
ガルゾが次々と現れる敵を薙ぎ倒しながら叫ぶ。そこに、1人の地方将官が立ちはだかる。その男も同様、筋肉隆々の戦士だった。
「ダグリルだ」
「……っ」
強者の雰囲気を感じ取ったガルゾは、即座に
だが。
「
ダグリルは、一閃で、それを真っ二つにした。
「くっ……」
ガルゾと同じく、斬撃型の魔杖だ。相性が噛み合いすぎている。すぐさま、一対一の激闘が始まった。
間髪入れず、敵の地方将官たちがガルゾの周囲を囲い込む。彼らもまた、精悍な顔つきをしており、強者の雰囲気をまとう。
「……まずい」
ヤンが劣勢を感じ取った。
この軍が狙われている。
指揮官のガルゾが囲まれ猛攻を喰らっている。何人かの味方が救援に向かおうとしたが、周囲にいる敵が阻む。
ラスベルも救援を準備しているだろうが、敵軍の後詰めが思ったよりも強い。このままでは、間に合わない可能性もある。
「うーん……うーん……」
ヤンは
このままだと、ガルゾが殺される。
戦に死者はつきものだ。割り切ってはいる。だが、自分のせいで死ぬことには慣れてない。自分の実力が不足していて死ぬことに、慣れていないのだ。
「うーん……うーん……」
それでも。
ヤンには、これしかできない。できることに賭けることしか、できない。数十万回試行した身体の感覚を高速に走らせる。一心不乱に、無我夢中で。
それでも、出ない。
なんで。
ジワっと目に水滴が溜まる。
「ぐおおおおおおおおおおっ!」
ガルゾが劣勢に晒されている。強敵のダグリルだけじゃない。他の敵が持つ魔杖の攻撃で、頑丈が取り柄の鋼鉄の身体が削られていく。
自分のせいで。
自分の無力のせいで。
「うーん……うーん……うーん……」
出て。頼むから、出て。
『違うと言っとる。こうじゃ、こう』
うるさい。そのやり方は、私には合わないんだって。そんなことよりも、早く、早く、魔法を使えるようにならなきゃ。
じゃなきゃ、ガルゾさんが死んじゃう。
『それは、ヌシがワシのようにやらないからじゃ』
そんなこと言ったって、私が真似してもできないんだから。何度も言ってますよね。何もしてくれないんだったら、黙っててください。今、あなたに構ってる暇、ないんです。
構ってる暇、ないんです。
情けなくて、ヤンの目から涙が出てきた。なんで、できないの。なんで、邪魔するの。もうちょっと……もうちょっとなのに。
感覚はきている。もう、すぐそこまで。でも、いざ直前になった時に、どうしても引っ張られる。
『本当に下手。下手じゃな。こう、こうだって言っとるじゃろ』
ああ、本当にうるさい。ヤンはだんだんイライラしてきた。じゃ、手本を見せてみてくださいよ。早くしないと、みんな、やられちゃう。私のせいで、みんなが死ぬ。
みんな、死んじゃう。
『戦場に死はつきものじゃ』
うるさい。頼むから邪魔しないでください。あなたが、そこにいるから。だから、魔法が使えないんだ。
あなたが、離れてくれれば。
『違う……そうじゃない……違う……違う……」
うるさいうるさいうるさい。目の前を見て。そんな言葉に付き合ってる暇ないの。あなたの御託に付き合ってる時間がない。このままじゃ、ガルゾさんが死んじゃう。特別クラスのみんなが死んじゃう。
うるさい。
うるさいうるさい。
うるさいうるさいうるさい。
『違うんじゃ……違う違う違う……」
「もーーーーーーーーーーー! うるさーーーーーーーーーーーーーーい! 私から離れてーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ヤンが思いきり。
心の底から。
大声で叫んだ時。
グライド将軍の幻影体が、現れた。
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