カカオ郡攻防戦(2)


           *


 カカオ郡ラズナス湿原。老将マドン率いる主力部隊は、攻撃している各軍から少し離れた位置で待機していた。


 そんな中、弟子のセミスが急足で駆け寄る。


「北の部隊の第1陣が壊滅しました」

「ふっ……流石は『戦場の隼』だな。すぐに第2陣を送り、救援を阻止しろ」


 マドンは、感心しながらも間髪入れず指示を出す。


「驚きました。魔杖を使わずに、壊滅とは」

「かつては、単騎で猛攻をかける凶剣であったがな。どうやら教師生活を経て、鞘を携えたようだな」


 戦場では、あのヴォルト・ドネアですら手に余ると言われていた。もう少し奥まで斬り込んでくるかと思っていたが、上手く軍を操っている。


「彼女の戦い方は非常にお手本になる。更に魔杖を使っているところを見れば、その多彩な戦技に驚くだろうな」


 バレリアの使用する魔杖『駿獣蓮刀しゅんじゅうれんとう』は、十以上の型が存在すると言う。戦技は、武人よりの魔法使いがよく使うが、彼女のそれは美しく無駄がない。


「……落ち着いていると言うことは、予想通りだと言うことですか?」

「いや。予想以上だ」


 キッパリとマドンが答え、セミスは困ったような表情を浮かべる。


すーは、本当によくわかりませんね。そんな時ほど顔が綻ぶ」

「強い敵と出会った時に、敬意と高揚を覚えるのは軍人の性質さがだ」


 特に、自らを極限まで鍛え、高めようとする優秀な軍人ならなおさらだ。


「はぁ……そのせいで、窮地に陥ってるんですが」

「わかっている。だが、ヘーゼン=ハイムの戦い方もわかってきた。彼らは足枷をしながら戦っている」

「どういうことですか?」

「目的だよ。ゼルクサン領自体の戦力がなるべく削られぬように、可能な限り生け取りにする気だ」

「まさか。これほど、劣勢であってもですか?」

「おかしくはない。だが、傲岸不遜極まりないな」


 マドンはその若さに笑みを浮かべる。それは、決して侮りのそれではない。これほどの深く巨大な野望を持った新芽が現れたことへの喜びだった。


「だが、私程度に潰されるようでは所詮はその程度の器であったということ。存分に試させてもらう。他部隊の動向は?」

「南の部隊が手薄です」

「……次に手薄なのは?」

「北西ですかね。次は、南東の部隊でしょうか」

「なるほど……」


 マドンは、地図を広げて指を指す。


「では、南東の部隊だな。ここを集中的に落とそう」

「1番手薄な南の部隊を襲うんじゃないんですか?」


 セミスが尋ねる。


「確かに、それは定石だな。だが、ラスベルをヘーゼン=ハイム並みと考えた場合、そこには罠を仕掛けている可能性が高い」

「……敢えて隙を見せていると?」

「十分にあり得ることだ。そして、同様の理由で、2番目も避けた方がよい。その裏もキッチリと読まれている可能性があるからな。とすれば、3番目か4番目がベターだ」

「4番目でない理由は?」

「勘だ。ここまで思考を巡らせれば、どこかでは選択しなくてはならない」


 キッパリとそう言い放ち、マドンは地方将官のダグリルに声をかける。


「南東の部隊の横槍を突けるか?」

「容易いことだ」


 ダグリルは地位こそ低いが、本来なら中佐クラスの実力を持っている。マドンは続けて、次々と地方将官の名前を呼んでいく。


「ジダリオ殿、レクサドール殿、マダイナ殿。囲って殺せるか?」

「「「はっ……」」」


 返事をした彼らは、すぐさま戦場へと向かう。彼らは、魔杖の性質で選んだ。こちらの人材は粒揃いで種類が豊富だ。1人が主攻となり、他の者たちが補完すれば、大佐級の猛者とも渡り合えるはずだ。


 ここで、1人の将を削っておくことは非常に大きい。あちらは、人的資本が限られている。一方で、こちらは数十倍ほどの人数がいる。


 そんな中。


 伝令が息をきらして駆け寄ってくる。


「なんだ?」

「ど、ドスケ=ベノイス様がお越しになりました」

「何?」

「マドーン? どこーだ?」


 粘つくような声に振り向くと、ドスケの他に数名の上級貴族たちが意気揚々と乗り込んできた。


「……何をしに来られました?」

「陣中見舞いだーよ」

「……」


 煌びやかに彩られた軍服は恐らくオーダーメイドだろう。汚れ1つない彼らの装いを見て、呆れ顔になるのを必死に抑える。


「ここは、戦場ですぞ。いつ、何が起こるかもわかりません。すぐに、城にお戻りを」

「そこを守るのーが、君のお・シ・ゴ・トじゃないのーお?」


 ドスケが、マドンの額をツンツンとすると、周囲からドッと笑い声が響く。


「……もし、敵がここに奇襲を行えば、守りきれぬ可能性があります」

「君はバーカーか? ここから、戦場まで、どれだけの距離が離れていると思っていーる?」

「魔法使いに、この程度の距離は関係ありません。すぐさま、自城にお帰りください」

「はーあー。なんだー、退屈なことーで。私たちはやることがないんだってーさ」


 ドスケは肩をすくめ、周囲にそうつぶやく。


「生意気な奴らですな。地方将官の分際で」「我々が戦えないとでも思ってるのですかな」「勘違いも甚だしいですな」「せっかく、わざわざ出向いてやっているのに」


 上級貴族の面々は、口々にそうつぶやく。


「まあ、まあ。私が彼を指揮官に任命したのですかーら。ここは、穏便に済ませましょうーよ」


 ドスケがそう言うと、上級貴族たちは全員が頷く。


「仕方ないですな。本当にドスケ殿は慈悲深い」「私ならば、即刻で首を切っておりますが、本当にお優しい」「しかし、下級貴族につけあがらせてはいけませんな。おい、ドスケ殿の慈悲を決して忘れるなよ」


「……」


 マドンは黙ったまま聞いている。


「まあ、君たちの脆弱な攻めを見ていたーが、見るも無惨ーだ。我々直参の精兵も、1万ほど用意しーた。ありがたーく、使ってくーれ」

「……ありがとうございます」

「でーは。やることも終わったーし。皆様、お茶でもしに行きますーか?」


 そう言い残して、ドスケたちはワイワイと去って行った。

 

「まるで、物見遊山にでも来たみたいですね」


 セミスが呆れながら口にする。


「要するに、暇なんだろう。困ったものだ。とにかく、1万の精鋭様は丁重にもてなし、待機させてくれ」


 下手に減らすと、後で返せだなんだと言われるのがオチだ。


「……あんな奴らのために戦うのって、アホらしくないですか?」

「彼らのため? まさか」


 マドンは鼻で笑う。


「だって、そうなってしまっているじゃないですか」

「結果的にそうであっても、私の気持ちはそうじゃない」

「どう言うことですか?」

「……若者にはわからんよ」


 老将は白い髭を撫でながら、再び地図を眺め始めた。

 

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