カカオ郡防衛戦(1)


           *


「……来た」


 バレリアが戦の匂いを感じ取る。ジラスト平原はカカオ郡北の要所だ。ここを取られると戦線が崩壊するので、ラスベルは彼女をここに据えた。


 微かだが、蹄音と兵たちの声が聞こえる。


「報告します。老将マドン=ゲトラによる、カカオ郡への侵攻が開始されました」


 数十秒後、報告しに来たのは、地方将官のシノオカ=カブギ。彼もまた、ヤンの推薦で見出した人材だ。魔法使いとして有能で、分析能力も秀でているので副官に置いた。


「打って出る」


 赤髪の美女は、すぐさま馬に飛び乗り先頭を走る。それに呼応し、部下たちがついてくる。戦列に若干の綻びがある。


 訓練の時間が足りなかった。地方将官との連携も心許ない。だが、本番が最もより練度を洗練させることを、彼女は熟知していた。


「……懐かしいな。また、戦場ここに戻ってくるとは思っていなかった」

「『戦場の隼』を間近で見ることができ光栄です」

「ふふっ。そんな悠長なことを言っていると、足元を掬われるぞ」


 バレリアは、おどけて笑みを浮かべ、手を挙げる。向こうが約8千ほどに対し、こちらは3千。数では不利だ。だが、そうした劣勢も慣れている。


「これより、防衛戦を開始する」


 バレリアはそう宣言し、更に早く馬を走らせる。


「バカが! 大将自らっ」


 敵軍の地方将官だろうか。魔杖で炎を放ってくる。バレリアは、それを、手綱の操作だけで悠々と躱し、更に前に進む。


「くっ……」

「遅いな。30点」


 バレリアは右手の剣で、敵の魔杖を叩き落とし、すかさず胴に斬撃を喰らわせる。敵は即座に落馬し、気絶した。


 間髪入れず、両側面から敵が襲いかかって来る。各々、剣と斧のような形の魔杖を振り下ろすが、バレリアは馬の速度を急減速して躱す。


「……っ」

「なるほど。斬撃型かな……50点」


 すでに、両翼の敵は落馬していた。何が起きたかもわからないほどの高速抜刀。


「す、凄いですね。魔杖の効果ですか?」


 追随してくる副官のシノオカが尋ねる。


「いや、魔剣だよ」


 バレリアは、こともなげに答える。並みの地方将官程度ならば、これで十分に対処できる。彼女が幾多の戦場で培ってきた経験則だ。


「……」


 後方を見渡すと、やはり、ついてこれてない。バレリアとシノオカだけが、先頭を走っているような状態だ。一方で、敵は八方から襲いかかってくる。


 だが。


「「「「……っ」」」」


 当たらない。


 間隙なく繰り出される魔法弾も、絶え間なく降り注ぐ弓も、繰り出される斬撃も、ことごとくバレリアは躱す。


 それだけではない。近づく相手の斬撃に合わせ、次々と反撃を見舞う。敵は、ことごとく落馬する。それは、あまりに洗練されていて、容易そうに見える。


「シノオカ殿は北に抜けて、2千騎で左翼を攻めろ。私は残りで右翼を叩く。中央で合流だ」

「は、はい!」


 同じく敵に対峙しているシノオカから離れ、バレリアは手綱を右に寄せる。その合図で、千騎が追随し、ついてくる。


「……よし。初戦であがってはいないようだな」


 バレリアはひたすらに練兵を行っていた。初戦は死傷者が多くなる。それを防ぐためには、ある程度の慣れが必要だ。


 更に敵軍の陣内を進むと、敵軍の中尉格が見えてきた。


「ちょ、調子に乗るな!」

「よく引きつけた方だが……60点」

「……っ……がっ……」


 眼前に発生した土の壁を、双剣で瞬時にバラバラにする。そのまま、敵の中尉格の前に立ち首筋に斬撃を喰らわせる。


 敵の中尉格は、落馬して気絶した。


 バレリアが手を上げて、崩壊した敵の戦線に味方の兵を突っ込ませる。一方で、彼女は戦場を俯瞰的に観察し、フッと笑みを浮かべた。


「なるほど。ここは、囮か。さすがはマドン殿だ。老獪なこと、この上ないな」


 明らかに第一陣の大尉格が少ない。恐らく、この戦場は膠着状態に持っていき、他の方位から攻め込むつもりだろう。


「……この分だと、ガルゾ殿、シャゼル殿当たりは厳しいかもしれないな」


 魔法が襲いかかり、弓が放たれ、敵たちが次々と襲いかかってくる中で、バレリアは思考を開始する。このまま、北を壊滅させるか、彼らの救援に向かうか。


「……いや、攻めよう」


 そうつぶやくと同時に双剣を八つ振るう。その自然体な斬撃を、敵はあまりにも簡単に喰らっていく。バレリアは、馬を翻して後方に配備している特別クラスの生徒たちの方へ移動する。


「大丈夫か?」

「は、はい!」

「……そうか」


 やはり、ガチガチに固まっている。無理もない。初の戦は、誰でも身体がすくみ、手足が震える。


 ガルゾには、ヤンが。そして、シャゼルにはヴァージニア、ロリーがついている。彼女たちは優秀だが、戦場慣れしていない。


 他の戦線も心配だが、そこはラスベルの手並みを拝見といったところか。


「最初はこんなものだ。むしろ、初めから緊張しないような者がいれば、私はその者こそ軽蔑する」

「は、はい」


 バレリアの言葉に、生徒たちの緊張が幾分か取れたようだ。


「無理して前に出るな。魔杖で後方から攻められる時に攻めなさい。戦果は求めてない。君たちの今日の仕事は、生き残ることだ」

「は、はい!」


 力強く頷く彼らに笑顔で答えながら、バレリアは中央に向かい、シノオカと合流する。


「ご苦労」

「はぁ……はぁ……やはり、とんでもないですね、あなたは」

「我々は運がいい。この戦場には、強敵がいない」


 バレリアは余裕の笑みを浮かべつぶやく。


「今日、北の第一陣を、全滅させる」

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