天井


           *


 ケッノ=アヌは、天空宮殿の総務省に到着した。時刻は朝6時。部屋を開けると、次官補佐官のジナイ=ガデルが出迎えていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 ケッノは、机を指でサッとなぞり、埃がないことを確認した。


「うん。今日もいい朝だいやむしろいい朝だ」

「そうですね」

「長官の机と周辺の掃除も終わっているか?」

「はい」


 ケッノは、一通り周囲を見渡して頷く。


「うん。しっかりやられているようだいやむしろ申し分ない」

「ありがとうございます」

「では、君はもういなくていい」

「……りょ、了解しました」


 ジナイは、お辞儀をして颯爽と部屋を去った。部下の教育と管理が完璧過ぎて、我ながら恐ろしい。ケッノは残りの時間、ティーを楽しみながら昨日の夜の出来事を振り返る。


「……ふぁ……ふあああっ」


 頬を突き出しながら、昇天するような表情を浮かべる中、やがて、長官のラゴラス=ビルガが入ってきた。


「おはようございます」


 ケッノは慌てて駆け寄り挨拶をする。


「おはよう。今日も早いな」

「いえ。とんでもございません。部下が上官よりも早く来るのは、常識中の常識いやむしろ自然の摂理ですから」

「……なるほど。それが君の考え方なのだな」

「はい!」


 ケッノは、清々しく返事をする。こういう1つ1つの上官への気遣いが、他の者には中々できない。いやむしろ、こう言った毎日の積み重ねが大事なのだ。


 今日も、大方の仕事を終えた気分だ。


 なんだか、今日はいい日になりそうな気がすーー


「おはようございます」


 !?


「はっ……ぐっ……」


 そこに現れたのは見慣れた、いやむしろ、脳裏の底にまで刻まれている顔だった。


「この度、総務省上級内政官を拝命しましたヘーゼン=ハイムです。よろしくお願いします」

「よろしく。私は、長官のダゴラス=ビルガだ。ケッノ次官とは面識があるようだな」

「はい、ケッノ次官。また、お世話になります」

「……っ」


 ニッコリと。


 黒髪の青年は、悪魔のような微笑みを浮かべる。


「この仕事は決して派手ではない。地味な仕事だが、帝国を支える重要な仕事だ。しっかりと頼むよ」 

「はい」


 ヘーゼンは返事をして、颯爽と部屋を去る。ケッノは、顎が外れそうなほど驚き、急いでダゴラス長官の元へと駆け寄る。


「な、な、なななななんであの男がこの部署にいやむしろなんでこの部署に来たんですか?」

「まあ、色々な。わかるだろ?」

「……」


 てっきり、地方に左遷されると思っていたが、よりにもよって、この部署とは。すでに、証拠類は処分されているとは言っても、とにかく、もうあの男とは関わりたくない。


 今後は次官補佐官のジナイにやらせて、全ての接触を避けようと心に誓った。


「……はああああああああっ!」


 !?


「ど、どうした!? ケッノ次官」

「あっ……も、申し訳ないです。なんでも、ありませんいやむしろなんでもありません」

「体調が悪いのならば、今日はもういいぞ?」

「い、いえ……大丈夫ですいやむしろ大丈夫です」


 今、湧き起こってくるストレスが、とんでもなかった。なんだこのとんでもない負荷は。ケッノは息切れをしつつ、『今日は必ず、あの店に行こう』と固く誓った。


 一方で。


 問題なく挨拶を終え、部屋から出てきたヘーゼン(2号)の様子を確認し、私設秘書官のシオンは安堵のため息をつく。


「どうやらバレませんでしたね」

「シオン様。無駄口を叩かないようにお願いします。ご主人様は見ておられます」

「い、いや。流石に気配も感じないし」

「見てます。常に、365日。毎時間毎分毎秒、八面……いや、16面から見てます」

「……っ」


 恐ろしいほどの洗脳教育。まるで、それが当たり前であるかのように、2号は淡々と答える。


 部屋の中に入ると、そこには十数名の中級内政官が座っていた。


「上級内政官のヘーゼン=ハイムです。よろしく」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」


 全員が一応、立ち上がって会釈をするが、座って黙々と机に向かう。


「……」


 なるほど。ここが帝国将官の墓場か、とシオンは納得した。総務省は、主に地方将官の管理、天空宮殿内の備品管理などを行うが、この室にはほとんど仕事が割り当てられていない。


 例え割り当てられても、主に雑用類の誰にでもできるが、時間だけが浪費するようなものばかりだ。


 シオンは、働いている帝国将官たちの仕事の一通り見て回ったが、自領運営関連の仕事か、ボーッとしているか、何か内職をしているかの3パターンだ。


 誰もヘーゼンの挙動に注目していない。


 奥にある上級内政官の部屋に入り、やっと2人になった。やはり、緊張していたのだろうか。シオンはドッと疲れを感じて、椅子にへたり込む。


「ふぅ……これなら、心配なさそうですね」

「はい」

「……」


 ヘーゼン(2号)は、机に座って淡々と仕事をこなしていく。どこから、どう見てもヘーゼン=ハイムだ。容姿も体型も仕草も息遣いまで、全てがそっくりだ。


 あの、ほとばしる狂気以外は。

 

「2号さんも、少しはくつろいでください。私たちの任務は彼らにバレないことなんですから、息抜きも大事です」

「しっ。ヘーゼン様が見てます」

「いや、いませんって。さっき、馬車で別れたじゃないですか。って、何を見ているーー」




























 上からヘーゼン=ハイム!?

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