ヘーゼン=ハイム


           *


 遡ること、3年前。


「君は、今日からヘーゼン=ハイムだ」

「……は?」


 手術台で目が覚めた、サルゴン=ラドゥは、第一声でその言葉を聞いた。意識だけは妙にクリアだが、手足はガッチリと固定され、口以外はピクリとも動かない。


「いや、運がよかった。君みたいな条件のよいクズはなかなかいないからね」


 ニッコリ。


 黒髪の青年は、満面の笑みを浮かべる。


「はっ……ぐっ……なんでぇ……なんでぇ!?」


 サルゴンは何度も何度も問いかける。


 つい、先ほどまで、彼は幸福の絶頂にいた。育ての親であった奴隷ギルドの長老マスターを殺害し、トップにまで登りつめた。


 強盗、殺人、魔薬の密売。奴隷売買。生きるためにやれることは全てやってきた。たが、こうした下働きも、もう終わりだ。


 そうだ。


 勝利の美酒に酔いしれながら、女をはべらせ、ソファに寝転んでいたはずだ。なのに、なぜ、こんな事にーー


「同じ年頃で、そこそこ魔力があり、魔杖が使用できる。死刑になるほどの罪を犯した。髪質も体格も容姿も皮膚、瞳の色彩も似ている。いや、重ね重ね言うが、本当に運がいい」

「はぐっ……くっ……まれっ」


 いや、最悪。


 控えめに言って、最悪中の最悪。


 そんなサルゴンの思考など構いもしないで、黒髪の青年は淡々と説明を始める。


「では、手術を始める。顔はコンマミリ単位、身長はミリ単位、皮膚、瞳の微妙な色彩も画家が見てもわからないようにする」

「がっ……ぐっ……」

「体臭などもコントロールするため臓器系もイジるので結構時間がかかるが、まあ、若いのでイケるだろ。死ぬほどは痛いだろうが、死にはしない」

「へっ……ずまぁ……」

「他、心配ごとはあるかい?」

「……っ」


 あり過ぎて、逆に、何も言えない。


         ・・・


 その瞬間から、サルゴンはヘーゼン=ハイムとして生きることとなった。ひたすら帝国将官としての教養、座学を叩き込まれ、口調や仕草、マナーなども完璧に仕込まれた。


 体質も改造されたのか、極度のショートスリーパーだ。発狂するほどの勉強量に追われる毎日。サボれば、地獄を越えるような拷問。


 そして……やらなければられるという恐怖。


           *

           *

           *


 クラド地区のノヴァダイン城。ヘーゼンは、眼鏡秀才少女のシオンとともに、地下牢の螺旋階段を降りた。


「やあ、バライロ」

「へ、へへへへーゼン様!? おおおおおお久しぶりです!」


 巨漢の男は全力で、お辞儀をして、ファサっとヅラを地面に落とす。ヘーゼンはそれを拾い、まるで帽子掛けにかけるように、バライロのテカテカ頭に戻す。


「調子はどうかな?」

「ぐ、ぐぐぐぐ紅蓮ぐれん500本、まままままま魔矢3千本の蓄充ががががが完了しました」

「よろしい。上々の仕上がりだね」

「……こんな地下施設があったなんて」


 シオンがボソッと口にする。

 

「魔力部屋だよ。魔法使いたちは、大体ここに収容する。開発した魔力蓄積装置に魔力を込めて、量産型魔杖と魔矢を製作している」

「……」


 少女はゴクンと生唾を飲む。奥に進んで行くと、色々な管に繋がれている人々がいた。目隠しをされて、涎を垂らしながら、椅子に座ってブルブルと震えている。


 ヘーゼンはひと通り彼らの様子を確認して、羊皮紙を眺める。


「ふむ……魔力量の生産が落ちているな」


 その声を聞いた時、1人の老人が反応する。


「……へ、ヘーゼン=ハイム? か?」


 だが、そんな言葉は当然無視で、淡々と情報交換を行う。


「バライロ。食事はキチンと与えているか?」

「はははははい! ばばばばばば罰を与えてくくくくだだださいますか?」


 身体をウィンウィンしながら、カツラがファサファサと右往左往する。


「いや、与えない……そうか、なら魔草の配分を変えてみるか」

「あ、あああありがとうございます。罰を与えないでくださりありがとうございます。次は、罰を与えてくださささささささっ」

「ヘーゼン=ハイムゥ! 貴様貴様貴様! 絶対に許さない! 許さないぞ! 私を誰だと思っている! 私はバリゾ=ウゴン! 帝国の少将だぞ! 絶対に許さない! 絶対に絶対に絶対にーーーー!」


 老人が発狂せんばかりに声を荒げる。だが、ヘーゼンもバライロも、その存在がなかったかのように話を続ける。


「では、この配分で。5番はまだ活きがいいようだな。魔力量は多いので、この調子で1秒でも長く生きていてもらいたいものだ」

「ああああああありががががががっ……うごごごごごごごごっ」


 ヘーゼンはバライロに修正した羊皮紙を渡し、更に奥へと進む。


 パサッ。


 後ろで地面にヅラが落ちる音が響く。


「すまなかったね、なかなか来る機会がないので、こちらの用事を先に済ませてしまった」

「はっ……ぐっ……」


 すまないじゃ、すまないとシオンは思った。


 なんなんだ、あの奈落は。こんなホラーな出来事を見てしまったら、1週間は悪夢にうなされる自信がある。


 更に螺旋階段を降りると、1つの部屋があった。その中には、膨大な書籍が保管されており、そこに黒髪の青年が本を読んでいた。


「出番だよ。来なさい」

「……っ」


 シオンは見た瞬間。


 息が止まり。


 隣にいるヘーゼン=ハイムと。


 颯爽と駆け寄るヘーゼン=ハイムを見比べる。




























「初めまして。ヘーゼン=ハイム内政型です……誰もいない時は2号と呼んでください」

「……っ」

 

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