感覚


 ヤンは手のひらに全てを集中させていた。あらゆる感覚を身体の中で模索し、微妙な加減を変えていく。


『違う。そうじゃないぞ』


 ああ、うるさい。また、聞こえてくる。音としてではなく、身体に響く声なき声が、邪魔をしてくる。


 そうじゃないなら正解を教えて。


 こちらから問いかけると、答えてもくれない。なんて、自分勝手な。まるで、どこかの誰かさんみたいだ。


「ヤン……ヤン……」


 ふと気がつくと、ラスベルが目の前にいた。


「もう、終わってるわよ。戦闘」

「えっ! いつの間に」


 ヤンが驚いて周囲を見ると、すでにガルゾとシャゼルが倒され、そして、目を覚ましていた。集中しているうちに、結構時間が経ってしまっていたのか。


「えっ! もしかして、もう、1時間くらい経過してます!?」

「えっと……まあ、戦闘に約3分。その後、5分で蘇生させたから8分前後かな」

「早っ!」


 ガビーンとしながら、うなだれている2人を見つめる。


「ガルゾさん。あれだけ威勢がよかったのに……」

「き、傷口に塩を塗りたくるんじゃねぇ!」


 無精髭の巨漢は、投げやり口調で叫ぶ。一方、シャゼルの方は、ズーンと効果音が聞こえるほど落ち込んでいる。


 ヤンも、さすがに見かねて励まそうとする。


「そんなに落ち込まないでくださいよ。勝てる訳ないじゃないですか。姉様とは、持ってる才能だけじゃなく、努力も桁違いに負けてるんですから」

「……っ」


 シャゼルが涙目でこちらを見てくる。


「大丈夫です。誰も、勝てるなんて思ってませんでした。ただ、予想よりも遥かに早く負けちゃっただけで、誰も期待してませんから。元気出してください」

「……っ」


 ニッコリと。


 黒髪少女は満面な笑みを浮かべる。


「仲間ですよ。ほら、私もなんにもできてないし。ガルゾさんもシャゼルさんも瞬殺されちゃったんだったら。仲間仲間。役立たず仲間」

「ひっ……ぐぅ……」


 シャゼルは目に涙を溜めながら唸る。なんだろう、優しくされると泣きたくなっちゃうタイプだろうか。


「……それくらいにしといてあげたら?」

「? わかりました」


 なんだかよくわからないが、ラスベルがなんとも言えない苦笑いを浮かべている。


「でも、やっぱりダメだなぁ。私、魔法が使えるようになってないのかなぁ……」

「ううん。なってるとは、思う。でも、体内にある螺旋ノ理らせんのことわりがヤンの魔力を阻害してるのかも」

「……」


 ヘーゼンが言うには、グライド将軍の数十年分の魔力とこれまでヤンが発散できなかった魔力が全て溜め込まれていると言う。


 螺旋ノ理らせんのことわりが体内に影響を及ぼす魔杖であることはわかっていた。だが、あくまでポジティブな影響で、ネガティブなものはないと踏んでいたが。


「まあ、もうちょっと火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎで頑張ってみます」


 そう言って、ヤンはクラスメートたちの元に戻った。


「……ラスベル先輩。素敵」

「かっ、かっ、かっ、格好いいです!」


 ヴァージニアと、ロリーは、すっかりとあの気高き先輩に魅了されているようだ。確かに、同院の最上級生でありながら、ヘーゼンの代わりまで務めて地方将官を束ねるなど憧れざるを得ないだろう。


「でも、ヤンちゃんも凄かった」


 ヴァージニアがキラキラした瞳で見つめる。


「ん? 私?」


 なんにもやった記憶もないのに、何が凄いのだろうと首を傾げる。だが、ヴァージニアはブンブンも首を振って肩をガシっと掴む。


「だって! ラスベル先輩が、挑戦者を募った時、迷うことなく手を挙げたじゃない!」

「す、す、す、凄かったです!」


 ロリーも、コクコクと同調する。


「いや、そんな大層なものじゃなくて。実戦に飛び込めば、なんとか魔法が放てるんじゃないかって言う苦肉の策で」


 流石に死にはしないだろうという目算もあった。ボコボコにされるくらいだろうと思い、特に考えもなく手を挙げただけだ。


「そう言う積極的なとこが凄いと思うのよ! それに比べて、私なんて……簡単に負けたら評価が落ちちゃうんじゃないかって怖くて……手が震えて……挙げられなかった」

「わ、わ、わ、私なんてほぼ気絶してました!」

「……そ、そうなんだ」


 落ち込む2人に、ヤンは苦笑いを浮かべる。確かに、帝国将官を目指す彼女たちにとっては緊張する場面なのだろう。


 だが、ヤンは別に帝国将官になりたい訳じゃない。


 もちろん、お金はあった方がいいし、知識欲も好奇心も人よりもある方だと自覚している。ただ、それは帝国将官になれなくても得られるものだろう。


「……」


 『自分は何がやりたいんだろう』ってふと思った。ヘーゼンの奴隷のような扱いだからだろうか、そう言えば、そんなことを考えもしなかった。


 どうせ進路なんて勝手に決められるんだろうな、と確信して、もちろん反発するつもりでいるが、『じゃ、何がやりたい?』と聞かれると、多分、何も言えない。


『戦場は楽しいぞ……カッカッカッ』


 いや、絶対にそれはない、と心から聞こえる声に釘を刺して、ヤンは切り替えて目下の課題に悩む。


「でも、本当にずっと魔法使えない……どうしようかなあ」

「特訓ね! 特訓! 特訓あるのみよ!」

「わ、わ、わ、私たちも手伝います」

「……ありがとう」


 なんだか、心がジンワリとして、ヤンは2人の手をギュッと握った。

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