バレリア


 数刻後、バレリアはゼノバース城に到着した。門の前で待っていたヘーゼンは、満面の笑顔で出迎える。


「助かります。早速ですが、訓練室に来てください」

「へ、ヘーゼン学長代行……いったい、あなたは何を考えているんですか?」


 授業開始初日のHR後。教師陣は唖然とした。いきなりの、特別訓練(戦争)宣言。圧倒的な事後報告。全員がポカンとしている間に、ヘーゼンは颯爽と職員室を去り、翌日に伝書鳩デシトで呼び出された。


「嫌だなぁ。敬語なんてやめてくださいよ。私は、あなたの元生徒なんですから」

「……っ」


 圧倒的に距離を取りたい赤髪の美女教師は、思わず、数歩後ずさる。だが、腐っても自分は教師だ。あの若い歳で、戦場へと赴く生徒たちを守らなければいけない。


 誰もが、理解に及ばない中、唯一、担任として数年の時を同じくしたバレリアが口を開く。


「み、認められない! 断じてこんな暴挙を認めるわけにはいかない!」

「そうですか。でも、私は学長代行ですので、あなたの許可は求めてないです」

「……っ」


 ニッコリ。


 どっちだよ。敬意を持って接すると見せかけて、全然意見を尊重してくれない。いや、むしろ意見を圧倒的な権力で潰してくる、絶対に権力を持たせてはいけない悪魔。


 ヘーゼンはパンと手を叩いて仕切り直す。


「いや、特別クラスの生徒たちは本当に幸運だな。あの『戦場の隼』と謳われたほどの戦技を見ることができるなんて」

「わ、私は軍人をもう引退した身だ! 今後、一切、戦場に出る気はない!」


 バレリアはハッキリと断言する。


「あくまで、課外授業の一環です。魔獣退治とかもその分類カテゴリーでしょ? 同じです。副担任として、しっかりと頼みますよ」

「……っ」


 拡大解釈が過ぎる。そして、いつの間にか、副担任に任命されている。


「元軍人のあなたにはわかるでしょうが、死ぬ時は死にますので、その辺のところを生徒たちに叩き込まないと、死にます」

「わ、私は他のクラスの授業も受け持っている。特別クラスにだけ時間を割く訳にはいかない」

「ここゼノバース城とテナ学院は、目と鼻の先ですから。往復も十分に可能です」

「だ、だが! さすがに1日で何度も往復となると、物理的な融通がーー」

「大丈夫です。そこは、なんとかします」

「……っ」


 なんとかする。この男は絶対になんとかしてしまうという、安堵的な恐怖。と言うより、この程度の問題など、小指一本でもなんとかしてしまうのだろう。


 訓練所に到着すると、すでに生徒たちが魔杖の訓練をしていた。全員が拙いながらも奮戦している。鬼気迫るほどの集中力だ。


「ヴァージニア=ベニスの筋がいいですね。魔力量も申し分もない。彼女は、今後、どんどん伸びていくでしょうね。次点でロリー=タデスですか。内向的な性格をしているが、魔力操作のセンスがあります」

「……あの魔杖は?」


 ヴァージニアが両手に携えている業物を見て、バレリアが尋ねる。


旋風ノ槍せんぷうのやり竜鱗ノ盾りゅうりんのたてです。期待を込めて彼女には3等級の業物を持たせました」

「両手持ちか」

「最低限、生徒全員に教え込みます。才能のある者には、より複数の魔杖を持たせる予定です」

「……無茶苦茶だ」


 バレリアは思わず吐き捨てる。ヴァージニアだって、旋風ノ槍せんぷうのやりをなんとか使用しているだけで、竜鱗ノ盾りゅうりんのたては発動していない。


 本来、業物は1つ扱うだけでも相当な負担がかかる。少なくとも大尉級でなければ扱えないと言われている。そんな難易度のものを学生時代から、しかも、特別な生徒だけでなく生徒全員でなんて。


 テナ学院だけでなく、帝国のあらゆる教育機関が、両手持ちは推奨していない。中には、邪道と切り捨て禁じる学校も存在する。


「ヘーゼン=ハイム。君は、大陸の常識を全否定する気か?」

「そんな時代遅れなことを言っていると、帝国は時代に取り残されます。大陸の流行トレンドはすでに、魔杖の両手持ちに移行し始めている」

「……まさか」

「帝国が、他の国家に比べ、かなり遅れているんです。悪しき伝統に縛られている間に、彼らは相当な進化を遂げてます」

「……」

「現在、帝国は大陸一の領土を誇りますが、年々拡大する土地の面積が狭くなっている。まあ、これだけ上級貴族の腐敗が進んでいることを考えれば、前線は奮戦している方だと思いますが」

「……」


 彼女自身も、それが原因で帝国将官を辞めた過去を持つので、気持ちは痛いほどわかる。


「魔杖の両手持ちは、今後、必須技能となってきますよ。帝国は他国に比べ、数歩遅れています。数年もしないうちに、新たな世代が台頭し、戦力図はひっくり返るでしょう」

「……」

「とにかく、生徒育成を急がなくては、立ち遅れる。流れは一気に来ますよ」

「我々は旧世代オールドか」


 バレリアは皮肉めいた表情で笑う。


「あなたほどのセンスをお持ちならば、今からでも両手持ちに移行できるでしょう。時間があれば覚えるといい。ですが、成長期の過ぎた、ほとんどの者は難しいでしょうな」

「……許容し難いな」


 罪悪感が募ると言うのか。今まで常識的に教え込まれ、教えてきたものを覆されるのは、教育者として非常に苦しいのが正直なところだ。


「とにかく。目下、帝国はこの流れを潰すべきではない。何が言いたいかわかりますね?」

「……嫌々でなく、全力を尽くせと言うのだな」


 バレリアはため息をつく。ヘーゼン=ハイムの見ている景色は、目下の内乱鎮圧ではない。その先に来る新時代に対して、準備をしている。


 でなければ、帝国は一気に滅ぼされる。


「ここで成果を出し、特別クラス以外のカリキュラムも一気に変えます。ラスベルの年で両手持ちの生徒たちを育てて、半数を帝国将官の試験に合格させる。あなた方、教師陣のすべきことです」

「……わかったが、ヘーゼン=ハイム。君と、自分の非力を呪うよ」


 赤髪の美女教師は、そう吐き捨て、元気よく訓練に加わって行った。

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