戦略


           *


 数日後、南マメノ郡ガゼルベア城に陣取るマドンの下に、多数の下級貴族たちが集結した。彼らは地方将官と呼ばれており、領、郡、地区で雇用され働いている。


 帝国将官の試験回数は平民1回、下級貴族3回、上級貴族7回までと決められており、落第者のほとんどは地方将官の仕事に従事する。


 とは言え、ゼルクサン領だけでも、小国ほどの規模がある。下級貴族の人口比を考えれば、帝国将官でなくとも有能な人材はかなり多い。


「マドン殿!」


 快活な声を掛けてきたのは、ダクリル=マルコフ。以前、幾度も戦場を共にしたことがある勇猛な魔法使いだ。


「また、貴殿と戦える日が来るとは思えなかった」

「こちらもだよ」

「ザッと見渡したが、なかなかの猛者たちが揃っているな」

「ああ。帝国将官と対峙させても遜色はない」

「ヘーゼン=ハイムという調子に乗った帝国将官エリートの鼻っ柱を明かせそうですな。ぐわははははははっ!」

「……」


 地方将官にも帝国将官と同様の階級が存在するが、昇進の速度も遅く、上限は大佐級までに留まる。平民出身とは言え、自分たちがなれなかった帝国将官となり、権力を行使しているのが気に入らないのだろう。


 マドンはその感情を利用した。


 彼ら下級貴族たちは、上級貴族たちに対するそれよりも、帝国将官に対する羨望の方が大きい。身分差があれば、それは『努力などではなんともならない』と諦めがつくが、帝国将官は違う。


 ましてや、平民出身の帝国将官など異例中の異例。


 上級貴族が下級貴族に優越を感じるように、下級貴族もまた、平民に対し同じ感情を抱く。普段、下級貴族の地方将官として過ごす彼らが、平民出身の帝国将官という異例の肩書きを持つヘーゼン=ハイムを手放しに歓迎したりはしない。


 そんな中、彼の弟子であるセミスが報告をする。


「情報が入って来ました。ヘーゼン=ハイムはテナ学院の生徒を動員して訓練をさせているようです」

「……非常に面白い手だ」


 白髪の老将は、しばらく考え、やがて、つぶやく。


「いや、無謀ですよ。学生なんて」

「テナ学院は年に数名もの帝国将官を輩出するほどの名門だ。潜在能力ポテンシャルは向こうが上だ。ナメると痛い目を見る」

「しかし、彼らには戦場の経験がありません。そんな若造相手に我々が負けるとは思いません」

「いや……2人。ラスベル=ゼレスとバレリア=ヴァロンがいる」

「『戦場の隼』が!? 彼女ほどの軍人が、なぜテナ学院に」


 ダクリルが目を丸くして驚く。


「……ヴォルト=ドネア様が保護していたのだろう」


 マドンは渋い表情を浮かべて、つぶやく。


 バレリア=ヴァロン。かつては、幾多の戦場で名を馳せた魔法使いだ。下級貴族でありながら3年と言う異例の速さで中尉級にまで昇進あがったが、その後、上官と馬が合わずに辞めたと聞いていたが。


 加えて、ラスベル=ゼレス。学生の身分でありながら、前の大戦の立役者の1人だ。すでに、帝国将官試験の主席は間違いないだろうと言われる才媛だ。


「非常に厄介な人材だ。当面は攻城戦になるだろうが、厳しい戦いになるだろうな」


 カカオ郡の物資搬入に包囲が間に合わなかったことも報告を受けている。ヘーゼン=ハイムと彼女たちを避けて、どれだけ広域戦を繰り広げられるかが肝だろう。


「すぐ、上級貴族経由で抗議しましょう。これは、教育機関の私物化だ」


 セミスが提案するが、マドンは首を横に振る。


「そこまでの気概のある上級貴族がいるとは思えんな。あそこは、ヴォルト=ドネア様の聖域だ。下手に藪を突くと、大蛇が出てくる」


 ヘーゼン=ハイムは、あくまで学長代行としての権限を使用しているに過ぎない。学院の運営にクレームを入れれば、高確率で超名門家のドネア家を敵に回す。


 白髪の老将は、思考を巡らせながらつぶやく。


「……あちら側が包囲を破る手立ては2つ。他領に隣接する郡を取るか、他領あるいは帝都へ結ぶ道を造るか」

「道を造る? 私もカカオ群の地理は詳しいが、無理だろう。あそこは、相当な山々に囲まれているし、大きな河川も広がっている」


 ダグリルが答える。


「他領に隣接する郡には相当な防備をつけている。難易度はさほど変わらない」


 そう考えると、無駄に被害が出ない分、道を造る方を選択するか。こちらが干渉できないポイントを上手く突いてくる狡猾な一手だ。


「どうしますか?」

「我々が打つ手は変わらない。このまま包囲を続けて攻め続ける」

「しかし、本当にその戦略を取るとすれば、こちらの目論見が破られます」

「こちらが焦って攻勢をかけるのを待っているのかもしれない。まだ、時間はある。予断は禁物だ」


 相手がこちらの綻びを突いてくる危険性リスクの方が高い。


「逆に、不確定要素が多いのは、テナ学院の生徒たちを擁する向こう側だ。そこを突きさえすれば包囲を解かれる前に決着がつく可能性の方が高い」


 マドンは冷静に答える。


「それよりも、穴のない戦術を詰めよう。魔杖の種類を考慮し、隙のない編成を組む」


 魔杖は威力よりも、組み合わせだと言うのがマドンの戦い方だ。魔杖の効果は千差万別だ。仮に低等級でも、組み合わせ次第では等級が上の魔杖を凌駕する。


「ぐわはははっ! 叩き上げの地方将官の実力を見せつけてやりましょう!」

「……そうですな」


 願わくば、ヘーゼン=ハイムという将と会ってみたいと思った。奇抜な軍略、柔軟な思考、豊富な人脈、高度な政治的センス、大胆な行動力、果ては……大将軍すらも凌駕するほどの力。


 考えれば考えるほど、20歳そこそこの若者だとは思えない。


「……すー。なぜ、笑っているのですか?」

「ん? いや、なんでもない」


 マドンはすぐさま笑みを消し、再び思考の濁流に身を任せた。

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