ナンダル


           *


 その頃、ヘーゼンは、応接室でお抱え商人のナンダルと面会していた。


「お久しぶりです」

「痩せたな」

「……お陰様で」


 無精髭の男は、思わず苦笑いを浮かべる。数年前は、恰幅がよい方だったが、度重なる激務で、今は、ほっそりとした体型だ。


「早速だが、商売の話をしよう」

「あ、相変わらず世間話の一つもないんですね」

「そうしたいのは山々なのだが、あいにく時間がなくてね。まずは、君が抱えている私設傭兵団を雇いたい」


 元海賊親分のブジョノアとペルコック。彼ら率いる海賊団は、ラスベルに心酔していたので、ナンダルの私設傭兵団として引き入れていた。


 そして、炎檄の団、烈氷の団、風花の団。前の戦争で軍師のシュレイが雇ったのが彼らだったが、今は商団の護衛としてナンダルが雇っている。


「渡しましょう。幸い、今は危険な地域への商売は少ない。使う機会も限られていたところです」

「ありがたい。『報酬は弾む』と言っておいてくれ」

「わかりましたが、ブジュノアとペルコックについては、以前、隷属魔法を結ばせてましたよね? 不要では?」

「彼らは元々海賊なので、金にはガメつい。モチベーションを上げるためにも、渋らない方がいい」

「なるほど……しかし、相変わらず、大盤振る舞いですね」

「金など手元に置いていても仕方がない。管理にも費用がかかるしな」

「……ははっ」


 ナンダルは呆れるような笑みを浮かべる。


「次に物資。搬入は間に合ったか?」

「はい。ギリギリのタイミングでしたが。これで、半年分は籠城できますよ」

「助かる」


 ヘーゼンは、カカオ郡が封鎖される前に、兵糧、武器等を大量に購入していた。これで、最低限戦える準備は整った。


「ですが、そこまでと言えば、そこまでです」

「十分だ。その間に、道を造る」

「はいっ?」


 理解が追いつかずに聞き返すナンダルの前に、地図を広げた。


「帝都ベイルート。そして、隣領であるデラシア領。そこを繋いで包囲網を破る」


 この2つの土地に隣接しているカカオ郡だが、今は道がない。この要因がある故に、彼らは包囲を可能にしている。


「デラシア領は、エヴィルダース皇太子の所有だ。表立っては封鎖などはしてこないだろう。帝都も同様だ。あくまで、彼らに行使できる権力は、ゼルクサン領とラオス領のみの不完全なものだ」

「……なるほど。ですが、この内戦のためだけに、そこまでの工事を?」

「いや、元々敷こうとしていたのでちょうどよかった。また、通関料を下げ、隣接する領の人を取り込もうと考えている」


 ヘーゼンは地図で、線を引く。ゼルクサン領、ラオス領に迂回させることによって、隣接する領の上級貴族が手に入れるマージンを減らす算段だ。


「こりゃ……結構な大事業になりますよ? 多くの山を削り、川には橋を掛けねばなりません」

「承知の上だ。だから、金を貸してくれ」

「……っ」


 ニッコリと


「恐ろしい方だな。いや、もちろんかなり儲けさせてもらっているので、金は潤沢にありますよ」


 ナンダルは今や、帝国の豪商と呼ばれる者たちと肩を並べる存在になりつつある。クミン族との間で交わされた宝珠の独占交易権。ドクトリン領と最前線の戦地ライエルドを結ぶ砂漠地域への運搬事業の独占。


 そして、帝国と大国ノクタールとの独占交易権。


 当然、投資事業もしているが、使っても使いきれないほどの額がナンダルの手元に眠っている。


「ですが、通関料を減らすというのは、他領の上級貴族の反発も喰らうでしょう」

「多少の反発は覚悟している」

「はぁ……呆れますな。ただでさえ敵に囲まれているのに、更に敵を増やしますか」

「仕方がない。帝都への往来に自領を使う莫大なメリットを逃す訳には行かない」

「……」

「道ができれば、そこには人が住むようになる。人が住めば、金を落とす。金が落とされれば、人がまた増える。中長期的に見れば十分に回収可能だ」

「自領に人を入れるのが目的ですか」


 ナンダルの言葉に、ヘーゼンは力強く頷く。


「最終的には北、西、南の帝都へ至る道を全て取る。東は、利便性で圧倒し潰す」

「……」


 帝都との往来はそれだけメリットが大きい。経済的なことを考えれば、通関料を取るよりも金が多く領に回るという算段だろう。


「大金貨千枚は、竜騎兵の育成に当て、残りの2千枚をこの事業に突っ込む。だが、総工事を完了させるには、あと大金貨8千ほど足らない。だから、貸してくれ」

「……っ」


 規模が全くもって恐ろしい。出せなくはないが、ナンダルの資産の大半を失うことになる。


「な、なんか多すぎやしないですかね?」

「チマチマ借りるのは性に合わないんだ。足が出ないように借りて、余れば余剰資金として他で使う」

「……なるほど、道理だ」


 投資には緻密な計算はいらない。将来性を見極めたら、とにかく早く行動に移すこと。そして、『早さ』が金で買えることも、この人はわかっているのだ。


「わかりました、貸しましょう」

「ありがとう」

「上乗せは1割でいいですか?」

「3割支払おう。その代わり、いろいろと融通してもらいたい」

「……」


 気前が良すぎる。この人は、毛ほども自分の手元に資金を残そうと考えていない。


「もし……私が『貸しません』と答えたら、どうする気でしたか?」

「ん? 事業を考え直すな。君が納得できないのだったら、何か不安要素があるということだろう」

「……そこまで、私に全幅の信頼を?」


 にわかには信じられない。ナンダルは、たまたまヘーゼンに見出されただけの存在だ。当然、知識やセンス、商人としての力量はヤンには及ばない。


「信頼? 当然しているが、そういうことじゃない。貸す方に選択権があるだろう」

「いや、それはそうですが、これまでの関係性もありますし」

「確かに、構築してきた関係性は重要だ。だが、貸して資金が回収できなければ、関係性はより悪化する」

「……そうですね」

「それならば、『貸さない』という選択を選んだ方が、より健全な信頼関係を構築できると思うのだが、違うかな?」

「……そうです」


 ヘーゼンは、あくまで対等な、フラットな関係を求める。こんな人と商売していると、ガメツく汚い帝国将官との取引など馬鹿馬鹿しくなってくる。


「全力を尽くします。ただ、私としては、やれることは何でもやります。今後も、私に1番に話を持ってきてくれれば嬉しいです」


 ナンダルがそう言って手を差し出すと、ヘーゼンは笑顔を浮かべ躊躇なくその手を握った。

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