強育
*
突然、現れたヘーゼン=ハイム。
突如、宣告された特別軍事訓練。
特別クラスの生徒たちは、キョトンとしていた(ヤンは、ガビーンとしていた)。
確か、1時間目は道徳だったはずだ。この学院は教科担任制度を敷いているので、なんなら教師だって違う。
そんな戸惑いと恐怖が教室中に蔓延する中、すでに委員長の風格漂う長身少女、ヴァージニア=ベニスが手を上げて発言する。
「へ、ヘーゼン先生。あの、間違いじゃないかと。1時間目は、道徳の時間ですが」
「変更した」
「……っ」
「では早速、訓練内容を説明する」
「……っ゛」
相変わらず、アイドリングトークなど一切なく、ヘーゼンは生徒たちに向かって本題を説明する。
「目的はカカオ郡の防衛だ。近隣の上級貴族たちが、近日中に、襲ってくるという噂がある」
「えっ! なんでですか!?」
「あくまで訓練だ。だが、甘く見ないことだ。彼らは本気で制圧しにくるからね。想定内容は、『内乱を起こす上級貴族を制圧する』。ありそうだろう?」
「……っ」
というか、あったんだと、ヤンは確信ガビーンをする。
「いや、僕は常々、あの予定調和な避難訓練には辟易していてね。『やるなら、死ぬ気で』が、僕流だ。当然、向こうも必死なので、死ぬ時は死ぬ」
「……っ」
えっ、死ぬじゃーん、と複数の生徒は思った。なお、彼らの脳内に、不正貴族の元入学生徒がボッコボコにされた光景がフラッシュバックしたのは言うまでもない。
「これから君たちには、軍の指揮下に入ってもらう」
「せ、戦争じゃないですか!」
ヤンが猛然と叫ぶ。
「戦争じゃない。特別軍事訓練だ」
だが、ヘーゼンはキッパリと否定する。
「だが、まあ、それくらいの気持ちで向かってくれ。ヤン、いい心持ちだぞ」
「……っ」
褒められた。
なんなんだ、いったい。この学院、全方位ヘーゼン=ハイム過ぎる。スクールライフとは、いったい、なんなのか。全力で問いただしたい気持ちだ。
「ただし、大事なことなので、2度言うが、死ぬ時は死ぬから気をつけてくれ」
「「「「……」」」」
ガンガンに、戦争じゃん、と生徒全員が思う。
「なお、基本は生け捕りだが、不慮の事故で死なせてしまったとしても不問にする。責任は、僕が全てとる。その辺は契約魔法の書類に書いておくから、条項をしっかりと確認しておきなさい」
「……っ」
ヘーゼンは配布資料を1冊ずつ、生徒たちの机に置く。何が何やら理解できない生徒は、あまりの状況の移り変わりに、放心状態となる。
だが。
「ちなみに、僕が書類をしっかりと確認するよう注意喚起するのは、これが最後だ。契約魔法とは非常に拘束力が強い。記載内容を読まないで、後から後悔しても、もう遅い。ケースは違うが、僕は生涯終身奴隷契約を結ばされたテナ学院の生徒を知っている」
「……っ」
完全に、目の前の男がやったことだ、とヤンは再びガビーンする。
「ち、ちなみに、あの……こちらが死んだ時は?」
生徒の1人が尋ねると、
「自己責任だな」
「「「「「……っ」」」」
秒速のアンサーで、生徒全員がドン引きする。
「まあ、付け加えておくと。死後の補償はしっかりとさせてもらう。現時点での君たちの地位、能力、将来性を考慮し、その生涯賃金の10倍を遺族に支払わさせてもらう準備がある。額はすでに、契約条項に記載してあるので、『自分はもっと稼げる』という異議がある者は、どんどん手を上げてくれ」
「……ゔっ……ゔぉえええええぇ」
死後保証つき。あまりの待遇のよさが、逆に本気過ぎて嗚咽する生徒たちが数名。
「だが、当人にとっては、死んだら終わりなので、そういう意味で自己責任と言った。とにかく、よく書類を確認して、後悔のないようにしなさい」
「……っ」
そう言った瞬間、生徒たちは死にもの狂いで、書類を読み込む。
「ヘーゼン先生! 契約魔法と言うことは、こちらに選択権があると言うことですよね?」
ヤンが猛然と手を上げる。
「もちろん。これは、特別クラスのための特別授業だ。テナ学院から選抜された君たちだからこそ、受けられる権利だからね」
「だ、騙されちゃダメよ、みんな! 断っていいの。選択権があると言うことは断っていいってことだからね!」
ヤンは必死に生徒たちに訴えかける。これは、ヘーゼンの常套手段だ。エリート意識を植えつけさせて、生徒たちを自分の駒にしようとしている。
「騙す? 心外だな。僕はこれまで生きてきて、嘘をついたことなど、一度もないよ」
「な、なんでそんな嘘を!?」
「本当だよ。僕は、そうやって平民の身分でありながら、数年で上級貴族まで登り詰めた」
「……」
ヘーゼンは真っ直ぐに、目を逸らさず、真剣に、生徒たちを見つめる。
「はっ……はわわわっ……」
ヤンが周囲を見渡すと、生徒たちは尊敬の眼差しでヘーゼンの方を見つめていた。元々、彼らは上昇志向が強い下級貴族、平民の親を持つ者たちが多い。
そんな彼らにとって、ヘーゼン=ハイムの生き方は崇拝に値するのだろう。そして、そんな視線を浴びながら、黒髪の青年は優しく語りかける。
「ただ、そう言う生き方は容易ではない。厳しいことにも……たとえ死を伴うことにも逃げずに立ち向かっていく。今もそうだし、これからもそう生きていきたいと思っている」
「カッ……カッコイイ」
「……っ」
ま、まずい。流れを持っていかれる。そう感じたヤンは、猛然と手を上げて立ち上がり、大きな声で宣言する。
「私は参加しません! ええ、しませんとも」
「そうか。まあ、強制はしないよ。あくまで、やる気のある者。覚悟のある者しか求めていないからな。ヤン、君の選択も大いに結構だ」
ヘーゼンは満面の笑顔で少女に近づいて。
ポンと肩を軽く叩き。
ボソッとヤンにだけ聞こえる声でつぶやく。
「多分……数名、死ぬな」
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