人材
*
大広間にいる貴族たちを武力で拘束したカク・ズは、ヘーゼンに向かって心配そうに尋ねる。
「こ、これからどうするの?」
「この城にあるものは全て接収する。ドスケ様を含む上級貴族は全て解放し、下級貴族は僕に従う者たちのみ解放。従わない者は、牢獄に入れろ」
「……解放しちゃっていいの?」
「今のところ、投獄できる権限はない」
領主権限で発した命令は、あくまで『郡の配置替え』だ。その不遵守についての法律違反は訴えることはできるが、他の上級貴族は罪を問うことはできない。
爵位不遵守というのは、それだけ強い法律だ。
「これから、忙しくなるな」
「……てっきり、いつものように、弱みなんかを握って脅すのかと思った」
「ヘーゼン=ハイムは謀略など使わない」
!?
「み、耳が腐るかと思ったよ!」
カク・ズが、何度も何度も自分の耳を確認する。なんか、その感じがヤンに似てきたなと感じつつも、ヘーゼンとしては至極真っ当な発言をしたつもりだ。
少なくとも、対外的にはそう思わせなければいけないという話だ。
仮にスキャンダルで彼らを追い落としたとしても、ゼルクサン領とラオス領の上級貴族たちは従おうとはしないはずだ。そして、そのような悪評が立てば、今後有用な人材は入ってこない。
「したがって正攻法の法廷闘争と実力行使で決着をつける必要がある」
「……わかったけど、これからどうするの?」
「まずは、近隣の下級貴族たちの説得に終始するさ。僕に従った方が間違いなく得になる。それをわからせるだけでも、結構な数が味方についてくれるはずだ」
聞けばゼルクサン領西部は相当な
ヘーゼンの方針は、あくまで公平な税負担。クラド地区と同じ税率負担を下級貴族たちに指示し、郡に対しても同じ割合の
特にカカオ郡に属する下級貴族たちは進んで従ってくれるはずだ。
「ベノイス家は相当に税率が高かったらしいからな。それだけで下級貴族は半分ほど負担が減る」
「それは、素晴らしいことだと思うけど、それで成り立つの?」
「十分に可能だ」
元々、帝国への税金は、領、郡、地区の貴族がそれぞれ
領、郡、地区の貴族がそれぞれ低い税率を設定し、近隣の領から住民を引っ張ることができれば、無理矢理高い税金を搾り取るような真似をしなくても収益は上がる。
「でも、上級貴族たちの反発が凄いんじゃない? かなり厳しい戦いになると思うけど」
「仕方ない。ここまで、爵位の影響が強いとは思わなかった」
ヘーゼンとしても、少々誤算だった。今回、領主の立場で提示した税率は前領主の半分ほどだ。必然的に上級貴族は
結果、郡としての収入は増えるので、表向きには従う可能性の方が高いと踏んでいた。
全面的に領内の上級貴族を敵に回すつもりなどはなく、裏で下級貴族に対する
「……まあ、僕は平民出身の帝国将官だからな。上級貴族の爵位による特権意識の強さが掴みきれなかった」
苦肉の策と言えば苦肉の策だ。
今後、クラド地区とカカオ郡を防衛しつつ、他の上級貴族たちを次々と従属させていかなくてはいけない。
となると、やはり、人材が足らない。
「……こんなことなら、ギザールの
ノクタール国のために、多額の金で貸し出したが、今のタイミングで喉から手が出るほど欲しい。だが、少なくとも半年間は戻さないような契約魔法を結んでいたので、戻せない。
「今からでも、ノクタール国のジオス王に頼見込んで一時的にでも戻してもらうとか」
「あり得ない」
せっかく、ジオス王に貸しを作ったのに、こんなところで返してもらう訳にはいかない。また、ノクタール国においてのヘーゼンの影響力は絶大だ。弱みを見せて、それを小さくすることはできない。
とは言え、今のノクタール国には潤沢な人材が揃っていて羨ましい限りだ。軍師シュレイもドグマ元帥(元大将)も、ジミッド中将もタラール族のクシャラも……1人でもいれば大分違うなとは思う。
あらためて、1人ぐらいは貰っておけばよかったと少しだけ後悔した。
「ゴスロ家の支援を頼めば?」
「いや。弱みにつけ込まれるのがオチだ」
当主のネトはともかく、息子のラレーヌはやり手で有能だ。下手を打つとつけ込まれて、他の上級貴族と結託し、ゼルクサン領とラオス領を取られるなんてこともあり得る。
「……ふぅ」
まあ、なんとかなるか、とヘーゼンは思考を次に進める。
「カカオ郡は、僕が守るとして。カク・ズは領主のラグと結託してクラド地区防衛に回ってくれ」
「わかった。けど、なんか……絶体絶命中の絶体絶命にしか感じないんだけど」
「はっきり言って大変だな。テナ学院の学長代行としての仕事もあるし、帝国将官としても働かな方はいけない」
「て、帝国将官もやる気なの?」
「内乱で仕事が疎かになったと思われても、評価が落ちるからな。溜まっている休暇を取りつつ、2号と時系列が被らないよう、上手くやらなくてはいけない」
物理的に不可能なムーブをしたら
「……正気?」
カク・ズは信じられない表情で聞き返す。
「もちろん。加えて、2号の私設秘書官にシオンを入れる。
「や、ヤンとは違うんだよ? わかってる?」
「もちろん」
シオンは、クラド地区の秀才眼鏡女子だ。ヤンと同い年くらいの歳だが、前の戦でナンダルの師事を受けて、かなり成長した。
「想像したよりも遥かに頭のいい子だ。本人の努力も相当だから、窓際の帝国将官の仕事ならば、問題なくこなすだろう」
「そ、それでもヘーゼンのところに、手が足らなさすぎるよ。クラド地区は狭いからなんとかなるにしろ、この広大なカカオ郡の防衛なんて、1人じゃ絶対に無理だって」
「それについては、考えてある」
「えっ?」
・・・
翌日。テナ学院初日のHR。
「おはよう。早速だが、これから特別軍事訓練を始める」
「「「「「……っ」」」」」
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