ゼノバース城


           *


 深夜。ヘーゼンはカク・ズと共に馬を降り、カカオ郡のゼノバース城へと到着した。前の城であるノヴァダイン城よりも数倍ほど規模が大きく、壮麗優美な居城である。


 門を通過しようすると、左右にいた門番が長槍を掲げて進路方向を塞ぐ。


「名を名乗られよ」

「ゼルクサン領領主のヘーゼン=ハイムだ」

「……は?」

伝書鳩デシトは出したはずだが」


 基本的に、上級貴族は十数人以上の衛士を帯同させるので、下級貴族と勘違いしたのだろうか。まあ、事務手続きのミスは仕方がないなとため息をつく。


「しょ、少々お待ちください」


 門番は戸惑いながら、城の中へと入って行く。その姿を見ながら、カク・ズが心配そうにつぶやく。


「な、なんか予定外の訪問という感じだったけど」

「……」


 この城に住んでいるのは、カカオ郡を統治する上級貴族ベノイス家である。今回、別の土地を任せることになっているので、すでに転居の準備は始めているものだと思っていたが。


 やがて、門番が帰ってきた。


「あ、あの。『そんな知らせは受けていない』、そうです」

「ふむ……伝書鳩デシトが届いていないと言うことはないはずだが。まあ、いいか」


 ヘーゼンが中に入ろうとすると、門番が前に立ちはだかる。


「こ、困ります。勝手に中に入られてしまうと」

「……であれば、ドスケ様を呼んでくれないか?」


 敬称をつけなければいけないのは、あちらの爵位が大きいからだ。ヘーゼンよりも爵位が高い身分の相手には、このような捻れが発生する。


「今は社交界を開いているためお会いになれません」

「社交界? 本日中に退去するよう命じたはずだが」

「そ、それは……私に言われましても」

「ならば、会わせてもらうか」

「ちょ……まっ……困りま……ぐっ」


 制止しようとする門番をカク・ズが瞬時に気絶させる。一方で、ヘーゼンは構わずに、城の中へと入っていく。


 大広間に入ると、そこは煌びやかなパーティが開かれていた。数百人の貴族たちが、会食と歓談を行なっている。


 突然、扉が開いたので、注目が一斉にヘーゼンに向けられた。当然、招待もされてないし、顔馴染みでもないので、慌てて執事らしき者が駆け寄ってくる。


「あの……失礼ですが、どなた様でしょうか?」

「領主のヘーゼン=ハイムだ」

「も、門番が案内したんですか!?」

「いや。取り次がなかったので、押し通った。ドスケ=ベノイス様はいらっしゃいますか!」

「あっ……ちょ……困ります」


 ヘーゼンが大きな声を出すと、慌てて執事が止めに入る。


「何事ーだ?」


 甘高い声の先には、痩せ型キツネ目の風貌の貴族がいた。背がかなり小さく、30センチを超えのシークレットシューズを着用している。


「あなたが、ドスケ様ですか?」

「いかにーも。私が、『翔射』の位を持つドスケ=ベノイスであーる」

「……初めまして、ヘーゼン=ハイムと申します」


 『翔射』はヘーゼンの持つ爵位『全流』よりも4位位が上だ。必然的に、爵位の高い者に対しての非礼は許されない。


 まったく、面倒な飾りだと心の中でつぶやき、帝国式のお辞儀をする。


「ところで、昨日までに退去いただくよう指示したはずですが」

「フン……成り上がりが偉そうに、私に命令ーか?」


 ドスケはピョンと伸び上がった長い髭を、クルックルと撫でて回す。


「領主でありますので、郡主であるあなたに命じるのは当然かと思いますが」

「控えーろ。私は、そもそも貴様のような低爵位の者の指示に従う気はなーい」

「……ですが、領主は私です」

「別にこの城でなくても、領の運営などできるではないーか。まあ、最下級の上級貴族の貴様の命令を聞く上級貴族など、この領……いや、帝国にはいないだろうがーな」


 背を向けドスケが言うと、会場からドッと笑いが木霊する。どうやら、このパーティーは上級貴族の面々が揃っているらしい。


「ふぅ……なら、仕方ありませんね」


 ヘーゼンは残念そうにため息をつく。


「あーあ。身分の差が、やっとわかったーか? では、さっさと尻尾を巻いて帰ーー」

「カク・ズ。ドスケ様を拘束しなさい」


 !?


「な、な、何をすーる!? 貴様、正気ーか!」

「領主権限により、郡主のドスケ様を強制退去させます。また、本日時点でこの城は私の領地だ。従って社交会は即刻中止。1時間以内に、この場に残っていれば、我が領地への不法滞在とみなし拘束します」


「「「「「……っ」」」」」


 ヘーゼンが堂々と宣言し、その場にいた貴族たちは閉口する。


「ぐっ……は、離ーせ! そ、そ、そんなことが許されると思ってるのーか!?」

「許すも許さないも、ここは私の城ですから」

「……っ、何をしている!? こ、この無礼者を殺せ!?」

「動かないでください!」


 複数の貴族が魔杖を構えようとした時、ヘーゼンが漆黒の瞳で睨み、叫ぶ。


「私の実力を知らない訳ではないでしょう? 私に危害を加えようとすれば、正当防衛で反撃します。手加減はするが、命の保障はしません」

「……っ」


 貴族たちは、即刻、自身の魔杖を投げ出して手を上に上げる。


 そんな中。


 カク・ズに拘束されたドスケが、激しい怒りの形相を向ける。


「き、貴様! 爵位の差を理解していないのーか!? こんな暴挙を帝国が許すとでも思っているのーか! 即刻、法務省へ訴えてやるーぞ!?」

「どうぞ。私も、訴えますから」


 !?


「う、う、訴えーる!? 貴様が私ーに?」

「ええ。あなたは爵位不遵守で訴えるのでしょ? てしたら、領主に対しての命令不履行を法務省に訴えます」

「はっ……くっ……ば、ばばば馬鹿ーな!?」


 狼狽えるドスケにヘーゼンは、満面の笑みを浮かべる。


「確かに爵位不遵守は、非常に重要性の高い法律だ。ですが、ゼルクサン領及びラオス領は皇帝陛下、エヴィルダース皇太子から直々に賜った土地だ。今だけを切り取るのならば、領主に対しての命令不履行も非常に重要度が高い」

「……っ」

「いや、この論争は大分揉めますよ。少なくとも3年はかかる」































「ですから、決まるまでは実効支配させてもらいますね」

「……っ」

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