修行


          *


 入学式後のオリエンテーションも無事(?)終了し、ヤンたちは寮へと到着した。


 アレやコレやと説明を受けて、夕食を食べて、いろいろと探検したりしていたら、19時ほどになってしまった。


 自室に入って、荷解きをするが、持参してきたものなどほとんどないので、配布された教材を棚に並べたり、支給された制服をハンガーに掛けたりした。


「さてと」


 ひと通り明日の準備が終わった後、ヤンは、訓練用の魔杖を手に持って、部屋の外に出る。すると、ちょうど、ヴァージニアと鉢合わせた。


「どうしたの? こんな時間に」

「えっと……ちょっと……ね……ははっ」


 しどろもどろになりながら、訓練用の魔杖を背中に隠す。ヤンはまだ魔法が使えない。ひと通りは試みたが、結局、できなかった。


 このことを知ったら、彼女はどう思うだろうか。


 一方、ヴァージニアはヤンが背中に回した魔杖を確認し、ニッコリと笑顔を浮かべる。


「魔法の訓練ね。私もちょうどやろうと思ってたの。一緒に行こう」

「えっ!? えっと……その……はい」


 ヤンはシュンとしながら頷く。


「そこのあなたも。ついてくる?」

「えっ……は、は、は、はい! よ、よよよよろしければ」


 隣の部屋のドアからジーッと覗き込んでいたロリーが、プルプルと頷く。


「じゃ、行きましょう」


 ヴァージニアは、大股で歩きだして、ヤンとロリーは慌てて後を追う。どうも、この子はリーダー気質のようだ。何事もハッキリとしていて、物事を前に進めるのが好きらしい。


 到着した場所は、森だった。


 すっかり暗くなっていたが、ヴァージニアが訓練用の魔杖であたりを明るくする。


「……」


 やっぱり……みんな、魔法を使えるんだ。


「さあ、やりましょうか」

「あの……その前に、私、魔法が使えないの」

「えっ! そうなの?」


 シュンとうつむくヤンに、ヴァージニアが驚いて聞き返す。


「うん。何度やってもできなくって」

「よく試験に受かったわね。魔法が使えない子が合格するなんて、聞いたことがない」

「そ、そうだよね。でも、筆記は頑張ったんだ」

「ふーん」

「……」


 不正を疑われただろうか。確かに、ヤン自身も不可解なところはある。魔法実技の試験官であるダゴル先生が、ヤンの実技を見ずに(どこか遠くを見ていた)評価を書いていたこと。


 まあ、どうせ、ヘーゼンがなんかやったのだろう。


 ……よくよく省みると、まあ、不正だと思われても仕方がない。テナ学院にはどうしても入りたかったので、あえて追求もしなかった。


 だが、ヴァージニアはサッパリとした笑顔を向けて答える。


「なら、練習ね」

「ごめ……はい?」

「できないんでしょう? なら、もっと練習しなきゃ。コツを教えるから、ねっ、ロリー?」

「は、は、は、はい! わ、わ、私でいいなら」

「ヴァージニア……いいの?」


 ヤンはおずおずと尋ねる。


「何が?」

「だって、私、魔法を使えなくて」

「でも、とびきり優秀なんでしょ? 筆記だけで合格しちゃうなんて、あなた、凄いのね」

「ま、まあ」


 ドがつくほど素直な子だ。モズコールの娘とは、とてもではないが信じられない。


「でも、実技は毎回試験があるから、それまでにはなんとか使えるようにしないと。私も手伝うから」

「お、お、お、お邪魔じゃなければ、私も……よろしければ……」


 ロリーが、いつの間にか木の影に隠れながら、ボソボソと言う。


「……」


 ヤンは、そんな2人を交互に眺めながら。


「うん!」


 元気よく返事をした。


            *


 彼女たちが練習している様子を、少し離れた森の影からヘーゼンとラスベルが見守っていた。


「いいんですか?」

「ああ。わざわざ、時間を作ってくれたのにすまなかったな」

「私とすーの方が、的確に教えられると思いますけど」

「……」


 魔法実技の授業までには、魔法を使えるようにしておくことが必須だ。だが、ヤンが予想以上に難航しているらしく、仕方なく今回、ヘーゼンは介入を決めた。


 魔法を使う感覚は十人十色だ。


 だからこそ、ラスベルにも助言をさせるようスケジューリングしたが。


 ヘーゼンは小さくため息をつく。


「正直、ギリギリだな。もしかしたら、ヤンは魔法実技で落第点をつけられるかもしれない」

「……ヤンを主席卒業させるつもりだと思ってましたけど」

「ああ、そのつもりだ」


 主席卒業者となるには、落第点など付けられてはいけない。その時点で、目的は達せられないと思っていい。


 だが、今の時点で、魔法を習得することに関し、ヘーゼンはヤンにコツを教えないことを決めた。その判断に、ラスベルは驚いたような表情を浮かべる。


「……正直、意外です。目的のためなら、なんでもするすーとは思えないです」

「目的はヤンの成長だ。できないことをもがき、苦しみ、友と共有することも貴重な経験だ。なまじ何でもできてしまうあの子には、それが足りてない」


 もちろん、実績ハクをつけることも大事だから、欲を言えば両取りをしたかったのだが、こうなってしまっては仕方がないと割り切る。


「……私にはいなかったな」


 少し羨ましそうに、ラスベルはつぶやく。


「君の精神性として十分に成熟している。だが、あの子は違う」


 ヤンの成長はいびつだ。恐らく、ずっと幼い子どもと老練な大人を相手をしてきたせいだろう。尖った成長は、折れやすい。この少女の精神性を支える礎が必要なのだとヘーゼンは思う。


「随分と過保護なんですね」

「過保護……過保護か」


 ヘーゼンはラスベルを見て笑う。


「な、なんですか?」

「そんな悠長なことを言っていると、追い抜かされるぞ」

「……っ」

「ヤンの才能を甘く見てはいけない。成長する時は一瞬だ。恐らく、半年も経過せずに新入生全員をごぼう抜きするだろう」

「……」

「更に3年間が経過した頃、君は果たしてあの子に対抗できるかな?」

「……」


 ゴクリとラスベルは喉を鳴らす。


 目的は、成長したヤンにラスベルを当てること。結果としてヤンの方が伸びるか、ラスベルの方が伸びるか。ヘーゼンとしてはどちらでもいい。


「君は卒業までのあと半年で、魔杖を4本使えるようになりなさい」


 この学院に来た目的はヤンだけではない。ラスベルの闘争心を刺激し、ヘーゼン流の戦闘を叩き込むのも一つの目的だ。


 彼女はヤンとは逆だ。良く言えば整っているが、悪く言えば面白みがない。その才能の高さ故に、順調に成長し過ぎたのだ。


 だからこそ、ヘーゼン自身が壁となる。


「……軍神ミ・シルに追いつけと?」

「君次第だ。ミ・シル止まりになるのか……それ以上の高みを目指すのかもね」


 黒髪の青年は不敵な笑顔を浮かべる。


「……ちょうど時間が空きましたね。そう言えば、すーとは戦ったことがありませんでした」


 ラスベルはその身を震わせながら、挑戦的な眼差しを浮かべる。


「訓練用に、何度でも死んでいい魔杖を用意した。次の予定まで1時間ある。その間に、徹底的に叩き込んであげるよ。僕の戦い方をね」


 ヘーゼンもまた不敵な笑みを浮かべた。

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