強育(2)

           *


 ヤンは耳を疑った。いや、聞こえるには聞こえて、頭にも入っていたが、少女の理性と倫理観が、その言葉を理解する行為を拒絶した。


 だが、このクラスで唯一異常者サイコパス耐性を持つ少女は、数秒後、そう言えば、こんな男だったと思い直す。


 この男……生徒を人質えさにしやがった。


「……っ」


 すなわち、ガビーン。


「す、すーっ!? あんた、なんてこと……」

「っと、聞こえていたか、すまない。忘れてくれ」

「忘れられないですよ!? むしろ、耳にこびりついて離れないです!」

「いや、この中で戦場を経験してるのは、ヤンだけだろう? 軍人と戦うわけだから最初はどうしても……ねぇ?」

「……っ」


 ニッコリと。


 『わかるでしょ?』みたいな満面スマイルを浮かべる容赦なき悪魔異常者デビルサイコパス。だが、そんな狼狽など、毛ほども気にせずにパンパンと手を叩いて生徒たちを急かす。


「さて、他の者たちはどうする? あまり時間がないから、ちゃっちゃと決めよう」

「「「「「……っ」」」」」


 ちゃ、ちゃっちゃじゃ、決めれないと生徒全員は思った。


「ち、ちなみに……拒否した時にペナルティはあるんですか?」


 生徒の1人が、オズオズと手を上げる。


「んー。特には、ないな。


 !?


「ほ、他にも?」

「もちろん。この特別クラスの授業は、成績、魔力、将来性を考慮して厳選された精鋭のみが受けられるものだからね。まあ、拒否したらクラス交換チェンジだ」

「はっ……くっ……」


 そ、そんなの実質ペナルティじゃないか、と複数の生徒が愕然とする。だが、ヘーゼンは『なんでわからないのかわからない』と言いたげに首を傾げる。


「当然だろう? 特別クラスの人数は限られている。受講しない人がいれば、その分、貴重な機会チャンスが失われる。だったら、意欲的な生徒に機会チャンスを回すのが自然だ」

「……っ」


 学長代行としての、職権乱用が過ぎる。恐ろしいまでの悪辣誘導。徹底的かつ狡猾なエリート意識の植えつけ。強制に限りなく近い、任意。


「誤解しないで貰いたいが、本当に貴重な体験だぞ? 帝国将官の戦場での死亡率は少なくない。理由がわかるかい?」

「……」


 誰も答えない。


 そんな中、ヘーゼンは大いに悲観気な表情を浮かべて、深くため息をつく。


「残念ながら、この帝国には有能な上官が少ない。いや、希少とも言っていい。賄賂、斡旋などの横行により、家柄だけの腐った貴族たちが跋扈しているのだ」

「……」


 ヤンもそれは感じている。特に上級貴族の名門家と呼ばれる特権階級には、総じてその傾向が高い。


「客観的な事実として、これまで僕が指揮してきた戦争は死亡者が圧倒的に少ない。そのことを考慮すれば、ここで特別軍事訓練に参加した方が長期的な死亡率は低くなる」

「くっ……」


 行方不明の帝国将官(奴隷牧場行き)は、まあまあ多いが、大部分は事実ではある。ただ、それに対し、ヘーゼンの利がふんだんに上乗せされているだけで。


 そんな中、教室の扉が開く。


「はっ……くっ……」


 見た瞬間、ヤンの息が止まる。


「加えて、君たちの不安解消の一助にするため、今日は特別ゲストを連れてきた。みんなも知っているだろう? テナ学院主席候補のラスベル君だ」


 青髪の少女は、爽やかな笑みを浮かべて、生徒たちに向かって説明する。


「みんな。すーの……ヘーゼン先生直々の実践指導は、非常にためになると思うの。強制じゃないけど、強くなりたかったら参加するのをお勧めするわ」

「ね、姉様!?」


 ヤンが立ち上がって、ラスベルをガクガクと揺らす。


「ど、どうしちゃったの? ラスベル姉様がそんな、非常識な」

「……当然、私も参加するわ。私のようなボウフラがすーに追いつくためには、少しでもあの人の近くに……近くに……」

「変な微生物を自称してる!?」


 久しぶりに会った、変わり果てた姉弟子に向かってガビーンを繰り出すヤン。


「っと、契約魔法を結ぶ前に、特別訓練用の魔杖を支給する。この前の自己紹介と診断で君たちに合うものを持参してきた」

「……っ」


 そう言えば、一人一人に肩を叩いて『頑張れ』とか言っていた。アレは、潜在力測定……『頑張って死に物狂いで戦え』だったんだとヤンは気づいた。


「君たちが無事、この特別軍事訓練が終えることができたら、ご褒美としてプレゼントしよう。今後のキャリアに役立てる一助となれば嬉しい」

「ま、魔杖の売買は禁じられているはずですが」


 この流れを変えようと、なんとかヤンが指摘するが、ヘーゼンは無駄だと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「問題ない。教育機関には一部、帝国法の干渉を受けない聖域がある。魔杖の製作・譲渡はその範囲で、魔杖組合ギルドの干渉を受けずに譲渡可能だ」

「……っ」


 もはや、完全に確信犯だ。


 帝国の教育機関は、魔杖工育成のための魔杖製作、また卒業生に10等級魔杖を贈るために、学院内の魔杖製作、譲渡が一部認められている。


 ヘーゼンは魔杖製作の治外法権が教育機関にあることを見抜いていた。だがら、この激務の中、わざわざ学長代行などと言う仕事を引き受けたのだ。


「うっわー」


 生徒たちの多くは手渡された魔杖をキラキラした様子で眺める。


「……」


 無理もない。テナ学院は、下級貴族、魔力持ちの平民が主流だ。手渡されている魔杖は、少なくとも5等級以上の宝珠が使われた銘持ちの業物。しかも、超一流の魔杖工であるヘーゼンが製作したものだ。


 下手をすれば、一生手にできないようなニンジンをぶら下げられているようなものだ。


「……はぁ」


 ダメだ、詰んだ。


 ヤンはあきらめのため息をつく。


 そんな少女の思惑を見抜いてか、ヘーゼンは満面の笑顔で魔杖を配る。


「はい、ヤンの分」

「……っ」


































 ひょ、氷絶ノ剣ひょうぜつのけん火炎槍かえんそう



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