準備


           *


 その頃、ゼノバース城には、下級貴族が総勢で100人。兵士は1万5千人集まった。


 カカオ郡の地区は8つあり、それぞれに城主がいる。これらをすべて獲られるか、主城のゼノバース城を落とされたら負けだ。


「うーん……配置がなぁ」


 ラスベルは執務室の机に齧りつき、頭を抱えながら戦略を練る


 やがて。


「う゛ーーっ! 足らない。足らない足らない足らなくて足らないー!」


 足をバタバタとさせて机にヘタリ込む。

 

 バレリア、元海賊親分のブジョノアとペルコック、炎檄の団団長のファルコ、烈氷の団の団長セナク、風花の団の団長リライ。これで、6人。


 全体の指揮をラスベルが取るとしたら、最低限、持ち堪えるためには、指揮官級があと2人は必要だ。


「……」


 その時、トントントンと、ノック音がする。


「ラスベル姉様、食事持ってきましたー」

「……」


 ヤンだ。


「何見てるんですかー?」


 あっけらかんとした黒髪の少女は、食事を乗せたトレイを机に乗せ、書き殴りの羊皮紙を見つめる。


「いや、ちょっと人が足らなくて」


 と言いつつ、ヤンを指揮官に特化させた場合をシミュレートする。恐らく、十二分に力は発揮するだろうが、それでは今までと変わらない。


 『あくまで、魔法使いとして育成する』と言うのが、ヘーゼンの教育方針である。指揮官にするとしても、戦闘で引っ張るような形として据えないと許可は降りないだろう。


 そんなことを考えているなど知る由もなく、ヤンは羊皮紙を興味深気に見つめながらつぶやく。


「ふんふん……なるほど。なら、ガルゾさんとシャゼルさんは、どうですか?」

「……誰?」

「地方将官です」

「そ、その人たち信用できるの?」

「できると思いますよ。話してみると、いい人たちでしたし」

「……」


 ラスベルは半信半疑でヤンを見つめる。どうも、この少女は人を信じ過ぎるところがある。


 ヘーゼンが屈服させたとは言え、この戦に勝てるかどうかは半信半疑の状況だ。その中で、下級貴族の地方将官たちが寝返り戦況がひっくり返るなど、本当に笑えない。


「連れてきましょうか?」

「そ、そんなに仲良くなってるの? じゃあ、お願いするわ」

「わかりました」

「……いや、やっぱり行く」


 ラスベルは立ち上がって、部屋を出る。執務に追われて、現地確認の暇がなかったが、これでは駄目だ。実際に目で見て、肌で感じて探さなければと思い直した。


 訓練所まで降りると、生徒たちの他に下級貴族たちが修練をしていた。それぞれの魔杖の相性に合わせて、組ませたが割と上手くいってるようだ。


 そんな中。


 ヤンが無精髭の巨漢を連れてくる。手入れなどしたことがないだろうモジャモジャな髪が特徴的だ。


「がはは! あんたが、ワシらの親玉か!」


 酒を浴びるようにかきこみながら、豪快な笑い声をあげる。


「姉様。この人がガルゾさんです」

「……確かに、強そうではあるけど」


 強者の雰囲気はある。だが、指揮官としてはどうなのだろうか。


「元盗賊の親玉で、下級貴族位を金で買ったんですって。経験は十分にあると思います」

「がはははっ! ヤン嬢! 俺は強い者にしか従わねえぜ! 姉ちゃん。あんた、俺よりも強いのか?」


 ガルゾは、身体よりも大きな戦斧のような魔杖を抱えて挑発するが、ラスベルはその言葉を無視して振り返る。


「もう1人は?」

「シャゼルさーん! こっちこっち!」


 ヤンが呼ぶと、今度は妙に礼儀正しい青年がやって来た。彼は片膝をついて、真っ直ぐに澄んだ瞳で高らかと宣言する。


「初めまして。シャゼル=ルオーネと言います。ラスベル様に忠誠を誓い、この戦を勝利に導いてみせます」

「た、頼もしいですね」


 な、なんかキザだなとラスベルは数歩後ろに下がる。


「シャゼルさんも平民出身です。帝国将官を目指してたんですけど、1度目は、お母様の病気の看病。2度目は、妹の怪我の看病で、試験に受けれずに地方将官になった可哀想な人です」

「……」


 なんとなくだが、運が悪そうな人だ。総じて何事も運の悪い人は、なるべく避けたいところだが。ラスベルは、ヤンにボソッと耳打ちする。


「むしろ、ヴァージニアを指揮官にした方が、私はいいと思うけど」


 一目見ただけで、抜群のセンスをしていることがわかる。ロリーも捨てがたいが、性格的に内向的なので、やはり、彼女がテナ学院でトップだ。


 恐らく、現時点で、下級貴族たちの誰よりも使える。


「多分、それだと言うこと聞かないと思います。地方将官たちの面子もありますから、彼らこそ前面に立てた方がいいです」

「……なるほど、面子か」


 ラスベル自身、あまり気にしたことはなかったが、下級貴族たちを立てると言うのは、確かに必要かと思う。


「多分、数戦交えれば生徒たちも慣れてくると思います。そうすれば、互いに実力がわかって双方納得の上で再編成できます」

「でも、そうなると、初期の被害が大きくなるかもしれない」

「それは、仕方がないです。戦には、犠牲がつきものですから。むしろ、それで特別クラスの子たちの目も醒めると思います」

「……」


 要するに、『地方将官たちを壁にする』と言うことか。恐ろしいほどの割り切りのよさだ。ラスベルでさえ、犠牲者を出すのを躊躇するのに、この黒髪の少女は冷静に戦況を眺めている。


 常在戦場。


 もしかしたら、ヘーゼン以外にはヤンだけが、そのことを体現しているのかもしれない。そして、ラスベル自身にも甘さがあったと反省する。


「ヤン。魔法は使えそう?」


 この子の潜在能力ポテンシャルは破格だ。使えるようになれば、すぐにでも前線に出したいところだ。


「うーん。いい所まではいくんですけど、なんか見えないものに邪魔される感じなんですよね」

「見えないもの?」


 この子の身体には特級魔杖の螺旋ノ理らせんのことわりが埋め込まれている。その関係だろうか。


「変な声が聞こえて、アレやコレやと頭に響いてくる感じです。別の身体があるって言うのか」

「……」


 ヤンの中でも感覚がまとまってないのがわかる。これは、長くなるかもしれないなと、ラスベルは少女を戦力の外へと据え置く。


「ふぅ……わかりました。では、ガルゾ殿。シャザル殿。同時にかかってきてください。指揮官として最低限の戦闘力は必要なので、あなたたちの能力を測ります」

「……おい、姉ちゃん! 2人がかりを相手にしようなんて、ナメてるのか?」


 ガルゾがいかつい顔を、よりいかつくしながら尋ねる。


「戦場のつもりで来てください。でなければ、あなた方の命の保障はしません」


 ラスベルはそう言って、自身の魔杖を構えた。

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