包囲網


           *


 その頃、ゼルクサン領カカオ郡にあるゼノバース城の大広間にて、大規模な社交会が開かれていた。開催者ホストはカカオ郡の統治者ドスケ=ベノイス。


 だが、実質的な社交会の段取りなどは、帝国有数の豪商一族、ロッリフェラー家の次男ゴーザスが執り行っている。


 ロッリフェラー家は、帝国の天空宮殿内で絶大な影響力を持つ。主に帝都の近郊の商人は、ほぼ彼らの影響力下におり、魔杖組合ギルドなどの商業集団も彼ら中心に発足している。


 絢爛豪華に彩られた装飾。贅沢の粋を尽くした料理、ワインの数々。それらを眺めながら、当主のドスケが満足そうに頷く。


「おほほ。相変わらず、素晴らしい仕事であーるな」


 彼は痩せ型キツネ目の風貌の貴族である。身長がかなり小さいので、30センチを超えるバレバレのシークレットシューズを常に着用している。


「いえいえ。いつもご贔屓にさせていただいております」


 商人ゴーザスは、にこやかな笑顔を浮かべて、相槌を打つ。


「いや、この時期にゼルクサン領西部の結束を固められるのは非常に助かーる。今度、また贔屓にさせてもらーう」

「……ありがとうございます」


 ゴーザスは頭を下げながら、『嘘をつけ』と心の中で吐き捨てる。ドスケは、かなりのケチだ。それは、ベノイス家当主が代替わりして、顕著に現れた。


 ただ、この辺りの郡を統治する上級貴族の取りまとめ役でもあるので無下にもできない。


           *


 ドスケ=ベノイス   第15位(カカオ郡)

 クラリ=スノーケツ  第16位(ハイジ郡)

 バッド=オマンゴ   第16位(ママレード郡)

 フェチス=ギル    第17位(キスーマ郡)

 ダッチク=ソワイフ  第17位(ゲルーマ郡)

 ジョ=コウサイ    第18位(西ノーリオ郡)

 ウーマン=ノチチ   第19位(北マメノ郡)

 アルブス=ノーブス  第19位(南マメノ郡)

 ラフェラーノ=クーチ 第19位(西マメノ郡) 


           *


 今回集まっている面々は、主に西部の郡を統治している上級貴族たちである。なお、下級貴族たちも大勢参加しているが、所詮は、枯れ木の賑わい。彼らのことを、ひたすらヨイショするだけの存在である。


 ロッリフェラー家としては、金を落とさないドスケのために、社交の場を用意する義理も必要性もないが、今回は話が違う。


 新たに領主となったヘーゼン=ハイム……のお抱え商人ナンダルの存在である。


 ナンダルは最近、名の知られるようになった成り上がり商人である。クミン族との間で交わされた北方がルナ地区の独占交易権。ドクトリン領と最前線の戦地ライエルドを結ぶ砂漠地域への軍事運搬事業の独占。


 極めつけは、帝国とノクタール国との独占交易権。


 これには、ロッリフェラー家も影響力を駆使し、何とか入り込もうとした。だが、肝心のノクタール国が他の商人の介入を拒否したのだ。


 どうやら、亡国の危機に瀕している時から、ナンダルから多額の支援と借款を行ってきたらしく、相当な借りを作っているとのことだ。


 必然的に、交易は全てナンダルを通さなくてはならず、販路を広げるためには必ず仲介料マージンを支払うことになる。


 そもそも、ナンダルの売る商品は高品質、低価格のものが多いので、仲介料マージンを乗せられたら敵にもならない。


 そろそろ、ナンダルを本気で潰さなければいけない。そのためには、ヘーゼン=ハイムの勢力を広げられるのは非常に困るのだ。


 そんな理由もあり、今回の社交会に一役買った。


 一方で、ドスケは巨大なワインセラーから、わざわざ一番高価なワインを選別し、遠慮など微塵もなく、上機嫌にグラスへと注ぐ。


「まったく……今回の配置転換は本当にふざけていーる」


 ドスケがグラスの液体をクルンクルンと回しながら、つぶやく。隣にいるのは、同じく上級貴族のクラリ。彼は恰幅の良い貴族で、手と足がかなり短い。常に腹の前に手のひらを重ねるのが癖だ。


「本当にその通りですぞ。最下位『全流』の分際で、前代未聞ですぞ。まったく、あり得ないことこの上ないですぞ」


 クラリがいち早く同意し、他の上級貴族たちも一様に頷く。

 

 通常、貴族の爵位に応じて領地は割り当てられる。20位であれば、それぞれ、郡の8分の1を。19位位であれば郡の4分の1を。18位であれば郡の半分を。


 郡を1つ治められるようになるのは、17位からである。


 16位からは、複数の郡を統治するようになる。複数の領を統治できるのは、通常、10位(大師だおすー)からだ。


 通常、1代で1つの爵位を昇げられば、御の字であると言われる貴族社会において、平民の身分から2年も経たずに上級貴族位まで上り詰めたヘーゼン=ハイムは異例中の異例だ。


 ワイングラスの液体をクルンクルンと回しながら、ドスケは大きくため息をつく。


「天空宮殿も、何を考えているやーら。そんな沙汰に我々が素直に従うはずがないと言うのーに」

「本当にあり得ないことこの上ないですぞ。まったく……ふざけるのも大概にして欲しいですぞ」


 クラリがウンウンと相槌を打つ。そして、彼の同意に他の上級貴族たちも、一様に頷く。だが、その中で1人の貴族が不安そうな表情を浮かべている。


「どうかしたのかーな、ラフェラーノ殿? 何か不満そうだーが?」 

「い、いえぇ。私は、もともとこんな顔でしてぇ……ですがぁ、不満ではなく懸念はありますぅ」


 彼は、ひょっとこ口が印象的な貴族である。通常であっても不満顔に見える。


「どうしますかぁ? 領主に上納金をあげるのは、我々の義務ですがぁ」


 ラフェラーノが、心配そうに懸念点を尋ねる。


「払う必要などなーい。爵位が我々より低い貴族に、なぜ従わなくてはならないのーだ。帝国法にも、そう明記されていーる」

「な、なるほどぉ。で、ですが、彼は大将軍グライドを倒すほどの強者ですよぉ?」

「なんだ……そんなことを心配しているのーか。無理矢理、郡を抑えつけるのならば、それこそ法務院に訴えればいーい」

「た、確かにぃ」


 ラフェラーノがひょっとこ口で頷く。


「肝心なのは、帝国法の下、保障されている爵位を重んじるこーと。そして、我々が一致団結をするこーと」


 ドスケはワインを勢いよく、飲み干す。


「クク……あなた方と親密な関係にある他の郡主たちにも、くれぐれそう伝えておいてくださいーよ。よーく」

「もちろんですそ……クク。どの上級貴族からも上納金が入ってこないと知った時のヘーゼン=ハイムの顔は、さぞ見ものですぞ」


 ドスケとクラリが笑い合い、他の貴族の面々も一様に笑った。

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