ヴァージニア=ベニス


         *


 入学式が終わって、教室へと誘導されている間……誰もなんの言葉も発しなかった。弱肉強食の学院だとは聞いていた。他ならぬヘーゼン=ハイムに憧れて入学した者も多数いた。


 でも、想像と違う。


 こんなハズじゃなかった……いや、こんなことあり得ないと、生徒全員が感じていた。現実であるかどうかすら疑い出す者すらいる始末である。


 悪魔耐性を唯一取得しているヤンもまた、足取り重く案内された教室の扉を開ける。


「……」


 中の空気は、非常に息苦しかった。和気藹々とした会話など一切なく、ただ、ひたすらに怯えの感情が広がっている。ヤンは、いたたまれない空気になりながらも、席に座る。


 隣には、血の入学式で話した、ロリー=タデスが座っていた。


「あぐっ……あぐあぐ……」

「……」


 可哀想に。この童顔女子生徒は、すっかり怯え切っているようだ。


 だが、そんな中、一人だけ背筋をピンと立たせている生徒がいた。長身でモデル体型の青髪ロングヘアの美少女だ。


「はぁ……ちょっと、みんな。落ち着きなさいよ」


 どんよりとした空気を切り裂くように、彼女はハキハキとした声を発する。


「この学院は弱肉強食。実力至上主義。みんなも少なからず、覚悟してきたんでしょう?」

「……ま、まあ。そうだけどさ」


 男の生徒たちから、ちらほらと声が上がる。その声は震えていて、ほぼ強がりであることは窺えたが、長身の少女の声には微塵の怯えもない。


「私も凄く驚いたけれど、厳しいのは覚悟の上よ」


 その凛とした佇まいに、ヤンは尊敬の眼差しを浮かべる。


「す、凄いのね、あなた」

「私は下級貴族出身だけど、ヘーゼン=ハイムのような将官に憧れて、この学院に入ったの。やっぱり、驚いたのだけど、あれだけ強烈な意志と信念を持つ人でなければ上には行けないんだと思い知ったわ」

「……」


 完全に間違った生き方だとは思うが、ヤンはなんとも言えない複雑な笑みで首を傾げる。


 対して長身の少女はハキハキとした笑顔を作る。


「私は、ヴァージニア=ベニス。初めまして」

「……っ」


 この子が……変態の子モズコールの娘か。正直、とんでもない変態児かと持っていたが、非常にまともだ。


 ヤンは、何とも言えないような渋い表情を浮かべる。


 そんな中、ヘーゼンが当然のように教室に入ってくる。


「この特別クラスに、ようこそ諸君」

「「「「「……っ」」」」

「……」


 生徒たち全員が驚愕の表情を浮かべる中、唯一の悪魔耐性をもつヤンは、やっぱり、と思った。学長代行ではあるが、相変わらずの現場主義のようでガッツリと授業は行うらしい。


「と言っても、今日は初日だ。寮への入居の準備もあるだろうから、手短に終わらそう。では、自己紹介をしてくれ」


 アイドリングトークもまったくなく、ヘーゼンは淡々と生徒たちに尋ねる。


「はい!」

「いい返事だ。では、よろしく」

「私は、ヴァージニア=ベニスと言います」

「……君が」


 ヘーゼンは、なんとも言えない渋い表情を浮かべる。


「どうかされましたか?」

「い、いや。では、君の目指す進路を聞こうか」

「はい! 私は帝国将官になって、帝国の中枢を握りたいと思っています」

「ほぉ……それは、なぜかな?」

「この帝国は、賄賂・接待が横行していると聞きます。私は、そんな世の中は間違っていると思ってます」

「……っ」


 ヤンは思わず目を細める。賄賂と接待の温床が、あなたの父親なんだよ、などと口が裂けても言えない。


「このカースト制度も、私には大いに疑問を持ってます。いつかは、奴隷という身分を無くすというのが私の夢です。恐らく、ヘーゼン先生もそう思っているのではないですか?」


 ヴァージニアは、挑戦的な瞳で尋ねる。


「……どうしてそう思う?」

「ヘーゼン先生は帝国将官の中で破格級の功績を残しました。にも関わらず、噂では閑職に追いやられると聞きました。能力のある者が平等に報われる社会。私はそれを目指したいのです」

「……」


 恐らく、天空宮殿内の情報戦が始まっているのだろう。噂を積極的に流しているのは、アウラ秘書官あたりだろうか。


 だが、むしろ、奴隷制度をフル活用し、牧場を経営するまでに至っていることを、この少女は知らない。


 一通りの話を聞いたあと、ヘーゼンは目を大きく見開く。


「……立派に育ったな。信じられ……ゴホンゴホン……っと失礼」


 ヘーゼンは言葉を止めて咳払いをする。


「品行方正な父の背中を見て育ったせいでしょうか? 少し融通が利かずに硬いところも父譲りですが」

「……っ」


 ヤンはガビーンとした表情を浮かべる。


「き、君のような娘を持てて、父親も凄く誇らしいだろう」


 ヘーゼンが手放しで褒め称える。ヤンも感じていることだが、なんとなく後ろめたさのようなものを感じるのは何故だろうか。


 一方で、ヤンは自分がモズコールだったら、こんな真面目で素晴らしい娘がいると、罪悪感で憤死するだろうと思った。


「ただ、力なき理想は意味をなさない。君が、理想に見合う力を手に入れることを、僕は願っているよ」

「はい!」

「……」


 力を手に入れ、醜く穢れた真実を知った時に、モズコールが撲殺されるという悲劇が起きなければいいと、ヤンは切に願った。

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