新任挨拶(2)
*
「私にも娘がいるんですよ。今年14歳になりました」
「……っ」
アーナルド=アップと名乗った男は、顔面に下着装着し、遠い目を浮かべながら、そう答えた。
『風俗界のミ・シル』と自称するこの中年紳士とバーで意気投合し、連れてこられた店が、ここだった。
女性下着専門店(使用済み)。
ブルーは、酔っ払っていたが、アーナルドの霰もないその姿を見て、驚愕の眼差しを浮かべる。
「あなた……正気ですか? 娘がいながら、そんな格好でーー」
「イコールではない」
「……っ」
女子学生の下着をフルセット裸体に装着した男は、腕を組みながら、堂々と宣言する。
「女子学生の下着を嗜む私、イコール、娘を愛していない、と言うことにはならない」
「……っ」
言っている意味はまったくわからないが、この男の言い分には、強い説得力を感じた。
そして、女子学生下着装着男の話は続く。
「私は娘を愛している。娘のためならば、死さえ厭わない、プラス、私は女子学生の下着を被るのが好きだ、プラス、私は女子学生の下着を履くのが、大好きだー!」
「……っ」
店の外にも漏れ出るほどの音量で。アーナルド=アップは高らかに宣言する。そして、振り返ってブルーの肩に優しく手を添える。
「プラスなんですよ、人生って」
「……っ」
ドスーンと、ブルーの胸にその言葉が突き刺さる。
ブルー自身も葛藤していた。教職である自分。娘を愛している自分。そして……女子学生の下着に興奮する自分に。
「さあ、言ってごらんなさい。勇気を持って、自分の想いを曝け出すのです」
「……」
「……」
・・・
「わ、私は娘を愛している!」
「プラス?」
「教師という仕事に誇りを持って、働いている!」
「プラス?」
「……私は女子学生の下着に興味を持っている」
「プラス?」
「……履きたい! 頭に被って、ブラをつけて、パンティーを……履きたい!」
パチパチパチパチ。
アーナルドから、拍手が降り注ぐ。そして、棚に飾ってある下着一式を取り、ブルーに手渡す。
「はい、よくできました」
「……は、はい!」
ブルーにもう迷いはなかった。欲望の扉が全て解放されて、気づけば下着を上下頭に装着していた。これが、本来の自分。これこそが、本当の自分なのだ。
そして。
「はぁ……はぁ……あれっ……あれっ」
獣のように息を切らしながら、必死でブラのホックをハメようとしていた時。
アーナルドが、ボソリとつぶやく。
「この世の中は0点だ」
「……」
「セクシャルマイノリティの保護。この帝国には……いや、この大陸には我々を受け止める土壌がない」
「……確かに」
そう考えると、手が震える。ブラのホックが、なかなか掛からない。年頃の娘は……教えている女子生徒たちは、この姿を見てどう思うだろうか。
しかし。
背中から、アーナルドは震える手を掴み、優しく指で誘導する。
そして。
カチッと、ブラのホックを掛ける。
「誰にも迷惑をかけていない。あなたが女子学生の下着を装着したところで、それは、誰の迷惑にもなっていないのです」
「……」
「安心して……履いてください」
「……」
「自分の欲望に素直になればいいんです。あなたは、誰にも迷惑をかけていない。ここは、完全会員制のお店ですから」
「……はい」
これ以上の安心感を抱えたブルーの手の震えは、いつのまにか、収まっていた。
「私の後に続いて言ってください。知られなければ、セクハラではない」
「……っ」
「どうしました? 言ってください」
「し、知られなければセクハラではない」
「金を払えばセクハラではない」
「か、金を払えばセクハラではない」
「はい……よくできました。合格です」
「ほ、本当ですか!?」
ブルーが尋ねると、アーナルドは強く頷く。
「ありがとうございます!」
深々とお辞儀をした。この人は、本当に素晴らしい。授業では、決して学べない得難い経験をした。
心の中で、ブルーは教師と仰ぎ。
アーナルドは拳で胸を突く。
「プラスで、
*
なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんなんなんなんなん……
なんで。
コイツが、
ブルーの汗が止まらない。ダクダクと、ポタポタと、水滴が地面に垂れる。
「あっ……ばっ……」
「帝国将官たる者、ファクトチェックは欠かせませんので」
ニッコリと。
ヘーゼンが笑顔を浮かべている一方で。
ブルーの顔が、真っ青に染まっている。
「おや? どうしましたかね、ブルー先生?」
「な、な、何がだ!?」
「さっきから汗が凄いですよ? あなたは、非常に熱血で生徒指導を行うと聞きました。私の話で思わず胸糞が悪くなりましたかね?」
「そ、そ、そうだ! 本当に胸糞が悪い! そ、そ、そんな教師がいる訳がない」
バレなければセクハラではない。
そうだ。しっかりと、金も払った。証言や、証人など、シラをきりとおせばいい。
「本当に大丈夫ですか? 汗がまるで、滝のようだ」
「う、うるさい! 今、ふくから黙っていろ!」
ブルーは乱雑にポケットからハンカチを取り出しでグシャグシャになった顔を拭う。
「……大丈夫ですか?」
「だから、大丈夫だと言っている! いったい、何が問題だ!」
「いえ……その、ブラ……透けてますけど」
!?
「……っ、はうあああああっ!」
ブルーは自身の白シャツの胸を見て、思わず両腕を抑える。
透けていた。クッキリと、ハッキリと、シッカリと、透けていた。ブルーはビショビショになっている自身のブラと、教師たちの顔を交互に眺める。
「いや……違っ……ちょ……み、見ないで……」
「では、生徒が待ってますので、行きましょうか」
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