覗き


           *


 量産型ヘーゼン=ハイム。


 同じ年頃の奴隷(犯罪者)に対し、顔と声色を変え、ヘーゼン=ハイムとしての話し方、習慣、仕草の全てを叩き込んだ存在である。当然、魔力も保有している。


 戦闘型の1号。内政型の2号。社交型の3号。


 数年前に捕まえて、手術をして、契約魔法を結んだ。


           *


「ーーと言うわけだ」

「いやわからん!?」


 ヤンは、サイコ感満載の説明に、ガビーンとする。


「ぜ、全然知らなかったですけど……」


 まさか、奴隷牧場でそんな人体実験が行われていたなんて。この男の倫理観は、いったい、どうなっているのだろうか。


影武者コピーくらい用意するだろ、普通」

「普通じゃない! 普通じゃないんですよ! 絶対に、異常なんです!」

「ははっ」

「だからなんで受け流すんですか!?」


 冗談ジョークじゃない。断じて本気なのだが、ヘーゼンの普通が異常過ぎて冗談ジョークに聞こえてしまうという皮肉。


「で、でも……いくらなんでもバレるでしょう?」


 こんな男の真似なんて、誰もできやしない。


「1号(戦闘型)と3号(社交型)は長期案件だ。1号は、顔を戻してギザールの元で戦闘に明け暮れ、3号もセグゥア(奴隷)の下で天空宮殿の社交の下積みをしている」

「そ、そんなことを……」


 ヤンも大方、ヘーゼンの動きは把握していたが、裏でそんな暗躍をしていたなんて。恐ろしいと言うより、ドン引きである。


 だが、そんな様子をまったく気にすることなく、異常者サイコパスの説明は続く。


「今回は、恐らく窓際将官だからな。最低限の内政能力で事足りるはずだし、全員が初対面だ。途中で入れ替わる訳ではないから、違和感を感じようもない」

「……なるほど」

「足りない知識は、優秀な秘書官で補完する。エマや、アウラ秘書官など、親しい友人や鋭い嗅覚の持ち主は徹底的に遠ざける」

「確かに、それなら……」

「……」

「……」


           ・・・


「いや違うっ!」


 ヤンは、やっぱり、ガビーンとする。危うく納得するところだった。やっていることが、キッパリと鬼畜にも関わらず、あまりにも滑らかな説明で、スッと頭の中に入ってしまった。


影武者コピーの1人や2人は常に準備すべきだろう。最低限のリスク管理はするべきだ」

「その発言が、反吐が出るほど、教育者に向いてないんですよ!」

「教育者の第一義は、生きる術を伝授する者。そういう意味であれば、僕はこれ以上ないくらい向いていると思っている」

「……っ」


 全然折れない。これ以上ないくらいの頑丈な意志。確かに生命力バイタリティで言えば、申し分ないが、これ以上ないくらいの不適格者。


 こんなことではいけない。こんなことでは、この男がやっぱり教師かべとなって立ちはだかる。


「だいたい、すーはーー」


 そう言いかけた時、背後から聞き慣れた紳士的ジェントルな声が響く。


「んー……芳しい青春の香り」


 !?


 いつの間にか側にいたのは、モズコール(変態)だった。大きく息を吸い込みながら、女子トイレの前でスー、ハーっと、山頂さながらの深呼吸に勤しんでいる。


「ど、どうしてここに?」

「……どうしてここに?」


 !?


「えっ! すーが呼んだんじゃないんですか!?」

「い、いや。珍しく有給を取っていたので、ここにいるはずはないのだが」

「……モズコールさん? なんで、ここに?」


 同じく戸惑っているヘーゼンに対して、ヤンは懐疑的な視線を向ける。


 まさか、職権濫用を言いことに、女子生徒の下着を盗むとか、更衣室に忍び込んで覗きをするとか、そんな犯罪に手を染めているのではと怪しんでしまう。


 だが、モズコールは少し照れ臭そうに笑う。


「いや、『駄目だ』と言うのは、わかってたんですが、我慢できずに覗いてしまいました」

「いや、駄目でしょ!?」


 覗きの方だったらしい。完全なる犯罪行為。なんで、そんな悪びれもなく告白をしているか。こんなトンデモ変態スケベとイカれ異常者サイコパスが跋扈する、なんて危険な場所なんだここは。


 だが、当の本人は、まったく悪びれもせずに、なぜかやっぱり照れ臭そうに、はにかんで笑顔を浮かべる。


「本当に申し訳ないです。職権濫用とは思ったのですが、何しろ、娘の入学式晴れ舞台なので」

「……」

「……」


           ・・・


































 変態の子!?



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