両立
全ての教師と生徒が呆然としている中、
「
「ん? どうしたんだ? まだ、入学式は終わってないはずだぞ。
「……っ」
思わずヤンは、ガビーンとする。まったく、何事もなかったかのように、非常識を指摘された。こんなトンデモ
もちろん、聞きたいことは山ほどある。だが、真っ先に聞かねばならないことは一つだけだった。
「な、なんで教師となって現れたんですか!?」
「もちろん、君の教育のためだ」
!?
「わーん! やだぁ! せっかく、
「そうやって、君はすぐにサボろうとするからな」
「そんな暇あるんですか!? そんな暇ないでしょ! そんな暇ないと思ってたのに!」
「時間は作るものだからな。まあ、なんとかするさ」
「……っ」
恐ろしい。この男の『なんとかするさ』というセリフほど怖いものはない。
「一生のお願いです! お願いですから、今すぐに辞任してください!」
「断る」
「向いてないです! 教師という仕事は、あなたには向いてないんですよ!」
「んー? わからないな。具体的な指摘をしてくれないと、直そうにも直せない」
「り、理由がわかってないことが、最大の理由ですが……わかりました」
確かに、人の心を解さない
「そもそも、私と同じくらいの年頃を、よくもまあ、あそこまでボコボコにできますね?」
「年齢は関係ない。顔面を殴られれば、大人だろうが子どもだろうが痛い。『攻撃を受ければ反撃をされる』という自然界の摂理だ」
「だ、だからって500発も殴るやつがありますか!?」
「回数は問題ではないだろう」
「……っ」
思いっきり問題なのだが、とヤンはガビーンとする。一方で、ヘーゼンは不思議そうに首を傾げる。
「何が不満なのか、わからないな。未成年だからこその配慮なのに」
「は、配慮?」
「これも教育の一環だ。あの子は罪を犯したが、その罪を自覚していなかった。それは、『悪い』と思っていないからだ」
「……」
罪を犯させたことは、罰せられなくてもいいのだろうか。
「すなわち、社会性が著しく欠如していた。『罪を犯せば、罰せられる』という経験を、あの子の親が経験させなかったのだろう。だから、更生を促した。言わば、教育的指導だな」
「いや、トンデモ暴力教師!?」
ヤンがガビーンと突っ込む。
「相変わらず、脳みそがお花畑に侵されているな。この群雄割拠の時世は、常に殺るか殺られるかだ。暴力? 大いに結構。今後、どんな職に就こうと、常に暴力に晒される危険を自覚することが、教育者として、僕が第一に伝えておきたいことだったからな」
「……っ」
この瞬間、ヤンの抱いていた学院ベタ甘青春ストーリーの妄想がガラガラと崩れ落ちた。
「そして、子どもだからこそ、教育が大事なんだ。彼ほどのダメ人間が更生するには、一度徹底的に価値観を壊さなければいけない。だが、あいにく僕にそんな時間はない。だから、やるなら一度に徹底的に」
「……っ」
「まあ、僕なりの優しささ」
ヘーゼンは、フッと笑みを浮かべ、ヤンは三度ガビーンを浮かべる。
「いや、悪魔!」
「?」
!?
「な、なんで意味がわからないというような表情を!?」
ヤンは、なおもガビーンとした表情を浮かべる。社会性が皆無なのは、完全に、絶対に、徹底的にこの男のはずだ。
「彼はカンニングをした。不正をして入学をしようとしたのにも関わらず、惨めにもクレームを言いにきた。撃退した。何も不自然なことはないと思うが」
「その後、瀕死になって、彼の人生が全部台無しになると言う事実が、ぶっ飛び過ぎてます!」
ピクついていた。まさか、この学校という教育機関で、死の間際のピクつきを見る羽目になるとは思わなかった。
「ち、ちなみにどうやって、彼が不正を犯した事実を突き止めたんですか?」
「簡単だ。彼は、売り出された試験の答案用紙をカンニングした」
!?
「は、犯罪じゃないですか!?」
そこまで掴んでいると言うことは、間違いなく売り出したのはヘーゼンだ。罪を犯させるように誘導するのは、罪じゃないのか。
だが、黒髪の魔法使いは首を横に振る。
「断っておくが、僕は世間話をしただけだ。人事院の奴隷(セグゥア)が話していた、『息子がとんでもなく無能で困っている』と言う上級貴族がいるということを、古い知り合いの先生に」
「……っ」
斡旋してた。学院に放っていた教師(恐らく奴隷)に、不正を促すように斡旋を。奴隷繋がりで、犯罪を斡旋すると言うトンデモ非道教師が、目の前にいる。
「まあ、彼はどうしようもない人物でね。ギャンブルと酒で日々借金取りに追われているから、渡りに船だな。そう考えると、あの子の将来は終わったが、彼の人生は多少なりとも救えたわけだからチャラじゃないか?」
「ぜ、絶対に違うと思いますけど」
断じて、そんな計算式ではないと思う。ヤンは学校に行ったことはないが、授業でも、絶対に習わないと思った。
「足はつかないから、心配はないよ」
「そ、その心配は、完全にこれ以上ないくらい、してないんですけど」
いつもながら、完璧に
まあ、『無駄だ』ということはわかった。恐らく、この男は道徳という時間を全て睡眠にでも充てていたのだろう。間違いない。
ヤンは、早々にあきらめた。
「で、でも! このテナ学院には先生の寮もないし。そもそも、内政に力入れるんですよね! 教師なんか、してる暇ないですって!」
拡大した領地は問題が山積みだ。少なくとも、移動だけで数日もかけている状況では、解決するものもしない。
「その点は抜かりはない。ここから馬車で、20分のリザドリア地区が新たな本拠地だから」
「はっ……くっ……」
最悪。サイアク。さいあく。この男、本気だ。正真正銘の本意気で、教師と領地運営を両立させようとしている。
だが。
絶対に無理だと、ヤンは確信してビシッと指をさす。
「帝国将官の方はどうするんですか! 閑職に回される可能性が高いとしても、少なくとも天空宮殿に居続けなきゃいけない訳ですし」
いくらやる気のない職場だとは言え、たとえ、窓際将官だとしても、天空宮殿から早馬を飛ばしたとしても、4時間はかかる。
教師に領地運営に、帝国将官? 無理だ。無理に決まっている。そんなもの、人の限界の限界の限界を超えたって絶対に無理だ。
と言うか、頼むから無理だと言ってくれ。
「それは、
「……っ」
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